第百三十一話 終わりの始まり
第百三十一話 終わりの始まり
喜熨斗さんが、キメラがアジトにしている異世界への扉を開いてくれた。願ってもないチャンスの到来に、私は前に進むことを決意した。
空間の裂け目に入ろうとする私とイルに、月島さんがエールをくれた。
「あのチャラついたやつは、俺が痛めつけておいてやったから、しばらくまともな戦闘は出来ないだろう。他のやつだけ気にしていればいいよ」
チャラついたやつ? ああ、御楽のことね。そういえば、すっかり忘れていたわ。本当は月島さんと再会した時に、聞いておくべきことだったんだけどね。予想通り、月島さんが圧勝したみたいだったから、話題にも上がらなかったわ。冷静に考えれば、かなりひどい話ね。
「行動は早い方がいい。キメラたちに先手を取られる前に、もう行くんだ」
言われるまでもなく、そのつもりです。この場にキメラが来ちゃったら、作戦が全て台無しですからね。そんな展開、ノーセンキューです。
「月島さん」
「うん?」
「絶対に死なないでくださいね!」
恒例でベタな台詞をプレゼントすると、月島さんは笑っていた。
「真白ちゃんもね!」
どことなく死亡フラグが立ちそうな会話だけど、どうしても名残惜しくなってしまうのだ。
短い別れの挨拶を交わすと、私はイルの手を引いて、空間の裂け目に飛び込んだ。
私とイルがいなくなると、場の空気は一気に殺伐としたものになった。二人共、私たちがいるから、殺気を温存していたように思えてしまうわ。
「場所を移動しようか。ここだと、負けても現実世界にログアウトするだけだ。それじゃ命のやり取りとはいえない」
「徹底しているなあ」
愚痴をこぼしながらも、特に反論することもなかった。こういってくるであろうことは、分かっていたようね。
二人は、異世界からログアウトすると、現実世界にある高層ビルの屋上へと移動した。屋上に着くと、すぐにサムターンを回して施錠した。
「これで誰も、俺たちの邪魔をすることは出来ない」
「万が一、入って来たとしても、追い返すだけだろ」
『魔王シリーズ』の能力は、現実世界でも使用することが可能なので、再度拳銃を出現させた。
「始める前に、追加ルールを加えても良いか?」
「追加ルール?」
「最後の一発の扱い方についての確認だよ。これから交互に、自分の頭に銃口を突き付けていく訳だけど、最後の一発になっても、決着がつかないようなら、引き金を引くのを止めないか? 百パーセント死ぬと分かっているのに、引かなきゃいけないのは、あまり気が進まない」
てっきり面白い提案がなされるものと思っていた喜熨斗さんは、露骨にがっかりした顔をした。でも、無下にすることもなかった。
「お前がそうしたければ、そうすればいいさ。だが、俺は最期の一発だろうと、引き金を引く」
負けたまま生き延びるなら、死んだ方がマシってやつかしら。それとも、とことんルールに準拠する真面目人間とか。どっちにせよ、喜熨斗さんは正規(?)のルールを曲げるつもりはないよう。
月島さんも顔をしかめたが、強情な喜熨斗さんを咎めることもしなかった。
「強情なやつだな。ま、今に始まったことじゃないし、それでいいよ。じゃあ、どっちが先攻か、コインで決めるぞ」
コインは親指で弾かれた後、月島さんの手によって覆い隠された。
「表!」
「じゃあ、俺は裏で」
月島さんが覆っていた手をどかすと、表側のコインが姿を現した。
「俺からだな」
先攻を取ったのは喜熨斗さんだった。月島さんは弾を一発だけ装てんして、喜熨斗さんに投げた。
でも、拳銃を受け取ると、喜熨斗さんは含み笑いを漏らした。
「おい、月島。変な真似をするなよ」
キメラが拠点にしているビルまでは、歩いて五分ほどといったところかしら。相変わらずし~んとしている世界ね。
「お姉ちゃん。どうして私たち、コソコソしているの?」
「怖い人たちに見つからないようにするためよ」
今、キメラたちは、他の異世界で、私たちを血眼になって探している筈。だから、ここはお留守になっているとは思うけど、念のためよ。
物陰に隠れながら、慎重に一歩一歩近づく。でも、それがイルには面白くないみたいで、さっきからしきりに私の袖を引っ張っていた。
「早く行こうよ。私、マスターに会いたい!」
イルがいつものようにぐずりだしたので、私は宥めるのに必死だった。穏便にいきたいときに騒ぐなんて。こんな時に、敵と遭遇したら、どうするのよ……。
などと、頭を抱えながら考えていると、心配事が現実のものになってしまった。
ビルの自動扉が開いて、中から人が出てきたのだ。
「御楽……」
月島さんにやられたのかしら。左腕がなくなっているわね。でも、『魔王シリーズ』を所持している以上、厄介さは健在。油断できない相手だわ。
御楽は私たちのところに真っ直ぐ向かって来ていた。そのまま立ち去ってほしかったのに、御楽は私たちの前で立ち止まった。
「おい、そこ。いるんだろ。出てこいよ」
「!」
いきなり呼ばれてしまった。御楽は、ビルを出てから、私たちのところに真っ直ぐに向かって来ていたし、潜入がばれているのは明らかだわ。
もうばれているのは明白なのに、何故か出ようか出まいか迷っていると、御楽がもう一度呼んできた。
「……あの、もう一度言うよ。そこにいるの、分かっているから、早く出てきなよ。いるんだろ、百木真白」
……フルネームで呼ばれてしまった。
「お姉ちゃん、もう観念しようよ。私たちのこと、ばれているよ」
「……分かったわよ」
イルにまで心配されたのなら、仕方がない。もう出るしかないわ。全く……、これじゃ、何のために物陰を進んだのか分からないわ。
「やっと出てきたか。イルちゃんも一緒だね」
私とイルが姿を現すと、御楽は疲れた声を漏らした。
「相当お疲れね。やっぱり片腕がないのが原因かしら」
あまりにもあっさり見つかったことへの抵抗なのか、辛辣な声で、御楽を皮肉った。かなり大人げないけど、御楽には効いたみたい。見る見るうちに、表情を曇らせると、私に苦情を言った。
「君のお義兄さん。あれ、どうにかならないの? マジで怖いんだけど」
自分は被害者みたいな言い草だけど、同情する気にはなれないわ。月島さんを怒らせた、あなたたちが悪いのよ。その月島さんは、今喜熨斗さんと闘っている。もし、追いついて来たら、また御楽の相手をお願いしましょう。
「それで? あなたは何をしにここまで来たの? 私たちを始末するため? それとも、案内してくれるため?」
私の物怖じしない様子に、ため息をつく御楽。
「どっちがいい?」
そんなの案内してくれる方に決まっているじゃない。こっちはキメラが戻ってくる前に、決着をつけたいのよ。




