第百八話 王の誤算
第百八話 王の誤算
揚羽と命がけのゲームをしている途中で、不思議な女の子と出会った。
その子は、私の神様ピアスを差し出せば、『魔王シリーズ』の能力を使えるようにしてくれると言ってきた。普通なら、神様ピアスが欲しいから、嘘をついているのだろうと、相手をしないところなんだけど、お試しで使わせてくれたので女の子の言葉を信じたわ。
でも、だからといって、あっさりピアスを差し出す訳にもいかない。どの神様ピアスが当たりか分からないからよ。もし、当たりのピアスを差し出したら、萌と私が死ぬことになるのだ。
どうしようか思い悩んでいる間も、揚羽の差し向けた金色の龍が、私たちに攻撃を仕掛けてくる。
悩んでいる暇もないし、結論は一つしかないのは分かるけど、どうして踏み切れない。そんな私を月島さんが不思議そうに見ていた。こんなことで悩むほどではないだろうとでも、言いたげだ。
私を見つめる視線は他にもあった。もっとも、そいつは、離れたところで、こちらの様子を窺っているのだけどね。
「何だ、今のは?」
私から離れたところで、様子を見ていた御楽が呆気にとられていた。金色の龍を見て、呆気にとられているのではない。私がさっき放った『スピアレイン』を見て、呆気にとられたのだ。
「揚羽が本気を出したから、面白くなってきたと思っていたら、とんでもない展開になっているじゃないか。さっきのアレ、『スピアレイン』に酷似していたし、いつの間に身に付けたんだ?」
『スピアレイン』を始めとする『魔王シリーズ』の能力は、キメラたちの専売特許だ。それを部外者が使うということは、今まで圧倒的な力で、有利な立場を保ってきた御楽たちにとっては、由々しき事態だった。
普段は飄々としている御楽も、事の重大さに、参戦を考えていると、背後から近付いてくる足音に気付いた。
「あれ!? お前も来ていたのか」
現れたのはキメラだった。
「アジトでふんぞり返っているのに飽きたのか? どうせなら揚羽のところに行ったらどうだい? 応援に来てくれたって、大喜びするぜ」
御楽がからかったが、キメラは私と女の子を厳しい目で凝視していた。いや、どちらかというと、女の子の方をじっと見ていたのかもしれない。
キメラは、御楽を相手にすることもなく、女の子を忌々しげに見つめながら、ぼそりと呟いた。
「何であいつが生きているんだ? 不穏分子として、マスターの手で始末された筈だぞ?」
「あれ? あいつ、お前の知り合いなの?」
女の子を異世界の住人に過ぎないと考えていた御楽は、キメラの言葉にかなり驚いていた。
「彼女はね。僕と同じ開発者によって、作られたプログラムだよ……」
「ほえ? そんな話、初耳だぞ。ということは、お前の兄妹ってことか?」
「そういうことになるかな。でも、使い勝手があまりにも悪いから、マスターや他の開発スタッフから見捨てられたんだ」
「それが何で、こんなところで感動の再会を果たしているんだよ。要するに、開発側からいらない子扱いされたやつだろ!?」
「きっと新しい異世界が作られた時に、美味い具合に復活したんだろうね……」
「そんなのアリかよ」
もちろん、キメラにとっては、ナシでしょうよ。自分の絶対的有利を崩す存在なんだから。
「あってはいけないことさ。見なよ。早速僕たち以外の人間に、『魔王シリーズ』の能力を渡そうとしている。このまま放っておけば、さらに僕たちに不利なことをしてくれるだろうね。バグを甘く見ていた……」
話を聞いている内に、最初は飄々と聞いていた御楽も、だんだん顔をマジにしていった。
「聞くまでもないことだけど、一応聞くわ。どうするんだい、あの子?」
本当に聞くまでもないことだわ。キメラがそんな厄介な存在をそのまま放置する訳がないじゃないの。
「僕の手で始末するよ」
これまで人を馬鹿にしたような顔しかしたことのないキメラが、初めて見せる殺気に満ちた顔に、さすがの御楽も冷や汗を流していた。
私はというと、相変わらず、龍の攻撃を避けながら悩んでいた。
女の子はニコニコして、私を見ている。私が取引に応じるしかないのを確信しているのだ。そう思うと、本当に嫌な性格をしているわ。
