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第百十二話 再会の挨拶は不意打ちで

第百十二話 再会の挨拶は不意打ちで


 手に入れた『スピアレイン』で萌に狙いを定めている三本の槍をまとめて始末した。これで、当面の危機は去った訳だけど、うかうかもしていられない。早急に、揚羽から、萌の意識が詰まっている人形を奪還しないと。


 きっとキメラが揚羽のところに行っている筈だから、始末される前に駆けつけないと。


 そこに、キメラから命を受けた御楽が到着。あわや、戦闘開始かと思われた時、月島さんが、この場は自分が引き受けると言ってくれた。


「はっ! あんた一人でどうにかするつもりかよ。……って、言いたいところだけど、あんた、確か滅茶苦茶強いんだよな。『魔王シリーズ』で武装しちゃったみたいだし、どうすんべ……」


 御楽がぼそりと呟いたのは、紛れもない本音。今まで能力のおかげで優位に立っていたこいつにとっては、寝耳に水の事態なんでしょうね。ちらりと私を見ていることから、対戦相手を私に変更するように、遠まわしに要求しているのが分かるけど、もちろんそんなものは受け付けないわ。


 そう言えば、イルはどうしようかしら。キメラはこの子を殺そうとしている訳だから、連れて歩くのは危険だわ。ましてや、キメラの前に連れて行くなんて、言語道断だわ。これから月島さんと御楽が戦闘を始めるけど、ここに置いていった方が安全な気がするわね。


「イルはお姉ちゃんと一緒にいる! 離れ離れは嫌!」


 少しの間にすっかり懐かれたみたいで、私にしがみついて離れようとしない。これからキメラのところに行くから、危険だと伝えても聞く耳持たず。困った子だけど、可愛いところがあるわね。でも、そうも言っていられないのよね。


 半ば強引に牛尾さんに預けた。イルは散々駄々をこねていたけど、これはあなたのためなのよ。悪く思わないでね。


「牛尾も萌ちゃんを抱えて、他の部屋に避難しろ」


 本気で御楽を潰すつもりらしく、月島さんは牛尾さんにも避難を促す。


「おう! 巻き添えはごめんだからな。早急にとんずらさせてもらうぜ。他の職員も、この部屋近辺には近づかないように、戒厳令を敷くから、思いっきりやってくれ」


 ほとんど状況を把握できていないのに、月島さんのことを信頼している牛尾さんは、物分かりよく、萌を抱えて部屋を出ていった。


 抱えられた状態で視界から消えていく萌を見送りながら、次はちゃんと意識を戻してあげるからねと、内心で決意を新たにする。


 それから間もなく、緊急事態を告げるアラームが研究所内に鳴り響いた。


「あの姉ちゃん、仕事するのが早過ぎ……」


 牛尾さんの鮮やかな働きに、敵の御楽まで舌を巻いていた。私も早く、揚羽のところに向かわないとね。


「じゃあ、私も揚羽のところに向かいます。月島さんなら、負けないと思いますけど、油断だけはしないでくださいね」


「心配するな。こいつを片づけたら、すぐに援軍に向かってやるよ」


 そう言って、御楽を一睨みした。気後れは一切ないようね。


 月島さんに睨まれた御楽は、「俺も避難してえ……」と、早くも諦めムード全開なことを言っている。敵のくせに情けないことを言っているが、相手が月島さんでは仕方ないわ。同じ立場だったら、私だって、へこむと思うから、いじるのは控えめにしておいてあげる。


