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第百四十話 ラストダンジョンへの再訪

第百四十話 ラストダンジョンへの再訪


 キメラが拠点にしている世界は、私たちが普段生活している現実世界の、都市部を元に作られているだけあって、衣料品店はすぐに複数見つかった。


 その中の一つに入ると、私たちは早速、物色を始めた。品揃えは同じだけど、現実世界と違って、店員も他の客もいないので、選び放題。しかも、お金も気にしなくていいときたもんだ。


「ねえねえ。お姉ちゃん、見て。この服、すっごく可愛い!」


 イルが後ろからはしゃいだ声で話しかけてくる。


「うん、いいね。あなたにピッタリだと思うわよ、うん」


 一方の私は、お気に入りだった服を、どこかに流されたことで、ご機嫌斜めだった。イルのテンションの高い声が、やたら気に障り、生返事を繰り返していた。


「ぶう! お姉ちゃんったら、適当なことを言っている。見もしないで、私にピッタリかどうかなんて分かるの?」


 私のそっけさなに気付いたイルが唇を尖らせるが、私はまだご機嫌斜め。私には、後ろにも目が付いているから、振り返らなくても分かると言うと、イルは大げさに騙されてくれた。本当、お子様。


 そんなイルを見ながら、いつまでもいじけていても仕方がないと、流された服となるべく同じものを見つくろって、袖を通した。


「お~し、着替えも済んだし、キメラをぶっとばしに行くわよ。手始めに御楽から!」


 本当はすぐにキメラをぶっ潰したかったけど、順番的に次は御楽よね。ただし、片腕がない満身創痍の状態だから、落ち着いていけば問題なし。


「お~!」


 イルったら、絶対に意味が分かっていないのに、面白そうだから合わせているわね。まあ、いいか。テンションが上がれば。


 気持ちを新たにした私は、衣料品店を出て、向こうに立ちはだかっているキメラの拠点になっているビルへと歩を進めていく。


 一方で、キメラのビルに向かっていく私たちを、街中に備え付けられた監視カメラを通して覗いている者がいた。哀藤に、私の相手を任せて、自身は拠点に引っ込んでいた御楽だ。


「次は俺を倒してやるか……」


 監視カメラには盗聴器も併設されていて、私の言葉も拾っていた。こうやって、私の下着姿も覗いていたのかしら。だとしたら、尚のこと、死刑確定だわ。


 でも、御楽は、私の下着姿など、眼中にないようにぎらついた目を光らせた。


「俺のことなど、眼中にないような物言いだな。片腕だからって、舐め過ぎじゃないのか?」


 私に舐められたことが、相当お冠らしい。


「俺の能力が『最終審判』だけだとでも思っているのか?」


 返り討ちする気満々で、ソファにどっかりと座りこんだ。こっちもこっちで、私のことなど、眼中にないようね。




 御楽からロックオンされていることなど、露ほども想像していない私は、キメラのビルの前に到着した。すぐに中へ入ればいいものを、ビルの前で立ち止まり、感慨深げにビルを見上げた。


「またここに舞い戻って来たわ……」


 前回来た時のことが、頭を去来する。まだ『魔王シリーズ』の能力を持っていなかったあの頃、良い様に遊ばれて、『スピアレイン』でジエンドだったわ。


「お姉ちゃん、どうかしたの? 早く入ろうよ」


 前回はいなかったイルが私の袖を引っ張って急かす。お子様は、大人のセンチメンタルな気分なんて、理解してくれないわね。


「どうもしていないわよ。いきなり入ったら、罠が仕掛けられているかもしれないからね。慎重になっていただけよ」


「慎重に入っても、罠に引っかかるのがお姉ちゃんじゃないの。何を言っているの?」


 馬鹿にしている訳でもなく、本気で言っているところがまたムカつくわ。いつも大人の対応として、聞き流してあげているけど、今回くらいは頬をつねっても、虐待にはならないわよね。


 たまの報復を終えると、私はビルの正面から、中に入った。


「あれ……?」


 自動ドアから、ビルの内部へと足を踏み入れた私は、素っ頓狂な声を上げてしまった。前回来た時より、内装が微妙に変わっていたのだ。何か微妙に暗くなっているような気がするのよね。


 正面入り口で立ち尽くしていると、奥のドアが開いた。自動ドアには見えないし、誰かが開けたようにも見えない。でも、開いたドアの向こうに誘われているのは事実の様ね。


「あれ? 素直に向かうんだ。罠かもしれないのに」


「虎穴に入らずんば虎児を得ずよ。罠だったら、それもろとも、キメラたちを粉砕してあげるわ!」


 イルが呆れた様な顔をしているけど、私は気にしない。


 さて。意気込んで入ったものの、罠は仕掛けられていなかった。御楽が一人で、ソファにどっかりと座っているだけだった。


「よお……」


 私の姿を確認すると、ソファから体を起こして、御楽が言い放った。私の到着を待ちくたびれたという声だった。


「何だ……。哀藤のやつ、負けたのか。偉そうな口を叩いておいて、情けない」


 仲間がやられたというのに、ドライな口調だ。前線を讃える様子も、悲しんでいる様子も感じられない。


「あっさりしているのね。仲間がやられたのよ」


 仮にも、あなたを気遣って、前線に出たのに、そんな態度はないと思うわ。そう非難めいた口調で言ったけど、御楽はペースを崩さない。


「仲間と言ってもねえ。キメラがスカウトしてきた人間で構成された烏合の衆の集まりだし、いまいちピンとこないんだよねえ」


 烏合の衆って……。自分のことまで否定しだしたわ。こいつのドライな態度を怒鳴ってやろうかとも思ったけど、なんか力が抜けるわね。


 そう思っていると、部屋に監視カメラがあるのを発見した。これで、街中の様子を見ていたのは間違いないわ。ということはアレね。私の下着姿も観ていたってことだわ!


 はい、死刑確定!!


「は!? お前の裸なんて見ねえよ。どれだけ自意識過剰なんだよ」


 私の下着姿を見た罪で殺すと宣言したら、こんなことを言われた。人のあられもない姿を堪能しておいて、この言いぐさは許せないわ。


 よし、お前は、今から殺す。許してくださいと謝っても殺す。絶対に殺す。


 向こうが『最終審判』を使ってくる前に、『スピアレイン』を使用すれば、私の勝ちよ。速攻性なら、私の圧勝。つくづく、イルから便利な能力をもらったものだわ。


「とりあえず、あなたは蜂の巣の刑ね。息の根が止まってからも、貫いて、貫いて、貫き通してあげるわ!」


 御楽の反応を待たずに、頭上に光の球体を出現させた。そして、判決通り、『スピアレイン』を見舞って、御楽の体を蜂の巣にしてやる。……つもりだった。


 しかし、『スピアレイン』の雨を降らせる予定の光の球体は、何かに吸い寄せられるように、私の頭上から離れていった。そして、開け放たれたドアの向こうに消えてしまった。しかも、そのドアは球体が通過すると同時に、ぱたりと閉じてしまった。


 こんなことは初めてだっただけに、私は呆けてしまった。


「無駄だ。そう簡単に能力は使わせないよ」


 まだ座りながら御楽のやつが言い放った。得意げにしていることから、今のはこいつの仕業と見て良さそうね。


「今のは、あんたの能力?」


「そう……。『トリックルーム』っていうんだ。覚えておいてよ」


 覚えないわよ。せっかく楽勝だと思っていたのに、余計なことをしてくれるわ。


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