第百四十九話 蜘蛛と獅子
第百四十九話 蜘蛛と獅子
キメラとの最終決戦が近付く中、地下に降りるためにエレベーターに乗ると、何故か人形が敷き詰められていた。どうせならレッドカーペットの方が良かったわ。
微妙な気持ちになりながら、消してやったけど、辿り着いた地下フロアで、またも数多くの人形の出迎えを受けてしまった。
「持ち主のところまで、ずっと人形が敷き詰められているとかないわよね……」
揚羽ならやりそうなことだけに、想像してしまうとどっと気が重くなるわ。
廊下に一列で並んでいた人形は、『スピアレイン』で、また一掃してやった。だけど、安心は出来ないわ。私の進む先に、また敷き詰められているに決まっているからね。
揚羽はいいとして、親玉のキメラがどこにいるのか不安だわ。揚羽が戻ってきているくらいなんだから、どうせキメラだって、戻ってきているんでしょうね。
このゲームのメインプログラムであるキメラ。今までの敵とは、一味も、二味も違う相手。
そんなやつと雌雄を決するのだから、私も覚悟を決めないとね。
ふと頭をよぎったのは、イルからもらって以来、未だ使っていない『アップデート』のことだった。
「キメラが戻ってきているとなると、いよいよ使う事態になるかもね。『アップデート』」
その効果は、身体能力の無限アップ。使用者の私が望めば、どこまででも能力を増やすことが出来るのよ。
「『アップデート』の状態になったからといって強気にならないでね。運動能力をどれだけ上げたところで、キメラや、黄色のピアス所持者にダメージを与えることは出来ないんだから」
横からイルが口を挟んでくるけど、その話はもらった時に聞いたわ。私だって、動きを速めただけで、キメラに勝てるとは思っていないわよ。
何より、『アップデート』には、厄介な副作用も存在する。出来れば、使わずに勝利したかったんだけど、こうなったら仕方がないわよね。
「使わないと勝てないことは分かっているから、使うなとは言わない。でも、何度も使わないでね。歯止めが効かない能力なんだから」
この戦いが終わったら、私と一緒に暮らす約束をしているイルが、口を酸っぱくして注意してくる。これまで、どことなく淡白だったのに、ずいぶんな変わり様ね。
「心配しないで。私だって、自分の体は大事だから、使用回数は出来る限り抑えるし、温存したまま勝てると判断したら、最後まで使うつもりもないわ」
私からそう言われると、イルは安心したのか、胸を撫で下ろしていたわ。
とりあえず立ち話を続けるのも何なので、床に浮かび上がっている親切(?)な矢印に従って、進むことにしたわ。
矢印の先にあったのは、大きなドアだった。ドアの大きさからして、その向こうに広がっている空間もそれなりに広いことは容易に想像できた。これなら多少派手に暴れても、大丈夫でしょうね。
「この後に待ち受ける展開が、預言者並みに分かるわね。こんなに親切で分かりやすくしてもらって、本当に助かるわ」
本音を言うと、こんな歓迎はノーサンキューなんだけどね。あ~あ、出来るなら、無人のフロアをこっそりと進みたかった。
ドアの方は、本来ならカードキーを使わないと開かない構造になっているけど、鍵がかかっていないのか、あっさり開いてしまった。
室内は電気がついていて、おかげで、中の様子を容易に確認することが出来た。予想通りとでもいえばいいのかしら。人形が足の踏み場もないほど、敷き詰められていた。
エレベーターから、ここまで続く人形攻勢に、いいかげん見るだけでも疲れるようになってきたわ。
「これ、全部揚羽のコレクションなのかしら」
「コレクションかどうかは知らないけど、能力で出した人形なら、相当力を無駄に使っているよ。あのお姉ちゃんは、もう少し使い方というものを考えなきゃ駄目だよ」
あらあら。イルにまでダメ出しされちゃっているわ。
人間の人形に混じって、蜘蛛と獅子の人形が混じっていた。ぬいぐるみバージョンを見たことはあるけど、人形バージョンはあまり見たことがない。というか、動物の人形自体を見る機会が少ない気がするわ。
どうしてすぐに気が付いたのかというと、その二体が、他の人形に比べて一回りも二回りも……、というか、十回りほど大きいからだ。もう大きすぎて、周りから明らかに浮いている。私の体よりも大きいんじゃないのかしら。
「どう? 私の新作は? 節穴レベルの目しか付いていないあんたにも、少しくらいなら価値が分かるんじゃないの?」
人形にうずもれるように寝転がっていた揚羽が、褒めているんだか、けなしているんだか分からない声のかけ方をしてきた。
私はわざと人形を踏みつけながら、揚羽の元に歩いていくと、見下しながら、率直な感想を言ってやった。
「人形にうずもれて何をしているのよ……」
矢印に従って進んできたのを後悔した。こんな頭のいっちゃった女の相手をしなきゃいけないのが、今更になって、嫌になってきたのだ。
「あんたが来るまで暇だったから、大好きな人形たちと戯れていただけ。御楽一人に、どれだけ手間取っているのよ」
この女に仲間意識が皆無なのは、熟知しているので、この程度で取り乱すことはない。とりあえず私は今すべきことをするだけ。
「あなたと話している時間がもったいなから、いきなり決めさせてもらうわね。そのまま動かないでいれば、お人形さんと天国に旅立てるわよ」
頭上には既に光の球体を出現させていた。発射準備は万端だったので、揚羽を人形もろとも消滅させようと、『スピアレイン』を発射しようとした。
その時、何者かの凄まじい殺気を感じ、思わず飛びのいてしまった。
「今の……、何!?」
「アハハハ! 私に危害を加えようとしたから、あの子たちが怒ったのよ」
それを聞いて、真っ先に思い浮かんだのは、圧倒的な存在感の獅子と蜘蛛の人形。見てみると、さっきまでの人懐っこい表情は消えていて、代わりに親の仇でも見るような鋭い眼光を放っていた。
動物のくせに、ナイト気取りの訳ね。
「どうせなら人間のナイトに守ってもらった方が良いんじゃないの?」
それだって、所詮は人形に過ぎないけどね。
「アハハハ! 私のナイトはキメラ一人だけ。それ以外は動物で十分よ」
むう……、減らず口を。
それならナイトごと撃破してやると思っていると、どこかから低い機械音が聞こえてきた。
ゴオオオ……。
「始まったわね……」
何かの作動する音に聞こえる。どうも嫌な予感がしたので、イルに側へ来るように呼びかけたけど、もう遅かった。
「しまった!」
何もないと思われたところから、壁がせり出してきて、イルと私を隔ててしまった。
「お、お姉ちゃん!?」
「イル、大丈夫!」
「アハハハ! 離れ離れになっちゃったわね。これが永久の別れにならなければいいけど!」
「黙れ!」
あまりうるさいので、強引にでも黙らせようと、揚羽の襟元を掴んで、引きずり起こした時だった。
揚羽が私の手を払いのけながら、愉快そうに宣言する。
「生き別れの兄妹。感動の御対面~!」
兄妹? 私には兄も弟もいないわよ。それはあんただって、同じでしょ? ! まさか……!
「久しぶりだね、イル……」
壁の向こうから、キメラの声が漏れ聞こえてくる。向こうに、宿敵であるやつがいるというの!?
「あんた……、このために私とイルを分断したわね」
「そうよ。あんたがいると、せっかくの再会が台無しになっちゃうからね」
何が再開よ。キメラは、イルを厄介者として、始末しようとしていた。このままじゃ、イルが危ない……!
動物の人形は持っていないですけど、貯金箱なら結構持っています。




