第百九話 キメラとイル
第百九話 キメラとイル
謎の女の子との取引によって、本来は使えない筈の『魔王シリーズ』の一つ、『スピアレイン』を習得することに成功した。
思わぬ出来事だったけど、これはすごい収穫よ。今回のゲームはおろか、キメラたちと闘うことの出来る力が手に入ったのだから。
今の私にはもう怖いものはないわ。キメラはもちろん、今私を押しつぶそうと突進してくる金髪の龍だって、もう恐れるに足らないわ。
「今までよくも好き放題やってくれたわね。これはお返しよ!」
早速『スピアレイン』を龍にお見舞いしてやった。攻撃がクリーンヒットした龍は、雄叫びを上げて、苦しんでいた。間違いなく効いているわ。
「ほら! どんどんいくわよ。これはあなたの突進で、ひびの入ってしまった神様ピアスの分!」
安い少年漫画でよく目にするセリフを吐きながら、続けざまに『スピアレイン』を放つ。気分はとっくにハイテンションだわ。
『スピアレイン』を意気揚々と放ったけど、龍のやつ、光の槍が通過するのに合わせて、体を形作っている金髪を緩めたの。すると、龍の体に、穴がぽっかり開いて、そこを光の槍が通過していった。私の攻撃を器用に回避してくれたものね。
体が金髪で出来ているから、こういう方法で攻撃を躱すことも出来る訳ね。でも、そんな小細工をしたところで無駄。
ストレスを発散するかのように、龍の周りに、絶え間なく光の槍を降らせる。さっきは数発で止めたけど、もう容赦しないわ。あんたが消滅するまで、止めてあげない。
龍も躱したり、体に起用に穴を空けたりしていたが、数には敵わず、徐々にダメージを受けていった。
「真白ちゃん。しっぽの部分の人形を撃つんだ。おそらくあれが本体だ!」
圧倒的な力で攻めながらも、なかなか止めを刺せない私に、月島さんがアドバイスしてくれた。確かに、この龍は、あの人形から伸びた金髪で作られている物だ。ということは、あの人形を潰せば、龍も連鎖的に倒せる筈だわ。
「さすが月島さん。勘が冴え渡っているわね!」
月島さんの目論見は大正解だったらしく、私が人形に狙いを変えた途端、交代を始めたわ。
「そんなあからさまに逃げたら、弱点が人形ですって、白状しているようなものよ。私は優しくないから、そんな露骨な撤退は許さないわ!」
ますます不味い状況になっていることを自覚したのか、人形は金髪を龍から、球体に変えた。そして、自身をその中に隠した。こうすれば、自分の位置が掴めず、止めを刺せないと思ったのだろうか。
「残念だけど、そんなものじゃ、私の攻撃は防ぎきれないわよ」
散々撃ちまくったおかげで、『スピアレイン』の使い方も、だいぶ熟知してきたわ。そろそろ練習の集大成をさせてもらおうかしら。
私は神経を集中させると、守りに徹して、全く動かなくなった金髪の塊に向かって、全方向から、隙間が全くない密度の『スピアレイン』の一千本集中砲火を見舞ってやった。
相手は人形だったので、声を発することもなかったが、もし発生が出来たのなら、絶叫を発していたことでしょうね。
周囲がまばゆい光に包まれて、目も開けられないくらいの明るさに包まれる中、揚羽の人形は跡形もなく消滅していった。
「よし、一丁上がり!」
塵一つ残さない完全勝利に、派手にガッツポーズを決めてやったわ。
「まずは第一関門クリアか」
傍らで、私の戦闘を見守っていた月島さんが女の子を抱えて、近寄ってきた。
「しかし、すごい威力だな。俺もこの子にお願いして、一つ能力をもらおうかねえ」
派手なことが大好きな月島さんも『魔王シリーズ』に興味津々な様子。私だって、このゲームが終わったら、この子から他の能力を習得する予定よ。
当初の予定では、いかに揚羽の目を盗んで、萌の意識が詰まった人形を掠め取るかが勝負の肝だったけど、これなら、力押しで勝利することも十分に可能だわ。
揚羽のやつ、ビビるでしょうね。私のことを、格下だと思って、完全に舐めてかかっていたからね。どんな顔に歪むのか、今から楽しみ。
そんな私の気の緩みを察したのか、月島さんがすかさず釘を刺してきた。
