指示に背いてもなお
武闘匠が命を落とした事で、残るサレスの護衛は5人。
前衛1人、中衛3人、後衛1人という何とも歪な構成。
加えて言えば、中衛の全員が【銀の霊廟】に属するCランクの狩人であり、こちらが護衛対象だと言われても納得しかねないほど前衛や後衛との練度に差があるのは間違いなく。
更に、よりにもよって召喚士と死霊術師と強化術師からなるその3人が、この策の中核を担っているという事実が前衛の魔剣士と後衛の神官の心身に多大な負担をかけていた。
……いや、それでも精神的にはまだ折れていない。
聖騎士の命を賭した鼓舞のお陰だろうか。
問題なのは、あまりに激しいHPの減少と肉体の損傷。
魔剣士の片腕欠損はもちろんの事、蠕蚯蚓竜の亡骸を触媒とする触手を覆う人体には有毒な粘液によって装備は著しく損傷し、その奥にある肉体をも俄かに蝕み溶かしていく。
当然、それを許さないのが後衛を担う神官の役割ではあるのだが、どうにも彼らの肉体に治癒の形跡は見られない。
魔剣士に『余計なMPを使うな』と言われたから?
……否。
彼は、とうに【神秘術:回復】を発動している。
しかも1度や2度ではなく、何度もだ。
たとえ今ここで死んでも【輪廻する聖女】さえ救う事ができれば後々蘇生が可能となる──という事は理解している。
だが、それはそれとして最低限の回復すらも節約したせいで貴重な戦力を喪失してしまっては本末転倒である為、命を繋ぎ止める程度の回復だけは常に欠かしていなかったのだ。
なのに、回復の形跡が見られないのはどういう事か。
答えは簡単。
回復が、追いついていないだけ。
実を言うと、すでに彼は魔剣士からの『余計なMPを使うな』という命令に近い指示をかなり早い段階で破っている。
そうでもしないと間に合わないと理解したからだ。
しかし、そうまでしてもなお間に合っていない。
彼は仮にも現状Bランクかつ適性Aランクの神官。
人間相手であれば遅れを取る事の方が珍しく、たとえ竜化生物や竜化病を発症した人間や獣が相手であっても仲間と連携すれば苦戦こそすれ敗北を喫する可能性は限りなく低い。
だがそれも全ては『このランク帯の狩人、或いはパーティーなら難易度的に問題なく達成できるだろう』と協会が判断したクエストに向かっているがゆえの達成率の高さであり。
更に言えば、ここに居ないホドルムと副リーダーの魔剣士による指揮能力や単純な戦闘力も相まって、Aランクパーティーまで昇り詰める事ができたのは間違いない──……と。
今も最前線で戦い続けている魔剣士に視線を向けた時。
「!? おい、どこに向かってやがる! 標的はあっち──」
何故か前を征く5人と1匹が少しずつ軌道を逸らし始め。
どう見ても壁の方へ向かっていると気づいた彼が『寝ぼけてんのか』と注意喚起せんとした──……まさに、その時。
彼の叫びに呼応して振り返った5人と1匹は。
「──……は、あ?」
5人と1匹ではなく、1つの〝塊〟だった。
「よく見ろ馬鹿野郎! そいつら偽物だ!」
「あの天使の罠です! 早くこっちに!」
(まさか、【忍法術:同形】の意趣返しを……!?)
そう、そこに居たのは細い触手同士が絡み合い蠢き合う事で擬態していた5人と1匹のようなモノであり、どうやらエルギエルは思っていたより忍者の分身に騙された事を根に持っていたのだろうと、それを擬態という形で意趣返ししてきたのだろうという事までは解ったが対処するにももう遅い。
ならば、ここで彼にできる事は──……これしかない。
「ッ、受け取れお前らァ!! 【神秘術:祝福】!!」
「「「「……!!」」」」
「後は、頼──」
「〜〜……ッ、征くぞ!!」
「「「はい!!」」」
一時的かつ持続的なHP回復効果の付与や微量のLUK上昇効果を持った状態好化を、護衛対象込みで付与する事と。
あの時の聖騎士と同じように仲間の背中を押す事。
技能に込められた真意を瞬時に悟った4人が、それ以上そちらを振り向く事なく前へ、天使の方へ意識を向ける一方。
(……どうして、あんな献身的になれるんだろう)
その中心で護られ続けているサレスは、困惑していた。
彼の心には存在し得なかった、〝献身〟という概念。
あの劣悪な環境下では芽生えようがなかった他者への〝思いやり〟を今、成人して初めて理解しかけていたようで。
(ボクも、あんな風になった方が……でも、ボクは──)
この場は己が要であり、命を賭すわけにはいかないと解っているが、いずれそういう場面に遭遇したのなら見習うべきなのだろうかと、またも普通の感情を抱きかけるサレス。
しかし、まだ抱きかけている程度に留まっているのはユニの存在が大きく、己の才を見つけてくれたあの狩人の期待に応えたいという想いが彼のまともな成長を阻害して止まず。
ユニの歪んだ期待に応える為には、気づかねばならない。
己の本質が、罷り間違っても他者への〝献身〟にはなく。
無慈悲で貪欲で利己的な、〝殺意の奔流〟にある事を。




