第百五十一話 人質はご主人様
第百五十一話 人質はご主人様
キメラの策に嵌ってしまい、イルと離れ離れにされてしまった。急いで後を追いたいけど、そのためには揚羽をぶっ飛ばさないといけない。
元々、揚羽のことが大嫌いなので、ほんの少しも遠慮することなく、叩きのめそうと『スピアレイン』を放ったけど、割って入った獅子の人形によって、呆気なくガードされてしまった。
めげることなく、揚羽と他の人形たちを同時に狙うことにしたけど、それすらも悉く撥ねられてしまった。私の攻撃をあまりにも見事にガードするので、だんだん獅子に対して、イライラが募っていったわ。
そういうことなら、狙いを獅子だけに集中させてあげる。獅子の脳天一か所に向けて、『スピアレイン』を懲りることなく、連射した。
それに対して、『スピアレイン』の雨を、獅子はものともせずに、軽やかな足取りで躱していく。これでも、命中率には自信がある方なので、ちょっとショックだったわ。
避けられるだけなら良いんだけど、向こうは防御に徹することに飽きたのか、反撃に転じてきた。しかも、それの速いこと。何発目かの『スピアレイン』を避けた後に、私の背後へと、目にも止まらぬ速度で回り込んできたの。
「嘘……」
背後からの視線に気付いて振り返った時には、もう獅子が私に向かって、研ぎ澄まされた爪を振り下ろしていた。
当然、回避できる訳がなく、もろに攻撃を食らって、吹き飛ばされてしまった。
「アハハハ! さすがの真白も、百獣の王の狩りの前には、ひとたまりもなかったわね!」
まるで勝利したかのような高笑いを飼い主がしている。私が壁に叩きつけられた勢いを見ていれば、そう早合点してしまうのも、無理はないか。
でも、残念。私は、自分でもビックリしてしまうほどに、しぶといのよ。
「いたたた……。何なの、こいつ。速いにも程があるわよ」
むっくりと起き上がった私を見て、揚羽は驚きの声を上げた。
「は!? な、何で生きているのよ。攻撃をもろに受けていたのに……!」
あれだけの攻撃を食らって、無事な訳がないという顔をしている。
「私も食らった瞬間は、もう終わったと思ったわ。でもね、あんたのペットの攻撃は、たいしたことがないのよ。おかげで首の皮一枚で助かったわ」
攻撃を食らった時、一撃が思っていたより軽かったから、首を捻っちゃった。それでも、私を吹き飛ばすくらいの威力はあったけどね。
「スピードに特化し過ぎたあまり、攻撃力がお留守になっているのね」
せっかく圧倒的な速度を手にしたのに、もったいないわね。もっとも、これで攻撃力まで備わっていたら、私は今頃ログアウトさせられていたから、危ないところだったわ。
「それがどうしたっていうの? 一撃が致命傷にならないのなら、何発も当て続ければいいだけじゃないの。実際、あんたは丸っきり対抗できていなかったじゃない」
「むっ……!」
痛いところを突いてくる。揚羽の言う通り、一発がたいしたことないといっても、それなりに威力はある。連続で食らい続けていれば、安穏とはしていられない。じゃあ、避ければいいだろということになるけど、それが出来たら苦労しないのだ。
さっきの獅子の動きを見て、私じゃとても攻撃を躱しきることが出来ないことを一撃食らっただけで、見抜いていたのだ。それだけ獅子の動きは圧倒的だったわ。しかも、こっちが全力で攻撃を仕掛けている時に、あっさりカウンターを仕掛けてきたのだ。まともに戦っていたら、惨敗は免れないので、一計を案じることにした。
「あら? 黙りこくっちゃうなんて、真白らしくないわね。ひょっとして、今の攻撃でビビっちゃったの?」
ちょっと大人しくしただけで、もう揚羽が調子に乗ってきている。うざい……。私が考えている作戦を実行するのが、より嫌になってしまった。でも、やらざるを得ない……。
深呼吸で集中した後、タイミングを見計らって、私は揚羽に思い切り抱きついた。
「ちょっ……! 何を考えているのよ。キモいから離れろ!」
すぐに揚羽が心の底から嫌そうな顔で抗議をしてくるけど、私だって出来るなら、あなたに触れたくなんかないのよ。断腸の思いでやっていることなんだから、大人しくしていなさい。
揚羽に抱きついた状態から、素早く体を移動させて、揚羽が前、私が後ろになるように回り込んだ。揚羽が動けないように、首を左腕でしっかりホールドした。
