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第百十一話 驚異の排除

第百十一話 驚異の排除


 異世界から戻った私は、ログインを宣告した場所、つまり研究所の萌が寝ている部屋へと戻ってきた。


 部屋には眠ったままの萌と、牛尾さんがいた。


「思ったより凄惨なことになっているな……」


 神様ピアスが壊されたことと連動して放たれたと思われる槍が、萌を避けるようにして、七本ほど床に突き刺さっていた。ここで様子を見ていたら、気が気でなかったに違いない。


「まだ上空に浮いている三本の中に、当たりがあるのか。そう思うと、背筋が寒くなってくるな」


「それ以上に忌々しいです」


 こんなものに私と萌の命が脅かされていると思うと、腹が立ってくるわ。最初に見た時は、不気味にも思えたけど、もう恐怖は感じない。


「なあ、私にも注目してほしいんだが?」


 萌に寄り添うように看病していた牛尾さんが、いきなり出現した私たちを見ながら、寂しそうに口を開いた。忘れていた訳ではないですけど、優先順位的に後回しになってしまったんです。すいません。


「月島も一緒か! ん? その子は誰だ?」


 牛尾さんはイルに目ざとく気付いた。そりゃ、命を懸けた死闘を繰り広げていたのに、自分が離脱している間に幼女が仲間になっていたら、不審に思うわよね。


「キメラと同じくお父さんたちが作った存在みたいなんです。上手くすれば、打倒キメラの切り札になるかもしれません」


「本当か……?」


 あ、この目は信じていないわね。まあ、無理もないか。私だって、最初は厄介者扱いしていた訳だから、偉そうなことは言えないか。


 そんな牛尾さんに興味を持ったのか、イルがトコトコと近付いて行こうとするのを制した。


「はい、不用意に近づかないの。今、忙しいだから、あなたはジッとしていなさい」


「え~!」


 イルは不満そうに呻いていたけど、本当に一刻を争っているのだ。私は萌の前に立つと、意識を集中した。


「なあ、月島。これから何を始める気なんだ? 萌の様子を見に来ただけという訳ではあるまい?」


「実験したいことがあってね。上手くいけば、俺たちの戦いがグッと楽になる」


 不敵に笑う月島さんにも、牛尾さんは微妙な顔をしていたが、「お前もそう言うなら、信じてよさそうだな」と煙草に火をつけた。


 私の言葉じゃ信用できないんですかと、いつもならムッとするところだけど、今は意識をひたすら集中。直に私の頭上に光の球体が出現した。


 やっぱりだわ。『スピアレイン』は、現実世界でも、使用可能だった!


 揚羽が現実世界でも効果の続行する能力を使っていたのを覚えていたから、もしやと思っていたの。試してみたら、本当に出来た。これは、とてつもなく大きな収穫だわ。


「実験は大成功だね」


「おいおい。この光の球体って、揚羽が使っていた槍を放つ能力だよな。どうして真白が使えるようになっているんだ!?」


 途中経過しか知らない牛尾さんが大きな声を出して、私たちに説明を求めている。すぐ教えてあげたいところだけど、その前に萌を貫こうと怪しい光を放っている別の槍を葬ってあげなきゃいけない。


 『魔王シリーズ』を使うようになって分かったことを整理すると、普通の能力と違うところは、主に二つ。圧倒的な力と、現実世界でも使用可能なことね。持ってみると、改めて感じるけど、現実世界でも使えるのって、かなり便利だわ。


「『スピアレイン』!!」


 球体から光の槍が出現して、残り三本の槍を瞬時に消滅させた。私たちを散々苦しめてきた割には、呆気ない最期ね。


「おおっ!?」


 私の大胆な行動と、『スピアレイン』の破壊力に、牛尾さんが奇声を上げて、飛びのいた。イルはその様子がよほどおかしかったらしく、ゲラゲラ笑いながら、手を叩いて大喜びしている。


