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第百十九話 私の知らないことを、彼女は知っている

第百十九話 私の知らないことを、彼女は知っている


 イルの案内に従って、アラビア風の異世界へとやって来た私。早速、神様ピアス探しを始めたけど、在り処について、手がかりがある訳でもないのよね。長期戦も視野に入れた方が良さそうだわ。


「さて。どこから探したものかしら」


 まあ、探すにしても、この人の量だと、行きたい場所へ向かうのも一苦労だけど……。


 この調子だと時間がかかって、お姉さんからいつまで探しているんだと怒られちゃうかも……。


 探索をしながらも、ついさっき別れたばかりのお姉さんのことを考えてしまう。


 お姉さん、今回も格好良かったな~。以前、絡まれていたところを助けてもらった時も、格好いいと思ったけど、今回の件で、さらに魅力が増したわ。自分を犠牲にして、私を助けてくれるなんて、ドキドキしちゃう。もう、恋しちゃっているのかしら、私。


 揚羽の姉であることを考慮しても、お姉さんの魅力は、微塵も錆びつかない。


 お姉さんを想像して、顔がにやける私を、イルが冷めた目で見つめていた。きっと嫉妬しているのね。この子、私のことが気に入っていたみたいだから、自分に構ってもらえないのが、気に入らないのだろう。


 でも、イルの口から発せられたのは、予想していたのとは違うものだった。


「そんなに、あのお姉ちゃんのことが好きだったら、もっとちゃんと別れの言葉を言えば良かったのに。後悔するよ?」


 一瞬、呆けてしまったが、すぐに気を取り直して、やんわりと言い返した。


「別れの言葉なんて大袈裟だわ。お姉さんは死んだわけじゃないから、現実世界でまた会えるわよ」


 だから、落ち込むことも、しんみりと言葉を交わす必要もないの。でも、イルは冷めた目のままで、私の言葉を否定した。


「あのお姉ちゃんなら、もう死んでいるよ」


「……?」


 私が死んでいないと言った後に、即座に否定するなんて。冗談にしても、笑えないわ。


「キメラ……。きっとあの能力を使ったんだね。でも、本気じゃなかったみたい。二割くらいの力で勘弁してあげたってところかな。だから、あのお姉ちゃんも、原型を保っていたんだね」


 お姉さんのことを死んだと言っていたと思ったら、キメラの未知の能力を始めた。お姉さんすら葬る能力のことは知りたいけど、今はお姉さんが死んだことを否定してもらいたいものね。捉えどころのないイルの話に首を捻っていると、止めの一言を呟いた。


「お姉ちゃんは、黄色のピアスについて、よく知らないんだね」


 私が黄色のピアスのことを知らない?


 どこの異世界にでもログイン出来て、特殊能力の使用が可能になるピアスでしょ。他に何があるっていうの?


 聞いてはいけないことの様な気もするけど、早めに知っておかなきゃいけないことの気もするわ。不安はあったけど、とりあえず詳しく聞いてみようかしら。


「どういうことなのかな? 知っていることがあるのなら、教えてほしいな」


「青いピアスと引き換え!」


 何と、情報料を要求してきた。しかも、報酬はまた神様ピアス。何かある度に要求されていたら、幾つあっても足りないわ。ただでさえ、貴重な神様ピアスなのに。本当にしっかりした子だわ。


 まあ、いいわ。情報の方は、イルを言葉巧みに誘導して聞き出してしまいましょう。うっかり口を滑らせることくらい、イル相手なら訳ないわ。


 あと、お姉さん死亡説は冗談に決まっている。黄色のピアスが砕けたくらいで、お姉さんが死ぬ訳がないわ! きっと私をからかっているだけよ。イルは見るからに、イタズラが好きそうだからね。


「馬鹿なことを言っていないで、ピアスを探すわよ。見つけたら、すぐにあなたにあげるからね」


 イルの真剣な表情に、嫌な予感を覚えつつも、当初の目的である神様ピアス探しに戻ることにした。




「たくさん露店が出ているわね」


 人混みの量に比例するように、たくさんの露店が出ていた。ただ、この異世界の通貨を持っていないから、買い物を楽しむことは出来ないけどね。だからといって、盗む訳にもいかないから、ここは我慢よ。


