第百十五話 終了通告
第百十五話 終了通告
揚羽が、自信の能力で出現させた西洋人形に操作させることによって、飛躍的に運動能力を増大させて、私に迫ってきた。
その動きに対応できずに、致命傷を食らいそうになったけど、『自分崩し』の能力で、どうにか切り抜けることが出来たわ。
無事に攻撃を躱した後、一息つきながら、考える。念のために、この能力を使えるようにしておいて正解だったわ。『魔王シリーズ』と違って、一回しか使えないから、もう同じ手で避けることは出来ないけど、危ないところだったわね。
私の横では、奴隷人形がちょうど消滅していくところだった。まだ消えてほしくなかったけど、時間が来たのなら、仕方がないわね。
奴隷のことが結構気に入っていたイルは、声を上げて残念がっていたが、私だって、戦略的に残念なんだからね。
「真白ちゃんが使った能力は、今ので三つ目か。つまり、これから新しい能力が出てくることもない訳だ」
だから、もう不意を突かれることもないなという顔で、キメラが私を見つめた。確かに、今みたいな状況にまた追い込まれたら、次はマジでやばいかもね。
「そんな顔をするな。また追い込まれる前に、勝負を決めればいいだけだろ」
不安になりそうなわたしを、お姉さんが励ましてくれる。本当に頼りになる人だわ。その様子を苦々しく見ているのは、揚羽だ。
「……何よ。お姉ちゃんったら、私を放ったらかしにして、真白なんかとイチャついて……」
嫉妬に狂いそうな目で私とお姉さんを交互に睨む。いや、嫉妬というより、狂気という言葉がぴったり当てはまるわね。
「早く……、引き剥がしてあげなきゃね……。そのためにも、真白をとっとと潰さないと……」
私への攻撃が不発に終わったイライラもあったのだろう。次こそは決めるという顔で、私を睨んできた。
でも、お姉さんに攻撃を加えているくせに、他の人間と話すのが気に入らないなんて、独占欲が強いんだか、極度の我がままなんだか、分からないわね。これが俗に言うヤンデレという性癖なのかしら。
とすると、揚羽の扱いがより厄介に感じてしまう。こいつ……、ヤンデレの気質まで秘めていたの!? トリガーハッピーなヤンデレって、彼女にする場合、最悪な性格じゃないの。どんなモテない男子でも、ごめんなさいを言って、交際を断るわ。
「おいおい。そんなお姉さんにばかり目を向けるなよ。君には僕がいるだろ?」
ただでさえ問題大有りの状況をさらに悪化させたのがキメラだ。しかも、誘惑染みたことを言っているし、どうせ本心で言っていないのは丸分かりだけど、私の体でイチャつかないでよ。
キメラのやつ、ああして揚羽と日常的に接しているの? だとしたら、見過ごす訳にはいかないわ。
放っておけば、私の体がリアルに傷物にされてしまう……。花の女子高生として、何としても対処しなければいけないわ。
背筋に冷たいものを覚えながら構えたが、突っ込んだが、揚羽の動きは相変わらず素早い。
しかも、揚羽とは別に、西洋人形が髪を伸ばして、私を拘束しようと迫ってくる。あの人形って、主人の筈の揚羽も操作しているのよね。主人と髪を同時に操作するなんて、どれだけ器用なのよ。お姉さんも援護してくれるけど、キメラだって、攻撃を仕掛けてきているし、これじゃ実質的に三対二じゃないの。
「揚羽のおかげで、戦況が有利になってきたな。このまま続行しても良いけど、どうせなら、もっと楽に勝ちたいよね」
キメラのやつも、ろくでもないことを考えているらしい。右手を広げると、新しい能力を発動した。
「『グリーンインパクト』……」
「それは、私がいつも使っている能力……!」
標的を吸い寄せて斬る緑のナイフが、キメラの右手に現れた。お姉さんが使用している能力だが、メインプログラムであるキメラも当然ながら、使用可能なのだろう。
