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第百二十一話 特殊能力禁止令

第百二十一話 特殊能力禁止令


 逃げ込んだ先の異世界で、街の中心にある、無人の建物に入ることにした私とイル。


「本当に誰もいないのね」


 建物への侵入を阻む警備の人間すらいなかった。まるで、入りたければどうぞと言われているような気さえしてくるわ。


 おかげで侵入はとても容易なものになった。まるで友達の家に遊びに来たように、堂々と入ることが出来たわ。


 侵入者用の罠でもあるのかしら。床の一つを踏むと、発動したりするとか? うふふ、逆に面白いわね、それ。


 不謹慎にも、そんな期待も持って探索を開始したけど、最初は何も起こらず、退屈だった。でも、それも一枚の絵を見つけるまで。


「うほほ~い! このベッド、大きいし、ふかふかしているよ!」


 建物の最上階、おそらく人がいれば、主人が使うだろう部屋で、大きなベッドを見つけた。早速イルが駆け寄ってダイブした。


「天蓋付きで、本当に王様のベッドって感じね。使う人はいないけど」


 長い間、誰も使っていないのに、たった今干し終えたばかりのようにフカフカしているわ。ベッドだけじゃない。ここに来るまでに、一度も埃や汚れの類を見ていない。ひょっとして、汚れないようにプログラミングされているのかしら。


 そう思って、所持していたボールペンで、椅子の一つに落書きしてみた。すぐ煙のように消えると予想していたけど、乱雑に描かれた絵は、いつまでも消えることはなかった。


「お姉ちゃんって、絵が下手だね!」


「……」


 結局、私が恥をかいただけで終わった。


「それに引き換えて、あの絵は美味しそう!」


「美味しそう?」


 絵に関する評価なら、美味しいより、上手いじゃないの。などと思いながら、イルの視線の先を見てみた。


 そこには神様ピアスが天から待ってくる様子が描かれていた。成る程、イルにとっては、確かに美味しく見える絵ね。


「誰が描いたのかしらね、この絵。いや、それよりも誰が飾ったのかの方に、疑問を持つべきかしら」


 でも、おかげでこの建物のどこかに、神様ピアスがある可能性は高まったわね。探索のし甲斐が出てきたわ。


「イル、もしかしたら、ここに実物の方があるかもしれないわよ。それもたくさん」


「え? たくさん!?」


 大好物がたくさんあると聞かされて、イルが表情を輝かせる。この絵に描かれた大量の神様ピアスが、この建物のどこかに保管されているのなら、イルよりも、むしろ私の方が顔をほころばせることになりそうだわ。何と言っても、神様ピアスと引き換えに、イルから強力な能力をたくさんもらえることになるんだからね。


 神様ピアスの可能性を感じた私たちは、すぐに探索を再開した。


 建物の地上部分をまず見たけど、何もなし。ため息をつきたくなるけど、元々ダメもとで始めたことと思い直して、地下の探索に移ることにした。


 地下に降りると、すぐに四つの扉が現れた。他に分かれ道はなさそうなので、このどれかから先に進む必要がありそうね。


「扉にお絵描きしているね! 結構上手!」


 扉には騎士、魔法使い、僧侶、お姫様の絵がそれぞれ描かれていた。どうでもいいことだけど、どうしてアラビア風の世界に、西洋風の絵があるのよ。アンバランスも良いところだわ。


「どれがいい? あなたが決めて良いわよ」


「え? 私が決めて良いの? やった~!」


 万歳をして喜びを爆発させるイルを見ながら、そんなに面白いことかと、不思議に思ってしまう。


「じゃあね~、この騎士さんの絵が描かれた扉がいい!」


 じっくり品定めしていたイルが、騎士の絵が描かれた扉に決めた。


「どうして?」


「格好いいから!」


 何とも子供らしい、大した理由のない決定だわ。それを見越した上で、イルに決めさせたのだから、今更文句は言わないけどね。


「まあ、いいわ。じゃあ、この扉に入りましょうか」


「うん!」


 どうせどれかには入らなければいけないんだから、後は入ってからのお楽しみでいいわ。仮に外れだったとしても、キメラたちよりやばいものが出てくることもないでしょう。


 軽い気持ちで扉を開けて、中に入ったけど、その途端にそれまでアラビア風だった内装が、一変した。両側の壁が、岩を組んだだけになっていて、ごつごつしている。まるで、どこかの砦の中のようだわ。