「真白ちゃん。やり返すのも良いけど、まずは萌ちゃんの意識を取り戻すことが先決だ。そうすれば他の神様ピアスを、この子に上げることも出来るだろ?」
「は、はい……」
月島さんの言いたいことはすぐに分かった。
そうね。力を持ったからといって、まだ萌が助かった訳じゃない。油断なんて、以ての外だわ。
「揚羽という子を倒すのは、それからでも遅くはない。どれが大事なのか、真白ちゃんなら分かるだろう?」
それもそうだわ。私だって、いつまでも萌を危険な状態にしておく訳にはいかないしね。月島さんの言う通り、従来通り、萌の意識を取り戻すことに集中しましょう。
勝って兜の緒を締める、じゃないけど、気を引き締め直した私に、冷酷な言葉がかけられた。
「そう計画通りにいくと思っているのかい?」
タイミング的に、ここで現れるのは、ゲームの対戦相手である揚羽か、御楽だ。声の感じからして、御楽が妥当なところだけど、どっちでもなかった。
「答えはノーだ。何故なら、僕が邪魔をするからだ」
御楽を伴って、姿を現したのは、キメラだった。
「あんた……!」
予想もしない人物の乱入に、私は龍を倒した感動も忘れて、その場で固まってしまった。月島さんは、荒事になれているせいか、以前冷静な態度でいる。
「こいつがキメラか。実物を見るのは初めてだけど、確かに真白ちゃんそっくりの外見をしているね」
そりゃそうよ。私の体を使っているんだから。それにしても、キメラの様子がおかしいわ。いつもは胸糞悪いくらいに余裕たっぷりの態度なのに、今日のキメラはずっと厳しい表情をしている。嫌なことでもあったのかしら。
いつもと違うキメラの様子に不安を感じていると、女の子が嬉しそうな顔で前に出た。
「あっ、キメラだ!!」
えっ? この子、キメラのことを知っているの? つまり、二人は知り合い?
女の子はキメラを見ると、嬉しそうに手を振った。キメラは手を振りかえすこともなく、ただ女の子を迷惑そうに見つめていた。
「久しぶりだね、イル……」
イルというのは、この子のことかしら。
「元気してた? あははは!」
キメラの敵意を含んだ視線に気付かないみたいで、イルはまだ無邪気に笑っている。
「どうも様子がおかしいな。あいつの目、これから人を殺すような殺気を含んでいるじゃないか」
「はい。それも私たちじゃなくて、このイルという子に向けられている気がします」
私たちに対して敵意を向けるのは分かるけど、イルに向ける理由が分からない。普通の子じゃないことはとっくに気付いていたけど、キメラすら顔色を変える存在とはね。
そんなことを考えていると、いつの間にかキメラが私たちの目の前まで接近していた。いくらイルのことで注意がそれていたとはいえ、こんなあっさり接近を許すなんて。キメラの気配をまるで感じなかったわ。
「再会して早々申し訳ないけど、死んでもらうよ」
「え……?」
さっきまでの笑顔が曇って、イルは聞き返すようにキメラの顔を見つめている。だけど、キメラは言葉を反芻することなく、右手をイルの首に添えようとした。
よく分からないけど、このままキメラのやりたいようにやらせていたら、イルが殺されてしまうことが直感的に分かったので、イルを抱えて飛びのいた。キメラの方はというと、月島さんに差し出した手首を掴まれていた。
「何があったか知らないけど、女の子に手を上げるのは感心しないな」
月島さんの表情は柔和だが、付き合いの長い私には、相当機嫌が悪いことが分かった。
「僕の邪魔をしない方がいい。痛い目を見るよ」
「どうかな? お前が使っているのは、真白ちゃんの体なんだろ? 力は俺の方が上だ。さて、痛い目を見るのはどちらかな」
昔、やんちゃだったこともあり、一歩も引こうとしない。でも、相手はキメラ。この先の展開を考えると、ちょっとドキドキしてくるわね。
当然だけど、ドキドキしているのは私だけにとどまらないわ。ただならない雰囲気で、周囲の空気が急に冷え込んでいる気さえした。
キメラと月島の会話は、書いていて楽しいですね。