その緑のナイフをキメラは私の右くらいを狙って放った。ナイフはそのまま地面に突き刺さる。外れかと思ったが、キメラの狙いはそこからだった。
「『グリーンインパクト』よ。真白ちゃんを引き付けろ」
同時に、私の体がナイフに向かって吸い寄せられた。実際に食らってみると、結構な力だった。緑のナイフを、『スピアレイン』ですぐに破壊したから、引っ張られる力はすぐに止んだけど、一瞬でも私に隙を作れば良かったのね。
ナイフによって、体のバランスを崩された時を狙って、揚羽の西洋人形の髪が一斉に絡み付いてきた。
「エヘヘヘ! 一丁上がり。もう離さないわよ」
してやったりの顔で揚羽がほくそ笑んでいるのが、妙にムカついた。
「お姉ちゃん。これ、きつく締まってくるから、息苦しいよ」
イルが呻くのも無理はない。髪は私とイルを大の字に引き延ばして、身動きが取れないようにした。
「ふんだ。こんなもの、『スピアレイン』で……」
「やらせねえよ」
『スピアレイン』を発動する前に、髪が思いきり私を地面に叩きつけた。その衝撃で私は意識を失った。
「アハハハッ……! 良い気味ね。私とキメラに逆らうから、こんな目に遭うのよ。でも、まだ許してあげない。これから徹底的にいじめてやるんだから」
ドSな性格に火が付いたのか、気を失って何の反応も示さない私に、一方的に脅しをかけた。
「まずい。このままでは……!」
私がノックダウンしたのを見ていたお姉さんが、すぐさま救出に向かおうとした。だけど……。
「いかせないよ」
私の救出に向かおうとするお姉さんの前に、キメラが立ち塞がる。
「どうしても真白ちゃんのところに行きたいのなら、僕を倒していくことだね」
「お決まりの台詞だな。もう少し捻ったらどうだ?」
強気な口調は健在で、会話だけを聞くと、まだ大丈夫だと勘違いしそうになるけど、戦況は絶望的なものだった。
「お姉ちゃん。もう勝負はついたんだから、大人しくして。キメラだって、あまりお痛が過ぎるようなら、鉄槌を落とさなくちゃいけないんだからね」
揚羽が、お姉さんに降参を呼びかけるが、その言葉に従うお姉さんではない。戦闘意欲が萎えるどころか、ますます激しく燃え盛っているようだ。
「やれやれ。あくまで戦闘を続行する気らしいね。そういうことなら、仕方がない。僕も本気を出そう……」
揚羽が「お姉ちゃんの馬鹿」と呟く中、キメラの瞳が怪しく揺らいだ。
決着はあっさりついた。
それは戦闘と言えない一方的なものだった。見様によっては、いじめにも見える、キメラのワンマンショー。お姉さんは、抵抗らしい抵抗も出来ないまま、押され続けたのだ。
「どうだい? 『神様フィールド』において、メインプログラムである僕にのみ使用が許された能力は?」
キメラが自慢げに語る足元で、お姉さんは地面に突っ伏していた。ピアスには、致命傷ともいえるひびが走っていて、もう砕けるのは時間の問題だ。
「くっ……、くそ……。何だ、あの力は……」
信じられないものを見たと、お姉さんの無念の声だけが、空しくこだました。
しかし、その姿とは無関係に、お姉さんはまだ抵抗する心を失っていなかった。何度も失敗しているのに、何が何でも立ち上がろうと、全身に力をこめる。その様子を見たキメラは、わずかに顔をしかめた。
「まだ立ち上がろうとする君のファイティングスピリットは、誠にあっぱれだけど、でも、もうお終いだよ。君にあげた黄色のピアスも、もうすぐ砕ける。君の時間も終わる」
後半部分に、よく分からないことを言いながら、キメラはお姉さんを見下しながら呟いた。
「君は揚羽のお姉さんで、妹よりも優秀だ。本心から、僕の傘下に入ってほしかったんだけど、こんな結果になって残念だよ」
自分の言葉が届いているかなど、どうでもいいことの様ね。ただ一方通行で言葉を紡げれば、それで良し。キメラの独善的な宣告と、止めの一撃が、お姉さんに降り注ぐ。
「怒木琴音。この瞬間を持って、ゲームオーバーだ!!」




