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竜化世界で竜を狩る 〜天使と悪魔と死霊を添えて〜  作者: 天眼鏡


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伝播する怠惰

 ……一方の、エルギエルと4人の護衛たち。


 雑魚にもならぬ矮小な下等生物に護られている危険な存在を殲滅せんとする前者と、とてもではないが天使とはかけ離れた不気味な触手の下へと暗殺者アサシンを送り届けんとする後者。


 言わずもがな、両陣営の思惑とそれに伴う行動は真反対。


 しかし今、奇しくも両陣営の思考は一致していた──。


 ──……『怠い』、と。


 やらなければならない事はハッキリしている。


 なのに、自分でも信じられないほどにやる気が出ない。


 そんな現状に疑問を抱く事さえ億劫になってきている。


 だが、それでも前者の攻撃と後者の特攻は止まらない。


 己が内に秘めた〝使命感〟だけが両陣営を動かしており。


 そう遠くない内に、どちらかが消える事になる。


 士気さえも失せゆく中、互いにそう確信していた。


 ……〝それ〟が、重い腰を上げて動き出すまでは。


「そんじゃあ挨拶代わりに、ちょっと小突いてみようかな」 


(……アレハ、何ダ? 何処カラ現レ──)


 その時、倦怠感によって狭まりつつあったエルギエルの視界の端に、ゆらりと歩み寄る何者かの姿が映り込んできた。


 ……あんな下等生物、居ただろうか? と。


 鈍くなっていく思考回路を何とか動かそうとした瞬間。


「──よいしょっと」


『!?』


 とても攻撃とは思えない緩やかな速度で振り下ろされた2振りの剣が、およそ先端とは呼べない極太の触手を切断し。


(馬鹿ナ、アノヨウナ緩慢極マル攻撃デ……!? ダガ──)


 ユニにこそ及ばずともフュリエルと同等の力を持っているのかもしれないと危惧したのも一瞬の事、竜化生物の亡骸を触媒としているがゆえの圧倒的な再生能力を以てすれば、この程度の欠損など何とでもなる筈だと確信していたのだが。


『──……ナ、ニ……?』


 何故か、その再生能力は発揮されず。


(再生シナイ……!? イヤ、再生ドコロカ更ニ鈍ク……!!)


 それどころか、切断された切れ端も残った方の触手もエルギエルの干渉を許さないと言わんばかりに重く、鈍くなり。


 よもや、あの下等生物が倦怠感の原因か──と。


 エルギエルが答えに辿り着きかけていた、その一方。


「【伝播する怠惰(スプレッドスロウス)】。 あちらのレイズにはなく、あのレイズだけに許された固有の能力にして特殊な体質を表す呼称だ」


怠惰スロウス、ですか。 如何にもですね』


 レイズを起点とする、あの技能スキルでも魔術スペルでもない異能の事を知っていたユニからの呼称にフュリエルは妙に納得した。


 ──【伝播する怠惰(スプレッドスロウス)】。


 精力的に活動する男の人格には不可能で、怠け者の極致のような女の人格にのみ可能な〝自分以外も怠けさせる力〟。


 オーラと言うべきか、フェロモンと言うべきか──いずれにせよ、彼女を目視できる範囲に居る生物は全てその力の影響を受け、やる気というやる気を削がれ尽くして怠け出す。


 その影響を受けない条件は、以下の2つに該当する事。


・レイズと同等か、それ以上の強さを持っている場合。


・1つ目の条件に合致する生物に触れている場合。


 ゆえに、1つ目に合致するユニとフュリエルは影響を受けず、()()()()()で何とか1つ目に当て嵌まっているらしいサレスと、サレスを乗せたフリードも影響下にはないようだ。


「カストルもポルクスもSランクの迷宮宝具メイズトレジャーだし、それなりに有用な効果も持ってるけど……()()レイズが装備したが最後、彼女から伝播した怠惰が迷宮宝具メイズトレジャーの効果を上書きする」


『ただ頑丈なだけの武器に成り下がる、と?』


 しかし、迷宮宝具メイズトレジャーは総じて意思を持っており。


 如何にSランクの迷宮宝具メイズトレジャーと言えど、それを振るうに値する者が放つ怠惰の波動を受け止める事は不可能であったらしく、本来それらに秘められている筈の効果は、つい先ほど命を落としたばかりの聖騎士パラディンが装備していた槍型の迷宮宝具メイズトレジャーと同じCランク程度まで成り下がってしまうのだという──。


 ──……尤も、それで充分だから全く問題はないのだが。


 ……閑話休題。


『……しかし、皮肉なものですね。 何かと意欲に満ち溢れていながら脆弱な人格と、あれほどの怠け者でありながら精強な人格、何とも矛盾した2つの人格を生まれ持つとは……』


「んー、ちょっと違うかな」


『えっ?』


 人間という種そのものに興味はなくとも、そこに発生した障害バグのようなものには若干の興味を示しているらしいフュリエルが、まさに皮肉めいた言葉で以てレイズを評価するも。


 どの部分かは定かでないか、ユニに何かしらを否定されてしまった事に疑問と僅かな焦燥を抱いたのも束の間──。


「彼女は元々、二重人格者なんかじゃなかったそうだから」


『……?』


 いまいち要領を得ない答えが返ってきた事に更なる疑問を覚えつつも、フュリエルはとある1つの可能性に到達する。


 もしや、そこにユニが彼女を厭う理由があるのではと。

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