 でも、あちこちから漂ってくる美味しそうな匂いを無視するのは、なかなかの至難の業だったわ。私は大丈夫だけど、幼いイルは誘惑に耐えられず、買い食いをしようと駄々をこねだした。


 さっきまでの真剣な顔が嘘のようだわ。鬱陶しいまでのお子様ね。お金を持っていないから、買い物できないと諭すと、どこから出したのか、重そうな皮袋を私に渡してきたの。


「これを使えば買えるよ」


 イルが出してきたのは、金貨がギッシリ詰まった皮袋だった。おもちゃのお金かと疑ったけど、どうやら本物で間違いないみたい。


「どうしてイルが、この世界の硬貨を大量に持っているの? ていうか、私が勝手に使ってもいいの?」


 イルが頭を縦に振っているから、自由に使ってもいいらしい。持っている理由については、念じたら出現させられたと、あまり説明になっていないことを言われた。


 腑に落ちないものはあったが、この子も一応プログラムだから、それくらい出来てもおかしくはないわね。


 でも、それなら、自分で使えばいいじゃないかしら。私におねだりする意味も分からないし。イルに聞いてみると、皮袋は重くて持ち運べないからと言われた。なるほど。私は荷物持ちの訳ね。


 ちょっとばかりナイーブに浸りながら、渡された金貨を注意深く観察すると、一枚一枚に、女性の顔が精巧に彫られていた。一見すると、本物のようだけど、使うのは勇気がいるわね。


 もし使って、偽物だったら、捕まえられるのかしら。いや、そうなっても、ログアウトしてしまえば……。


 何となく警戒してしまい、なかなか金貨を使えないでいる私をよそに、イルは興味津々で辺りの露店を見回していた。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん。あそこで釣り下がっている豚の丸焼きが食べたい」


 イルが指差したのは、ケバブに似た食べ物だった。こんがり焼いた豚肉がおいしそうな臭いを、周りに放っていた。それに、焦げ茶色のソースが塗られていて、何とも食欲を誘う。アレにかぶりついたら、肉汁がたまらないだろうな。


 見ていると、私までよだれが出てきそうだわ。イルがしつこくせがんでくるのもあったし、金貨を試しに使ってみることにしましょう。これが本物なら、この異世界の探索がかなり楽になる筈だわ。


 え~い、物は試しよ。思い切って、金貨を使ってみましょう。


 もし偽物だったら、笑って誤魔化すことにして、屋台のおじさんに、二人分の料理を注文した。


 数分後、私たちは露店で買ったケバブもどきを片手に、人混みの中を歩いていた。金貨は問題なく使うことが出来たのだ。


「なかなかいけるわね」


「うん、美味しい! 私の目に狂いはなかったね」


 疑ってしまったことを詫びながら、金貨をプレゼントしてくれたことに対して、遅ればせながら、お礼を言った。


 金貨を持って分かったことだけど、この世界は移動するだけでも、お金を使うのだ。というのも、ところどころに関所が設けられていて、通行料を支払わないと通れないのだ。


「キメラが追ってこられない理由って、関所のことかしら」


 でも、キメラなら、イルと同じように金貨を出現させればいいだけだから、時間稼ぎにもならないわよね。


「お姉ちゃん、どこに向かっているの?」


「え~とね。特に決まった目的地がある訳じゃないんだけど、強いてあげるなら、あそこかな?」


 街の中央に建てられたイスラム教のモスクみたいな建物を指差した。アレがどういう建物なのかは知らないが、この異世界の支配者クラスがいることは間違いないでしょう。闇雲に動き回るよりは、神様ピアスを見つけられそうな気がしたので、向かうことにしていたのだ。


 私の指差した建物を見ながら、イルは「面白い形の屋根だ!」と、ゲラゲラ笑っていた。建物の形はともかく、でかいの一言に尽きるわね。


「こうしてみると、人間って、目立つ建物が好きなのね」


 一般プレイヤーでも、神様ピアスを手にしたら、やたら巨大な拠点を建てたがるやつもいるし、虚栄心を満たしたいのかしらね。そういえば、キメラも巨大なビルを拠点にしていたわね。


今回の話を書いていて、ケバブを食べたくなっちゃいましたw

以前、秋葉原で食べた露店のケバブ、美味しかったなあ。

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