第百四話 あなたの命を頂戴
第百四話 あなたの命を頂戴
神様ピアスを回収している途中に、揚羽と出くわしてしまった。このまま戦闘に移行するかと思われたけど、お姉さんが、時間を稼ぐから、私だけ先に行くようにと促してくれた。
後ろ髪を引かれるものはあったけど、今は緊急事態なので、お言葉に甘えることにして、走り出した。
小さくなっていく私の後ろ姿を見ながら、揚羽は舌なめずりするように言った。
「お姉ちゃんと争うのは嫌。やっぱり獲物は、あいつの方がいいなあ」
言い終わるより先に、『スピアレイン』を、私の背中に向かって放出する。本当にこいつって、不意打ちばかりだわ。正々堂々と戦えないのかしら。
私を射抜こうとする光の槍だが、それは私に届くことなく、突如進路を変えた。代わりに向かったのは、お姉さんだった。いや、正確には、お姉さんの持つ緑色に輝くナイフに向かってだ。
光の槍は、緑の輝きに魅了されたように、一直線に向かっていき、スパッと切断された。光線を真っ二つなんて、やはりお姉さんは只者ではない。
「相変わらずの切れ味ね。『魔王シリーズ』の能力すら、磁石のように惹きつけて、分断する力。『スピアレイン』と同じく、『魔王シリーズ』の一つである、『グリーンインパクト』……」
「キメラからもらった力で遊びほうけるお前に痛い目を見せるには、格好の能力さ」
実の姉からの説教も含んだ言葉に、顔を真っ赤にして、揚羽も言い返す。
「何さ。その言い草は! お姉ちゃんの、そのナイフだって、キメラからもらった能力じゃん!!」
だから、「お姉ちゃんが大きい口を叩くのは筋違いだ」とでも言いたのだろう。そんな妹からの非難を、お姉さんはさらりと流す。
「お前の言う通りだ。その能力を使って、私はキメラの野望をくじくつもりでいる……」
愛するキメラまで否定された揚羽は、さらに激昂する。
「どうしてお姉ちゃんは、キメラの崇高さが分からないの!?」
「お前とキメラの考えにはついていけないんだよ……」
「もう! お姉ちゃんの分からず屋!!」
どこにでもある姉妹の口喧嘩にも聞こえるが、周囲の景色を急激に変化させるほどの激しさを撒き散らしている。何も知らない人間が見たら、戦争でも始まったのかと誤解しそうだわ。
「無駄だ! 『スピアレイン』をいくら放っても、私の刃が全て切り裂く!」
宣言通り、光の槍は、次々と霧散していった。これまで無敵を誇ってきた悪魔の槍も、お姉さんの緑の刃には形無しの様ね。
「む~! この調子じゃ、真白討伐に向かえないよ」
「そうだな。私の命に賭けても、そんなことはさせない」
「く……。お姉ちゃんをここまで籠絡するなんて……。真白、許すマジ」
壮絶な勘違いをされている気がするけど、こいつと分かり合えるとも思っていないから、そのままでいいわ。
「さあ、どうする? 自慢の槍は効かない。次はお人形にでも助けてもらうか?」
お姉さんがじりじりと揚羽との距離を詰めていく。
「……どうもこうも撤退するしかないね」
「ふん! 逃げ足だけは見事だ。だが、今日は逃がさん。これ以上、お前に非道な行いをさせる訳にはいかないからな」
「……」
話し合いが平行線のまま、鬼ごっこが開始された。
「こうしている間にも、真白は着々と神様ピアスを回収しているのよね。私は、妨害に向かうことも出来ないし、御楽に頭を下げて頼むのは嫌だし……」
逃げながらも、私への攻撃を考えるのを止めない揚羽。しばらく険しい顔をしていたが、やがて何かを企むようにクスリと笑った。
「まあ、いいわ……。保険の金髪ちゃんは真白の元にちゃんと向かったみたいだし……。『魔王シリーズ』の一つ、『ダンシング・ヘアー』の脅威を、その身に刻みなさいよ……」
後を追うお姉さんに聞こえないように、ボソリと愉しげに口ずさむと、揚羽は逃げる速度を上げた。
「あいつ……。今、笑ったな。どうも嫌な予感がする。真白、気を付けろ……」
先行させた私の心配をするお姉さん。その心配は、たいへん心外なことに、的を得ていたのだった。
「さて。神様ピアスを飲み込ませたミミズくんがいたのは、この辺りだったわね」
姉妹同士が火花を散らしているのと同時刻に、私は自分の隠した神様ピアスを探し回っていた。
私が数時間前に来た時は、巨大なミミズが一匹だけだった筈なのに、いつの間にか増えている。友達でも呼んだのかしら。感覚的には、放課後に、友達の家に集まって遊ぶのと同じみたいな?
