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第百三十七話 哀藤の行方

第百三十七話 哀藤の行方


 『アトランティス』の能力により、水没してしまった世界を、私とイルは泳いでいた。目的は、水没の原因である哀藤を探し出して始末すること。


 息苦しくなるたびに、酸素クラゲに顔を突っ込んで、酸素を補給する。そうして、ここまで潜って来たけど、だんだん酸素クラゲもいなくなってきたわね。


 気のせいかしら。潜るのに比例して、クラゲの数が減ってきている気がするわ。もし、このままいなくなるようなことになったら、私はイルと二人で窒息地獄に堕ちることになってしまう。


 顔を般若のように歪めて、水中を漂っている姿を想像すると、いろんな意味でゾッとしたわ。


 心細くなっていると、周りをサメが大群で周回し始めた。普通なら、ゾッとする光景だけど、対抗する手段のある私は落ち着いて、『スピアレイン』を放った。


 サメの大群を難なく追い払うと、うんざりしてしまった。水中に入ってから、向かってくる水棲生物を既に何体も葬っているけど、その中に当たりはなく、能力が消滅することがないのだ。


 もう! 元はといえば、哀藤が他の生物に化けて、身を隠すからいけないのよ。だから、私が窒息の危機を抱えてまで、こんな深くまで潜らなきゃいけなくなったんじゃないの。


 どこにいるかも分からない哀藤に対して、怒鳴ってやりたかったけど、そんなことをしたら、貴重な酸素を吐き出すことになってしまう。内心で深呼吸しながら、気を静めた。


 そして、落ち着いた頭で、また考え直した。攻撃方法は嫌らしいけど、理に適っているわ。向こうからすれば、こちらが息切れするのを待てばいいんだから、積極的に攻撃してくることはないわね。きっとかなり底の方で、待機している筈よ。そこまで潜って、酸素クラゲがいなかったら、地獄ね。


「ねえ、イル。酸素クラゲとかの水棲生物の配置も、使用者である哀藤が決められるの?」


 もし、決められるのなら、相当まずいことになるわ。私が哀藤なら、自分の周りに酸素クラゲは配置しない。そうすれば、私が接近しようとしても、息切れでゲームオーバーになるからね。


「違うよ。水棲生物の配置はランダムで決まるの。酸素クラゲがそこら辺を漂っているのが証拠だよ。もし、配置を哀藤が決められるなら、酸素クラゲなんて、こっちに有利な生物を配置する訳ないもん」


 イルの説明を聞いて、胸を撫で下ろす。


 そりゃそうよね。イルの言う通りよ。哀藤みたいな慎重派が、自分にとって甲斐にしかならない生物を配置する訳ないわよね。


「それより、まだ進まないの? あまり一か所に長居すると、そろそろ酸素が……」


 困ったような顔で、イルがせがんでくる。私もそろそろ呼吸したくなってきたわ。ちょうど下の方に、酸素クラゲが浮いているから、底に向かいましょう。




 私が先の見えない進水を続けている中、月島さんは出血の止まらない傷口を抑えていた。


 不意打ちで、負傷してしまい、月島さんは膝から崩れ落ちてしまったのだ。当たりどころが悪く、かなりの出血だ。早く手当をしないと、最悪の事態も考えられる。


「御楽の片腕を奪った刑事さんも、不意を突いてしまえばこんなものよね」


 不意打ちという卑怯な手段を用いたくせに、揚羽はむかつくくらい得意そうにしている。こいつに自責の念は感じられないわね。


「何の真似だ?」


 睨む喜熨斗さんを、笑顔のまま、両手でなだめる。


「そんな怖い顔をしないでよ! もう勝負はついたんでしょ? そうなれば、あんたのことだから、殴り合いで決着付けるに決まっているわ。だから、少しでも勝率を上げるために、助太刀してあげるって話よ」


 頼まれた訳でもないのに、恩着せがましい口調で話している。ただ、助太刀された形の喜熨斗さんは不快そうな顔を崩さない。それに気付かないで、大口を開けて笑っている揚羽は滑稽ですらあったわ。


「キメラはどうした? あいつも行動を起こしているんだろ。一緒じゃないということは、真白のところに向かったのか?」


 これ以上、揚羽の笑い声を聞くのが億劫なようで、ため息交じりに質問する。てっきり感謝の言葉が来ると思っていた揚羽は、やや気勢を削がれたようだけど、気を取り直して返答した。


