第百四十二話 黄色のピアスの宿命
第百四十二話 黄色のピアスの宿命
いきなり『トリックルーム』という能力を使ってきた御楽。イルによれば、キメラの力の一部も含まれているらしいわ。どんな能力がまだ分からないことが多いけど、イルの様子から推測するに、相当厄介な能力なのは間違いないわね。でも、私のテンションはぐんぐん上がっていったわ。
「つまり、ここでこの能力の攻略法を学んでおけば、この後に待ち受けるキメラとの決戦が、かなり楽になるということでしょ!」
そういうことなら、むしろ大歓迎だわ。よくぞ、この能力を使ってきてくれたものだわ。御楽の好感度が急上昇しているわよ。
でも、御楽の私への好感度は、対照的に下落の一途を辿っているみたいね。
「ねえ、それってさ。俺が負けることを前提にしている作戦だよね。俺を舐めるのも大概にしてほしいな」
鎌を握りしめながら、三人いる御楽の一人が私ににじり寄ってきた。力づくでも、私を屈服させるつもりらしい。気が合うわね。私も、あなたに対して同じことを考えていたところよ。
一見すると、切り札の『スピアレイン』が封じられて、不利な状況に思えるけど、そうではない。ここに来る前に行ってきたアラビア風の異世界のように、能力の発動自体が封じられている訳ではないのだ。上手く御楽の虚をつくことが出来れば、発動することは十分可能だわ。
「私から目を離さないことね。ちょっとでも隙を見せたら、すぐに蜂の巣よ!」
「その言葉! そっくり返すぜ!」
威勢の良い啖呵を同時に切った後、私から仕掛ける。床に転がっていた椅子を持ち上げると、力任せに放り投げた。鎌の一撃で、あっさりと破壊したところに、先手必勝と、警棒を振り下ろす。
「ずいぶん強気だな。てっきり能力を発動するまで、逃げ回るかと思っていたんだけどね」
「攻撃は最大の防御ってね。こっちの方が、あんたに隙を作らせやすいと思ったのよ」
「ふん! 大層な自信だ」
お返しとばかりに、鎌を振り下ろしてくるのを、寸でのところで躱す。だんだんバトルがヒートアップしてきたわね。
一方、こちらは月島さん。萌の意識が詰まった人形を手土産に、研究所へと戻ってきていた。
深い傷を負って帰還してきた月島さんを一目見るなり、牛尾さんがすぐに応急措置を施そうとするけど、萌が先だと拒否していた。
だけど、牛尾さんも意地になって、月島さんの手当てが先だと言い張り、ちょっとした口論にまで発展してしまった。結局、月島さんの強情に呆れかえった牛尾さんが折れることになったけど、私も傷の具合から、月島さんの手当てが先だと思う。出血がひど過ぎて、床に血だまりが出来ちゃっているしね。
「それをかざせば萌の意識が戻るのか。どういう原理でそうなるのか、説明してほしいもんだな」
牛尾さんは人形を興味深そうに見ているけど、私はどっちでもいい。萌の意識が戻るのなら、それで構わないわ。月島さんも同意見で、人形を萌の頭上にかざした。
すると、変化はすぐに現れた。人形は煙が晴れていくかのようにぼやけだしたのだ。このまま消えてしまうのではないかと騒いでいると、ついに手で掴むことも出来なくなり、人形は霞のように消えていった。後には何も残っていない。
「これでもう大丈夫……、なのか?」
「おいおい。自信なさ気だけど、それでいいのか? 義理の妹の命がかかっているんだぞ」
「そんなことを言っても、こういうオカルトの類は管轄外だ。流れに身を任せるしかないんだよ」
無責任に聞こえるけど、私も専門外なので、月島さんと同じ立場なら、似たようなことしか言えなかっただろう。
そんな月島さんたちにアドバイスを送ったのは、ついさっきまで敵だった喜熨斗さんだった。
「それで問題ない。直にその小娘は目を覚ますだろう」
そんなに仲間意識はなかったとはいえ、人形の持ち主と組んでいた喜熨斗さんの弁は、そこそこは信憑性があった。
実際、それから程なくして、萌は意識を取り戻した。
「あれ……? ここは? 私、どうして、ベッドで寝かされているんですか?」
人形に意識が収められていたとは思えない。まるで今まで寝ていただけのような目覚めだった。