……馬鹿を言っていないで、さっさと回収してしまいましょう。あの中のどれが、お目当てのミミズくんかは不明だけどね。
ん? そう言えば、この中にいるとも限らないのよね。どこかに移動している可能性もある訳だし……。ダメダメ! そんなネガティブな発想はノーよ。人間、ポジティブにいかないと!
さあ、回収するわよ。
ミミズだから、気持ち悪いとか言っている場合じゃないわね(ミミズの口に神様ピアスを放り込んでいる時点で、女子力はゼロだけど……)。小学生の頃、近所の悪ガキ共を相手に鍛えた私の拳を、とくと味わいなさい!
私を飲み込もうとする巨大ミミズの突進をかわして、がら空きになっている腹に向かって、渾身のボディブローを叩きこんだ。
こいつら、図体の割に、撃たれ弱いみたいね。こんなか弱い少女の一撃で悶え苦しんじゃっているわ。
しばらく様子を見ていたけど、神様ピアスを吐き出す気配はなし。どうやらこいつじゃなかったみたいね。
まあ、良いわ。ミミズは他にもいるし……。私の拳は、その後も唸りを連続で上げた。それに伴って、ミミズたちが一匹ずつ悶え苦しむことになったわ。
しばらくすると、辺りのミミズが、全て呻きながら、地面に伏しているという凄惨な光景が出来上がった。しかし、肝心の神様ピアスは出てこない。
「これじゃ、私がストレスの捌け口に、ミミズたちに当たっているみたいじゃない……」
この中に当たりがいないとなると、他のミミズを探す必要が出てくるが、どこに行ったのか分からない。
……ちょっと待って。これって、もしかして回収できない!?
慌てて、頭を整理してみたけど、回収方法が思いつかない!
何てことなの!? ここまで完璧なんて! 完璧すぎて、隠した当人である私でも、回収が不可能なんて!!
いや、待て待て。まだこの中に当たりがいないと決まった訳ではない。ひょっとしたら、腹に神様ピアスが残っているかもしれない。
どうしよう。叩いて吐き出さないということは、私が直接入って回収するしか……。ちらりと、巨大なミミズたちを見る。また殴られると思ったのか、彼らは可哀想なくらいに狼狽していた。
……無理ね。一応、私も乙女だし、ミミズの中に入るなんて、無理!!
すごく今更なことを言っている気がするけど、無理なものは無理だわ。でも、そうなると回収するためには、彼らを輪切りにするしか……。
不穏な空気を、動物的な勘で察知したのか、巨大なミミズたちは、一斉に私から距離を取った。……こいつら、見かけによらず、勘が良いわね。
「ねえ、君たち。良いことをしてあげるから、ちょっとこっちに来なさいよ。絶対に痛いことをしないから」
なるべく優しい声色で話したつもりだが、ミミズたちは微動だにしない。考え直すと、今の台詞って、母親が小さい子に「絶対に怒らないから話してみなさい」って言っているのと同じよね。そりゃ、怪しいわ。
無抵抗の意思表示で、両手を掲げて、一歩前に出るも、ミミズたちは二歩下がる。く……、完全に警戒されている。こんなことなら、ボディブローなんて、決めるんじゃなかったわ。
これは作戦を入念に練る必要ありね。
顎に手を当てて、あまり豊かではない頭をフル回転させた。その時、誰かに腕を引っ張られた。
見てみると、金髪の女の子が、私の後ろに寄り添って立っていた。いつの間に、私の横に来たのかしら。さっきまではいなかった筈よね。
不思議に思って、しばらく女の子と視線を交わらせていると、ニッコリ笑って、こんなお願いをしてきた。
「その青いピアスを頂戴!」
「え?」
青いピアスって、私の付けている神様ピアスのことよね。会って、いきなり神様ピアスを所望してくるなんて、妙な子ね。
図々しいなと思いつつ、女の子を再度見る。外見は、こんな場所にいるのが、不自然なくらいにかわいい子だった。いうなれば、まるでお人形さんみたいね。