「えっ? キメラ? わ、私を置いて、どこかに行っちゃったけど……」


「つまり知らない訳か。行先も教えてもらっていないなんて、君、ひょっとして蚊帳の外に置かれちゃっているの?」


 月島さんに軽口を叩かれたのが、気に障ったらしい。拳銃で、月島さんの左肩を撃ち抜いた。撃たれたところから、鮮血が飛び、月島さんの表情がわずかに歪んだ。


「お前は黙っていろよ。これから死ぬ人間なんだから、そこにうずくまって、怯えていればいいんだよ」


 凄んではいるけど、その程度で萎縮するほど、月島さんは柔ではない。止せばいいのに、すぐに言い返す。


「俺のことが気に食わないのは分かるけど、ばんばん発砲するのは控えた方がいい。ここは現実世界で、法律も存在するからね。銃刀法違反で捕まるぜ」


 忠告したのに、さらに憎まれ口を叩かれたことで、揚羽は逆上して、再度月島さんを撃とうとする。でも、そこで地上からパトカーのサイレンが聞こえてきた。さっきのように、通り過ぎることはない。明らかにこちらに向かってきている。


「さっき君が発砲していたのを聞いていた人がいたみたいだね。屋上から、発砲音が聞こえれば、誰だって通報するさ」


 自業自得だけど、自分の首を絞めてしまった訳ね。揚羽は悔しそうに歯噛みしていたけど、すぐにまた月島さんに拳銃を向けた。


「ま、まだよ。警官が駆けこんでくる前に、あんたを殺して、拠点に逃走すればいいだけよ」


 確かに、揚羽はずっとキメラの世界にいても構わない訳で、一生引きこもっていても大丈夫なのだ。せいぜい行動範囲が狭まるくらいの認識でしょうね。


「さあ、喜熨斗。さっさとこいつを殺しちゃうわよ。そこで突っ立ってないで、手伝ってちょうだいな!」


 自分が状況を悪化させたのに、揚羽は命令口調で、喜熨斗さんに言い放った。喜熨斗さんはというと、面白くなさそうにしていたけど、揚羽の言う通りにすることにしたみたい。懐からナイフを取り出すと、重い腰を上げた。


「俺は警察を相手に喧嘩しても良いが、その前に、こっちの決着をつけておかないとな」


「そうそう。その通り」


 得意顔で喜熨斗さんを囃し立てる揚羽。一歩一歩近づいてくる喜熨斗さんをじっと見つめる月島さん。


 二人の視線を受けながら、ナイフを構えると、そのまま一思いに、喜熨斗さんは振り下ろした。




 月島さんに危機が迫る中、私とイルは相変わらず悪戦苦闘しながら、潜り続けていたわ。もう水面がどれくらい上が分からないくらいまで潜っちゃった。これじゃ、運良く哀藤を倒せても、上に戻るのも一苦労だわ!


 ここからだと、水面に戻るのも一苦労ね。何気なく呼吸が出来た時間が懐かしいわ。


 最初はたいしたことないと思ったけど、時間が経つにつれて、だんだん厄介に思えてくる。


「さっきから水圧もきつくなってきたね。底はどれくらいの水圧なんだろう」


「ぺしゃんこになったりしてね。でも、私は体型がスリムになるから、ちょっといいかな?」


「……そんな心配しなくても、胸の辺りは、常時ぺしゃんこじゃん」


「何か言った?」


 不安そうにしているから、人がせっかく励ましてあげようとしているのに、この子は……。かわいさ余って憎さ百倍だわ。このまま本当にぺしゃんこにされちゃえばいいのよ。特に減らず口を量産する口元を!


 ん? 水圧?


 その時、私はこの能力の矛盾に気付いてしまった。どうしてこのことに考えが至らなかったのだろうか。


「イル。一旦、上に上がるわよ」


 それまで底に向かって泳いでいたのに、突然方向変換して、戻ろうと言い出した私を、イルは不思議そうに見つめている。「もう諦めたの?」と言いたそうな顔ね。心配しないで。私の考えは、打倒哀藤のまま、変わっていないわ。


「ちょっと危ないけど、賭けに出てみようと思うの」


「賭け?」


 そう、賭け。でも、私はこの方法が一番しっくりくるのよね。


 私は向きを変えると、水面に向かって、今泳いできたところを戻りだした。もし、私の考えが違っていたら、また潜ることになるけど、仕方ないわね。


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