 一方的なバトルになりそうな現場を後にして、私は異世界へとログインした。




 時間は少し遡って、こちらでは揚羽とフードのお姉さんが、相変わらず追いかけっこをしていた。


 お姉さんが緑のナイフで揚羽に切り付けるが、避けるのが上手く、あと一歩のところで躱す。


「わわっ! お姉ちゃん、今のは当たるところだったよ!?」


「当てるつもりで、攻撃しているんだ。当然だろ。お前も、少しは向かってきたら、どうだ!」


 話をしつつも、ナイフを再度振り下ろす。それをギリギリのところで、揚羽はまた躱す。


「だ~か~ら~! 私はお姉ちゃんと闘いたくないんだって……」


「それなら、人形を渡して、とっととやられろ。中途半端に逃げるな」


「ひ~ど~い~!」


 姉の非常な言葉に、悲痛な声を上げるが、お姉さんは攻撃の手を緩めることは一切ない。


 さすがに避けるのがしんどくなってきた揚羽を援護するかのように、お姉さんに向かって、『スピアレイン』が放たれた。


「ぬっ!?」


 直撃を何とか免れたお姉さんだったが、完全に躱しきることは出来なかったようで、ダメージを食らってしまい、黄色のピアスにひびが入ってしまった。


「不意打ちか。久しぶりに会うのに、ずいぶんな挨拶をしてくれるな」


 ひびの入ったピアスを見ながら、舌打ち交じりに振り返ると、お姉さんは背後から撃ってきた相手を睨んだ。


「あれ? キメラ?」


 ちょうど二人の真後ろに、キメラが立っていた。いつもと違う表情の彼に、二人は微妙に緊張を覚えた。


「やあ。久しぶりだね、琴音さん」


「援軍にでも来たのか? このゲームは、揚羽と御楽の二人しか襲ってこないと聞いていたんだが?」


 私と同じクレームをつけるお姉さんに、キメラは明確な言い訳もせずに、揚羽に目を向けた。


「揚羽。いきなりだけど、その人形を僕に渡せ」


「え? この人形?」


 腰に付けている萌の意識が詰まっている人形を手に取って、きょとんとした顔でキメラに尋ねる。


「そうだ。それは僕が預かることにした」


「おい、ちょっと待て。いきなり出てきて、どこまで勝手なことを言うつもりだ?」


 横暴ともとれるキメラの行動に、お姉さんが噛みついた。このゲームは、人の命がかかっている以上、途中で都合の良いように改変させられるのは、気持ちの良いことではない。


 それに対して、お姉さんを一瞥したキメラは、あっさり過ぎる言い訳をした。


「事情が変わってね。僕も参加することになった。真白たちには既に説明している。了解は取れていないけどね」


 本来なら、了解が取れなければ意味がないのに、それでもキメラは強引に参加してくるつもりなのだ。元々、思いつきで始まったようなゲームだから、異論を唱えたところで、無意味なんだけどね。


「ふん! お前のやることに、今更異論を挟むつもりはない。そういうことなら、揚羽もろとも、まとめて潰すだけだ」


 多少動じたものの、お姉さんは頭を切り替えて、キメラと揚羽の二人を同時に相手をすることにしたようだわ。キメラ相手に、文句を言っても、時間の無駄なことを理解しているのね。


「揚羽。そいつから離れろ。接近戦は危険だ。距離を詰めながら、『スピアレイン』で仕留める」


 お姉さんを挟む形で立っている揚羽に指示を出す。さっきまで姉と闘うことを、あんなに拒んでいた揚羽も、キメラの言葉には逆らうことが出来ないようで、見る見る顔を紅潮させていく。


「ごめんね。お姉ちゃんのことは好きだけど、キメラの命令には逆らえないよ」


 申し訳なさそうにしているが、その瞳には殺気が含まれている。言葉とは裏腹に、姉を襲う気満々だ。その証拠に、自らの頭上に光の球体を出現させた。お姉さんに『スピアレイン』を撃つことに抵抗は最早見られない。


「ふん……。最初からこうすれば良かったんだ。何が私とは戦えないだ」


 以前、揚羽の言葉を丸呑みして、痛い目に遭った時のことを思い出しながら、お姉さんはため息をついた。


「しかも、距離を取って、飛び道具で挟み撃ちか。遠慮もなしだな」


 キメラと揚羽を交互に見ながら鼻で笑うと、キメラに向かって、緑のナイフを素早く振った。そんなことをしても意味がないかと思えば、衝撃波が発生して、キメラに向かっていく。


 慣れた動きで衝撃波を避けると、キメラは初めて小さく微笑んだ。


「生憎と飛び道具は私も持っているんだ。距離を取っているから、安心だなどと、夢にも思わんことだな」


「その能力は、僕が君にあげたものだ。衝撃波のことだって、知っている。僕に勝てると思っているのかい?」


「このナイフの特性を知っているから、何だというんだ? 当たれば傷つくことに変わりはないだろ? 勝つさ。貴様には負けん!」


 強い言葉でキメラと向き合うお姉さんだったが、不利なのは明らか。頼むから、私が駆けつけるまで、無事でいてね、お姉さん。


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