怠惰の化身の出生秘話
今から24年前、アイズロン王都〝ルイリス〟にて。
当代の王とその妃との間に、1人の子が産まれた。
産まれたばかりのその女の子は、まるで玉のような可愛らしさを持っており、これといって男女間の差別などもなかった事も相まって『新たな女王の誕生か』と誰もが期待した。
本来、分娩室に響く筈のけたたましい産声が。
何故か〝欠伸〟だった事だけが不安要素だったが。
それから、およそ数年の時が経ち。
知能にも身体能力にも優れ、老若男女を惹きつける。
成長した女の子は、間違いなく〝王の器〟を持っており。
この国の誰もが、そんな王女の将来に想いを馳せた。
……致命的な、〝怠け癖〟さえなければ。
王の叱責も、妃の小言も、教育係の嫌味も。
ひとたび怠け始めた王女の耳には全く届かない。
こんな怠惰の化身が如き少女に王位を継がせる事など不可能だ──という結論に何度も至りかけたが、そのたびに歴代の王族たちを遥かに凌駕する彼女の圧倒的な素質がよぎる。
今後、これほどの素質を持った王族が現れるだろうかと。
事実、彼女より先に産まれていた王子たちも後に産まれていた王子たちも疑いようもなく優秀だったものの、では彼女に匹敵するかと問われれば首を横に振らざるを得なかった。
歴代最高の素質を有していながら怠け者の極致でもある王女に王位を継がせるか、それとも彼女に劣ると解っていながら怠けないだけマシと捉えて彼女から継承権を剥奪するか。
……王宮は、大いに荒れたという。
そして、当代の王と王妃は──。
──……第1王女の存在を、なかった事にしようとした。
事故や病で身罷られた、ではなく。
最初から居なかったという、お触れを出そうとした。
無論、王にとっても王妃にとっても苦渋の決断である。
どれほどの怠け者でも、実の娘には変わりないのだから。
ゆえに他の者に託すなどという事はせず、その決定を彼女に伝える為に王と王妃が娘に与えた自室へと赴いたところ。
2人は、あまりに信じられない光景を目の当たりにする。
扉を開けた先に居たのは、娘と同じくらいの年頃の──。
──……娘と同じ髪と瞳の色をした少年だった。
何者だ、あの子はどこ、次から次へ疑問を口にする2人。
そんな王と王妃に対し、少年は何かを指差して。
「『〝アレ〟を読め』、っていう女の子の声がしました」
と、まるで他人事のように呟いた。
更なる困惑に苛まれつつも、2人がそちらを見遣ると。
そこにあったのは、1枚の小さな紙。
逸る気持ちで、それでいておそるおそる手に取り、読む。
走り書きだが丁寧な字で書かれていたのは──。
『もう面倒臭いから全部〝そいつ〟に任せる事にした』
……という、たった1行の要領を得ない文章。
間違いなく、娘の筆跡ではあった。
しかし、全く以て意味が解らない。
面倒臭いというのは怠け者の娘らしい発言だし、任せる事にしたというのも怠ける為の代役を立てる発言なのだろう。
では、この少年は一体どこの誰だというのか。
何故、髪や瞳の色が娘と全く同じなのか。
そもそも娘はどこに消えたのか。
……何も、何も解らない。
そして、この少年自身も何が何だか解っていない様子で首をかしげており、どれか1つだけでも疑問を解消する為に王と王妃は、あるSランク狩人の力を借りて真相を究明した。
この少年は、娘が生み出した別の人格だと。
声も姿も性別も記憶も切り替わる、全く別の一個人だと。
……それを知った2人の行動は早かった。
娘の存在をなかった事にはしつつも、実際には消さず。
少年を、〝第3王子〟として擁立したのだ。
無論、兄弟たちと同様の継承権まで与えて。
第3王子、レイズ=ド=アイズロンはそうして生まれた。
元々与えられていた筈の娘の名を捨てる形で──。