 それまでの造りが込んでいただけに、どうしても雑に感じてしまう。


 雰囲気の変化を感じていると、奥の方から、ガチャガチャという金属音が聞こえてきた。何者かが、こっちに駆けてきているようね。


「お姉ちゃん、変な音がしてくる」


「みたいね。どうやら私たちを歓迎してくれるみたいよ」


 あまりにも何も起きなかったから、拍子抜けしていたけど、やっとそれらしくなってきたわね。脅威がやってくるということは、目的の物も近いということよ。俄然、テンションが上がって来たわ。


 ただ待っているのも何なので、無謀にも私たちの方も先に進むことにした。どうせいつか遭遇するのなら、少しでも早いに限ると思ったのだ。


 音の主たちとは、曲がり角を幾つか超えたところで、遭遇した。中世の騎士が、戦争の際に装着している鎧一式が、こちらに向かって来ていた。ただし、中身がない。透明人間が鎧を装着しているように見えて、奇妙に見える。


「何か変なのがやって来たわね」


「この建物を守っている兵士だね! おもちゃの兵隊さんみたいで面白い!」


 おもちゃか……。中身がいないから、そう見えなくもないけど、ちょっと見た目がグロイかな。


 きっと騎士の絵が描かれた扉に入ったから、鎧が現れたのね。絵柄にちなんだ敵が出てくるなら、お姫様の扉に入れば楽だったなと思いつつ、私も臨戦態勢に入った。


 イルが気に入っているみたいだけど、剣を構えているところから察して、私たちに敵意を持っているのは明らか。忍びないけど、倒させてもらうわね。


「中身のない兵士には、木製の人形で対抗よ!」


 こんなやつらに『魔王シリーズ』の能力を披露することはないわ。『奴隷人形』で十分よ。


「『奴隷人形』!」


 掛け声と共に、愛用の人形を呼び出そうとしたけど、何も起こらず。


「あれ? 能力が……。使えない!?」


 いつもの要領で、能力を発動しようとしても、使用することが出来ないのだ。ちょっと冷や汗を感じつつ、再度試してみるも、やはり能力の発動には失敗。どうして使えないのよ……。


「どうしてよ……。いつもと同じように念じているのに……」


「あっ、言うの忘れてた!」


 イルがいきなり大声を出した。しかも、声に緊迫感がある。このタイミングであげたとなると、どうにも嫌な予感がするわね。


「この異世界って、能力が使えないんだった!」


「は!?」


 能力が使えないですって!? そういう大事なことは、忘れないで早く言ってよ!


「ごめん、お姉ちゃん……」


 反省しているのかしら。珍しくしゅんとしているわ。でも、今は叱ったりしないわよ。そんなことをしている場合じゃないからね。


 私はイルの体を持ち上げると、脇に抱え込んだ。


「ちょっと強めに掴むけど、文句は言わせないわよ!」


 能力なしで、この数を相手にするのはきついわ。それに、ここに神様ピアスがあるのかどうかも分からない。


 だとしたら、ここは無理をせずに、逃げるに限るわ。


 私が逃げると、当然鎧たちも追って来るけど、あまり速くないわね。体が重いのかしら。


 建物の外まで逃げるつもりだったけど、こう遅いなら、計画変更ね。鎧たちから逃げ回りながら、建物内を探索することにしましょう。


「お姉ちゃん。鎧さんたちの数がどんどん増えてきているよ!」


 私に抱えられているイルが叫んで教えてくれた。そんなに大きな声を出さなくても聞こえるわよ。


 鎧の軋む音で、数が増えているのは分かるわ。でも、ここって中の通路はそんなに広くないのよね。このまま増えて行ったら、途中で詰まらないか見物ね。


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