私たちがあれだけたいへんな思いをしたのに、当の本人だけが何も知らないというのも、妙な気がしたわね。でも、後遺症の類がないなら、それでいいか。中途半端に記憶していて、トラウマを抱えることになるよりはマシよね。
「そうだ! 私、水無月先輩と異世界で洞窟デートしていたんだっけ! あれ? 先輩は?」
起きてすぐに気にしたのが、これだった。どうしてここに寝かされているのかなど、もはや記憶の外だ。あまりにも能天気な一言に、その場に居た人間が、みんな脱力したのは言うまでもないわね。
洞窟で萌が眠りこけてしまったので、愛しの水無月先輩がここまで運んでくれた。でも、忙しいみたいで、すぐにどこかに行ってしまった。
目覚めた萌には、眠っていた間の経緯を以上のように説明した。こんな大雑把な説明、私なら絶対に納得しないけど、萌はあっさりと信じた。我が妹ながら、この単細胞には不安が募るわね。
とりあえず、萌をもう一度寝かしつけて、月島さんたちは廊下へと話し合いの場を移した。
「ふん。あれだけ心配をかけたくせに、目覚めると同時に、水無月先輩か。あの年頃の女子は、考えることが単純で羨ましいよ」
口ではそう言って呆れているものの、声には確かに安堵が含められていた。
「それは違うぞ。萌ちゃんの思考回路が特別単純なだけだ」
「今更言うことか?」
そう言って、月島さんは笑ったけど、それで傷口が開いてしまったらしい。すぐに苦しそうに呻いてしまった。
「お前は怪我人なんだから無理をするな。包帯を巻くから、じっとしていろ」
本音は病院に担ぎ込みたかったんだろうけど、月島さんが聞く訳ないと、牛尾さんですら諦めてしまっていた。
「しかし、お前が寝返っていたとはな」
視線を喜熨斗さんに向けて、呆れたようにため息をつく。それに対し、悪びれることもなく、喜熨斗さんはあっけらかんと、裏切った経緯を話し出した。
「暇潰しで、暴力団の事務所に殴り込みをかけたら、心臓にナイフを突き立てられちまってよ。このまま死ぬのかと思っていたら、偶然通りがかったキメラに助けられた」
「……アホ」
恐らく、誰もが思ったことでしょう。自分の命をここまで粗末に出来る人は、喜熨斗さんくらいだわ。全く真似したくないけど、尊敬するわ。もちろん、悪い意味で。
「あ!? 昔、つるんでよくやっていただろうが。何だよ、アホって!」
「……いやいや、その時は、仲間と一緒に大勢で挑んだじゃん。それに味を占めて、たった一人で再突入って何よ。しかも死ぬって……。困ったよ。親友が死ぬかもしれなかったっていうのに、全然悲しくならない」
完全に、喜熨斗さんの自業自得だからね。仏様でも、同情はしないでしょう。
「でも、良かったよ。どうせいつの間にか死んでいるだろうとは思っていたけど、お前が死ぬのは一応悲しいからさ」
「一応かよ……」
喜熨斗さんは不満そうだったけど、仕方ないと納得している部分もあったのだろう。特別気分を害することもなかった。だけど、話はそこで終わらない。
「ただ、俺は助かった訳じゃない。本当はもう死んでいるのに、かろうじて、この世に命をとどめているだけだ」
最初、月島さんたちは冗談の類かと思って笑っていた。でも、喜熨斗さんが真面目な顔のままでいるのを見て、徐々に焦りを帯びてきた。
「延長戦みたいなものだな。俺の命は、やくざとの抗争で潰えているが、黄色のピアスのおかげで、つなぎとめられている。だから、黄色のピアスが砕けると死ぬ」
喜熨斗さんが何気なく呟いた一言に、月島さんたちが食ってかかる。
「喜熨斗、今の話、どういうことだ? 黄色のピアスが砕けると死ぬというのは何だ?」
「ああ、てめえは知らなかったんだっけな」
説明不足だったことを詫びつつ、喜熨斗さんは衝撃的な事実を明かす。
「黄色のピアス所持者は全員一度死んでいるんだよ。そこをキメラによって、もう一度この世にカムバックされた連中の集まりなのさ」
「何……?」
いきなり知らされた重い真実に、月島さんたちはどう整理したものか、黙り込むことになってしまった。