「これにて、人質の出来上がり~!」
「て、てめえ……!」
「私一人にだったら、何の躊躇もなく攻撃できるでしょうけど、これなら、どうかしら? 下手をしたら、ご主人様に当たっちゃうかもしれないのに、思い切り爪を振り下ろせる?」
得意げに、揚羽に囁きかける。私に一杯食わされたのが不愉快なのか、力づくで拘束を解こうともがいている。でもね、こういう荒事に関しては、私の方が上よ。せっかく捕まえた獲物を、みすみす逃がすような真似はしないんだから。
仮に、獅子に攻撃を強行させたら、揚羽を盾にしてやるわ。攻撃を避けることは出来なくても、こいつを盾に受け止めるくらいの余裕はあるのよ。
「さあ、攻撃してきなさいよ! 大丈夫。あんたの力なら、人質ごと、私に攻撃を貫通させることが可能だから!」
予想通り、獅子の忠誠心は高く、私を睨んでくるだけで、実際に攻撃してくることは出来ないようだった。攻撃が来ないと分かっている以上、どれだけ威嚇されても、恐くはないわ。
「ガルルル……」
ふふん! 良い感じで困っているわね。どうやら、この勝負、主導権を握ったのは、私の様ね。
揚羽も、自分に爪が振り下ろされて、自身のピアスが砕けた時のことを考えてか、獅子に攻撃を命じることは出来ないようね。そりゃそうよ。万が一、ピアスが砕けるようなことがあれば、揚羽の命は潰えるのだから。
「こ、こいつ……! 人質を取るなんて、卑怯なやつめ」
「あんたたちに勝てるのなら、何だってするわよ!」
体裁にこだわって負けるやつは、正々堂々としているかもしれないけど、馬鹿だわ。
自慢できる方法じゃないけど、勝利の女神は私に微笑んだようね。
まだ勝負は決していないけど、一足先に勝利を確信する私。でも、揚羽は私に締め上げられた状態で、愉快とは言えないまでも、不敵な笑みを浮かべていた。
「ふ、ふふふ……。キメラはこういう事態まで計算していたのかしら。だとしたら、意地悪ね。事前に教えてくれても良かったのに……」
「……何ですって?」
どんな攻撃をしてきたところで、こいつを盾にすれば、問題ないにもかかわらず、まだ何かしてくるつもりなのかしら。
私が首をかしげていると、揚羽がさらに言葉を紡いできた。
「忘れたの? キメラからのプレゼントは、獅子の人形だけじゃないのよ」
それを聞いた時、反射的に蜘蛛の人形を見てしまった。
蜘蛛はさっきいたところにまだいた。しかし、口から金色の糸を何本か出していた。それが私の手足に巻きついている。全然気づかなかった。
不味いと思った時には、糸が力強く引かれていた。
「うっ……!」
不意に強い力で引かれてしまったせいで、あろうことか、揚羽を締め上げる手を緩めてしまった。
「アハハハ! 隙あり!」
もちろん、その隙を見逃す揚羽ではない。すぐに私の拘束から外れると、一気に距離を取った。
「私の蜘蛛ちゃん。真白に巻きつけた糸を、絶対に緩めちゃ駄目よ!」
糸は、既に私の全身に巻きついていて、体の自由を奪っていた。ちょっと! これじゃ、さっきと立場が逆じゃないの!
「さあ! 獅子ちゃん、真白をボロ雑巾にしてあげなさい!!」
揚羽の命を受けた獅子は、貯めていたフラストレーションを一気に爆発させた。
「ガアアアッ!!」
咆哮と共に、私に向けて、爪を振り回した。
「ちょ、やめ……、止めなさいったら!!」
私が抗議したところで、獅子が攻撃を止める訳もなく、どんどん攻撃の手は強められていく。それに比例して、徐々にではあるけど、私のピアスのひびが大きくなっていくのを感じる。まずい。このままじゃ、ログアウトさせられちゃうわ。
「こ、こんな糸さえなければ……」
ここまで一方的に攻められたりしないのに……!
「力任せに引きちぎればいいんじゃないの?」
私が悔しがるのを、愉快そうに眺めながら、私には出来ないことを知った上で抜かしてくる。
い、嫌……。こいつに負けるのだけは嫌。私のプライドが絶対に許さない。
でも、今の私の力じゃ、絶対にちぎれっこない。どうすれば……。
途方に暮れる私の脳裏に、未使用の能力が思い浮かんだ。
『アップデート』! 自身の身体能力を無限に増加させる、とっておきの能力。これで、腕力を上げ続ければ、糸を引きちぎれるかも……。