試しに、能力だけ先に寄越して、このゲームが終わってから神様ピアスを渡すのはどうか提案してみたけど、却下された。どうしても、神様ピアスを先に渡せと言って、聞かない。
こんな調子なので、ちょくちょく龍の攻撃を躱し損ねそうになる。その度に、月島さんから助けてもらっていた。
「すいません。助かりました」
言葉では、お礼を言っているが、心ここにあらずなのは、否定しない。龍の攻撃を受けて、神様ピアスが砕けたら、さらに状況が悪化するというのにね。
そんな私の追い詰められた顔を見ながら、それまで黙っていた月島さんが、遂に口を開いた。
「思い悩むのも良いけど、攻撃されているというのも忘れるなよ」
「忘れてなんかいません。でも、取引のことを考えると……」
当たりを引いた時のことが怖くて、なかなか決断を下せないのだ。
「死ぬのが……、私だけなら、いくらでも神様ピアスをあげるのに……」
万が一、女の子に渡した神様ピアスが当たりだったら、萌も私も死んでしまう。力を得ることが出来ても、それでは何の意味もない。
月島さんは、私が何に対してそんなに悩んでいるのか、心底分からないというように、話を続けた。
「何を黄昏れているんだい? こんなの、悩むまでもないことじゃないか。この子が所望しているのは、神様ピアスだ。それは、真白ちゃんが持っている物でなくても良い訳だろ?」
月島さんが優しく笑って、私に神様ピアスを一つ放って寄越した。
「これを使いな」
月島さんは神様ピアスを二個所持している。その内の一個を渡してくれたのだ。
「いいんですか?」
呆けたように聞く私の頭をぐしゃぐしゃにしながら、良いに決まっているだろと豪快に笑った。
「この状況じゃ、他に方法がないだろ?」
確かに……。私が持っている神様ピアスを差し出すことが出来ない以上、他の神様ピアスを差し出すしかなくなる……。
私は月島さんの目を見ながら、お礼を言った。「本当は真白ちゃんが俺にお願いしてくれるのを待っていたんだけどね」と、本人はちょっと不満そうにしている。
女の子に目をやると、口からよだれを出して、これから渡そうとしている神様ピアスを凝視していた。その様子に、少し呆れながらも、もらったばかりの神様ピアスを差し出した。
「これ……」
「ありがとう!」
女の子は、私が差し出した神様ピアスを、素早い手つきで奪い取るように受け取った。私が断腸の思いでいたのなど、お構いなしの満面の笑みだ。表情に邪気がないから良かったものの、もし卑しい考えを感じ取っていたら、平手打ちしていたかもしれないわ。
「ねえ、神様ピアスを渡したんだから、早く能力を頂戴よ!」
だが、女の子は神様ピアスの咀嚼に夢中だ。まるでお菓子を頬張るかのように、神様ピアスが口の中に消えていく。相当美味しいらしく、私の声など、まるで届いていない。
「本当に食べるとはね。これ、そんなに美味しいのか?」
「人間が食べても不味いと思いますよ?」
その前にかみ砕くことが出来ないでしょうけどね。
とにかく女の子が食事に夢中な以上、私たちは食べ終わるのを、龍からの再三の攻撃をずっと躱し続けて、待つしかない。
「ふう~! 美味しかった❤」
完食すると、至福の表情で満足したように唸った。本当なら、そんな顔の子供に話しかけるのは気が退けるけど、そんなことを言っている場合ではない。ていうか、散々待ってやったのだ。もういいわよね!?
「ああ、そうだったね。ごめん、ごめん」
状況の深刻さが分からないのだろうが、呑気な声で話している。邪気がないとはいえ、だんだんイライラしてくるわね。
「あげる能力は何が良い? 他にもいろいろあるみたいだけど、さっきの槍を降らせる能力で良かった?」
「それでいいわ。だから、とにかく、早く頂戴!」
いろいろある能力とは、『魔王シリーズ』の他の能力のことだろう。興味がない訳ではないけど、使い道がよく分からない能力よりも、比較的見知っている能力の方が使い勝手がいいわ。
お試しの時と同じ要領で、私に能力を授与してくれた。早速使ってみると、問題なく光の槍が降ってきてくれたわ。
これならいける……!
降ってきた光の槍を見て、若干たじろいている龍を睨むと、私は叫んだ。
「今まで散々好き放題やってくれたわね。しっかりお礼をしてあげるから、覚悟しなさい!」




