怠け者の目醒め
臓器の殆どを吹き飛ばされ、もう浅い呼吸さえ成し得ていなかった筈のSランク竜狩人、レイズ=ド=アイズロン。
だが今、彼は装備こそ触手に突き破られてボロボロなままであっても、その内側の肉体からは何故か傷が消えており。
怠っっっっる、という呟きから分かるように戦意そのものは欠片も感じられないが、ゆらゆらと頼りなく揺れている姿からは想像もつかないほどの強者特有の覇気を纏っている。
まるで、そう──真にSランクであるかのように。
……しかし、しかしだ。
『……?』
その一部始終を垣間見ていたフュリエルは、レイズが起き上がってきた事実を優に上回る気掛かりな事があるようで。
『……ユニ様、1つお聞きしたい事が』
「何かな」
『下等……いえ、人間という生物は──』
おそらくフュリエルが疑問に思っている事についての解答を持っているだろう、ユニにそれを問うべく掛けた内容は。
『──技能や魔術もなしに、性別を変えられるのですか?』
「……あぁ、その事か」
一見すると、どういう意図か全く解らぬ質問だったが。
この場において、その質問が示す意図は1つだけ。
起き上がってきた【高潔なる二面性】が──。
──……女になっていたからだ。
髪の長さ、顔立ち、体型、身長、何もかもが男から女のそれへと変化を遂げている以上、疑問に思うのも当然だった。
もちろん、ユニにさえそんな芸当は不可能である。
技能、魔術、神の力──あらゆる異能を使っていいなら話は別だが、素の状態でそれを可能とするほど異端ではない。
一般的な人間からすれば充分に異端ではあるのだろうが。
……閑話休題。
「まぁ正確には性別を変えてるわけじゃないんだけどね」
『と、仰いますと?』
「アレの二つ名、覚えてる?」
フュリエルは性別が変化したと言ったが、どうやらレイズは性別を変化させて今の容姿になったわけではないらしく。
『……【高潔なる二面性】──……まさか……』
レイズの二つ名を想起するよう問われたフュリエルが大して興味のない物事を思い出すべく、『えぇと』と唸って何とか呟いた瞬間、問い返すまでもなく彼女は真意に辿り着く。
「そう、アレは〝二重人格者〟なんだよ。 ただし、単なる精神障害者じゃない。 人格どころか声や姿、性別や職業さえも切り替わって全くの別人に変異する唯一無二の竜狩人さ」
レイズは男と女、2つの人格を併せ持つ二重人格者。
互いの生命さえ共有しない2人が1つの肉体に同居しているという、この広い世界でも他に例のない性質を持つ人間。
片方は王子、片方は身分不明の怠け者。
高潔なるに当て嵌まるのは前者だけだが、前者の衣食住を享受しているとしたら、あながちおかしくもないのだろう。
……前者といえば。
『……死に体の方の人格はどうなったのでしょうか』
「引っ込んだ時点で治って──」
臓器の殆どを胴体ごと貫かれ死にかけていた男の人格は一体どうなったのかという更なる問いに、あのレイズに変わった時点で完治している筈だと答えようとした──その時。
「──……あれ、ユニ? 久しぶりじゃん、元気してたぁ?」
「……君や彼と再会したせいで調子は落ちたかもね」
「へへ、相変わらず嫌われてんねぇ? アイツも私も」
ゆらりと幽鬼のような動きでこちらに顔を向けたレイズがユニに気づいて声をかけたものの、ユニからの反応は決して芳しいものではなく、レイズもまたそれを受け入れている。
どう見ても、ユニはレイズを嫌っているのに。
(……あの男はともかく、この女を厭う理由はどこに……)
脆弱な癖に絡んでくる男の人格を厭うのは解る。
しかし、女の人格は明らかに男の人格より強い。
強者にのみ興味を示すユニが厭う理由はない筈だが──。
「で、〝アレ〟は? 何か突っ込んでるヤツらも居るけど」
「ん? あぁ、まぁ掻い摘んで言うと──」
フュリエルがそんな風に考えている間にも2人の会話は進み、やっとエルギエルとサレスたちについてが話に挙がる。
長々と説明したところでこのレイズは途中で飽きてしまうと知っていたユニは、だいぶ簡潔に一連の流れを説明した。
奥に居る気持ち悪いのは天使、突っ込んでるのは狩人。
天使を討伐して【輪廻する聖女】を救けるのが目的。
……と、そんな感じに。
「──ふーん、面倒な事してんね。 アイツがマリアをどう思ってんのかなんて微塵も興味ないし、わざわざ参戦すんのも怠いし……ねぇユニ、代わりにマリア救けてくんないかな」
ユニから説明を受けたレイズは、やはり面倒臭そうに欠伸をかましつつ、きっと断られるだろうと踏んだ上で男の人格の願いを最低限叶えてやるべく〝代行〟を頼もうと試みる。
どちらの人格も嫌われている以上、間違いなく拒否される為、面倒ごとに首を突っ込まなければならない現実に今からげんなりとしてしまっていたレイズの鼓膜を叩いたのは。
「いいよ」
「やっぱ駄目かぁ──……え? いいの?」
「条件はあるし、殺すのは私じゃないけどね」
条件次第では希望に添える動きをしてやってもいい、という予想外の答えが返ってきた事に驚いたのも束の間、戦場にあるまじき普通の歩みで近寄ったユニが何かを耳打ちし。
「……そんなんでいいならやるけど、いいの? ユニは」
「もちろん。 その為に彼の同行を許したんだから」
「あっそ。 じゃ、早速──」
思っていたより簡単で、されど面倒な事には変わりない条件を提示されたレイズは、男の人格が吹っ飛ばされた時に落とした2つの迷宮宝具を気怠げに拾い、ゆらりと構えつつ。
「──教えてあげなきゃね、〝怠ける事〟の素晴らしさ」
いまいち要領を得ない決め台詞を吐き、動き出す。