「すごいな。塵一つ残らない。現実世界では、最早凶器だな」


「はい。銃刀法よりも厳しい法律を作って、規制した方が良いかもしれませんね」


 こんなものが一般に流通するとも思えないけど、危険な能力には違いないからね。自分で使っておいて何だけど。


 槍という驚異のなくなると、萌に近寄って、そっと抱きしめた。あら、この子、汗をかいているわ。拭いてあげないとね。


「ともかく。これで、真白ちゃんと萌ちゃんが死ぬ心配は回避できた訳だ」


「次は萌の意識を取り戻す番だな」


 そのためには、揚羽から人形を奪還する必要がある。いよいよ直接対決の時ね。


「そういえば、キメラは、こっちには来なかったみたいですね」


「ああ。こっちの作戦に気付いたようだから、妨害されるかと冷や冷やしていたんだが、向かった先が違ったみたいだね」


「じゃあ、キメラが向かった先は……」


「恐らく揚羽のところだろう。萌ちゃんの意識が詰まっている人形を狙っているのかもしれない」


 私たちが『スピアレイン』の力で、揚羽から人形を強奪すると予想したのかしら。とにかく、今のままだと、揚羽と交戦しているフードのお姉さんが危ないわね。


「急いで援軍に向かおう。イルちゃん、神様ピアスを三つあげるから、俺たちに能力を同じ数だけ欲しい。とびきり強力なやつを頼む」


 萌の命を脅かしている槍が消滅した以上、神様ピアスなど、もう要らない。私としても、さっさと新しい能力に変換してしまいましょう。


 キメラがこっちの方にこなくて、本当に大助かりだわ。心置きなく能力で武装して、決戦に臨んであげる。


 まず月島さんがイルから能力をもらった。傍らで見ている牛尾さんは「それだけ!?」と半信半疑だ。まあ、イルの力を見ていない者にとっては、頭に手を添えるだけで能力が得られるなんて、胡散臭い行為でしょうね。


「次は私をお願い」


「は~い!」


 既に『スピアレイン』を習得しているけど、強力な『魔王シリーズ』はいくら持っていても困るものじゃないわ。持てるだけ持つのが、賢い選択よ。


 お駄賃代わりの神様ピアスを差し出そうとすると、残りの二つの神様ピアスが、いきなり破裂してしまった。


「……砕けましたね」


「見事に木端微塵だな」


 床に四散した神様ピアスを見ながら、しばし呆然。その合い間に、三秒ルールを適用して、神様ピアスの破片を口に運ぼうとするイルを、やんわりと制す。


「てっきりここには来ないと思って、油断していたな」


「はい。油断大敵ですね。ことが上手く進んでいる時こそ、気持ちを引き締めなければいけない。良い教訓になりました」


 私の神様ピアスを砕いてくれたのは、真っ黒い髑髏だ。腹立たしいことに、してやったりという顔をしていたので、腹いせに『スピアレイン』を見舞ってやった。


「やれやれ。本当はもっと早く邪魔しに現れる筈だったんだけど、ここって迷路みたいだから、迷っちまったぜ」


 ドアが開いて、そこから御楽が顔を出した。


「あらら……。妹ちゃんに仕掛けていた槍が、きれいに破壊されちゃっているよ。今のキメラは、いつもみたいに笑って許してくれなさそうだから、これは絞られるぞ……」


 怒られているところを想像しているのか、頭を抱えて、唸っていた。そんな御楽に、月島さんが追い打ちの一言をかける。


「それだけじゃない。俺も『魔王シリーズ』の能力を習得した」


 得意げな月島さんと対照的に、御楽はさらに深いため息をついた。


「何だか知らないが、登場早々、哀れなやつだな」


 煙草の火を消しながら、牛尾さんがボソリと呟いた。哀れなのは認めるけど、御楽は敵なので、同情はしてあげない。


「こいつがここにいるということはキメラが向かったのは揚羽のところか」


「ほぼ間違いないでしょうね。ということは、今頃、揚羽のお姉さんが一人で、揚羽とキメラの二人を相手にしていることになります」


 いくらお姉さんでも、劣勢に立たされているのは容易に想像つくわ。月島さんも同じ意見だったようで、拳を鳴らしながら、御楽の前に立ったわ。


「真白ちゃんはキメラの元に急ぐんだ。こいつは俺が引き受ける」


 そのセリフを聞いて、御楽も俯いていた顔を上げた。


「そうか……。俺の相手はあんたか……」


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