主天使だった者の目的
どの辺りを指差しているのかは解る。
その辺りに返して欲しい何かがあるのだろう事も解る。
「ゆ……ッ、ユニさん? それとは……?」
「さっきから何を言ってんだ……?」
しかし肝心な事は何一つ解らない、そんな風に困惑し切った様子の聖騎士と魔剣士の疑念が最奥の間に響いたその時。
『……噂通リ、侮レナイ方ダ。 ヨモヤ見抜カレヨウトハ』
「ッ!? 何だ……!?」
「胸の辺りから、何かが──……あッ!?」
何かを諦めたかのような、或いは懐疑的だった胸の内が晴れて得心がいったかのような呟きが天使像からこぼれたかと思ったのも束の間、ユニが指差していた辺りを覆っていた触手が蠢き出し、何かが内側から浮き出て来ようとしていて。
それが何かと全員が注視する中、姿を現したのは──。
「──おぉ、マリア嬢……! 我が未来の伴侶よ……!」
「ま、マリアさんが、取り込まれて……ッ!?」
「生きてんのか!? それとも、もう……!?」
そう、【輪廻する聖女】──マリア=ローゼスだった。
おそらく意識はなく、身につけている装備もボロボロになっており、エルギエルに敗れてしまった事実が窺える一方。
『我ガ目的ハ、【輪廻する聖女】ヲ吸収シ位階ヲ高メ──』
粘ついた触手で雁字搦めとなったマリアのあられもないを見せつけつつ明かした、エルギエルの目的とはズバリ──。
『【唯一至上神】ヲ討チ、天界ヲ統ベル存在へ昇華スル事』
「……なるほど、〝反逆〟、か」
位階の向上と、それに伴い増大した力での神への反逆。
待遇に不満でもあるのか、上昇志向が強すぎたのか、いずれにしても神の使いたる天使の行いとしてはあまりに愚か。
『まだ〝吸収〟には至っていないようですが、それでも確かに位階は向上しています。 現状、第3位階の座天使ですね』
「上位3隊の仲間入りを果たしたわけだ。 それなら──」
だが愚かではあれど目的の為の行動力と実現する力は本物であったようで、〝捕縛〟という前段階でさえ位階を高められている時点で充分すぎるほど優秀な事に疑いようはない。
もういいだろう──と。
何も知らぬ同胞ならそう言うかもしれない。
……しかし、しかしだ。
『──……足リマセヌ……全ク以テ足リマセヌ……コノ程度デハ【唯一至上神】ハオロカ、フュリエル様ヲ始メトシタ4柱ノ熾天使ニサエ太刀打チハ不可能。 ソレユエ私ハ何トシテデモ【輪廻する聖女】ヲ完全ニ取リ込マネバナラヌノデス』
「……まぁ、君にも言い分はあるんだろうけど──」
天界の支配者を討つというのなら、最低でも神に次ぐ存在である熾天使になれなければ位階の向上など無意味同然なのだと絞り出すような語るエルギエルとは裏腹に、どうにも興味なさげな声色でしか返す気がなさそうなユニに対して。
「──もういいだろう、ユニ嬢」
「は?」
「もうお喋りは結構だ、と言ってるんだよ。 こうしている間にも吸収とやらは進んでいる、この対話そのものに時間稼ぎの意味もあるのかもしれない。 なら、やる事は1つだけだ」
かの天使を起こした張本人、レイズが割って入ってきた。
曰く、『何をのんびりしているんだ』──と。
「君を討ち、マリア嬢を救う。 さぁ天使よ、戦いを──」
彼の目的はただ1つ、〝マリアを救う事〟だけ。
他の5人はどうなったのか、という事も今のうちに聞かんとしていたユニを遮ってまで放とうとした彼の初動は──。
「──え"、あ"……?」
「「なッ!?」」
目にも留まらぬ速度で伸びてきた触手に弾かれるだけでは飽き足らず、勢いそのままに彼は胴体を貫かれてしまった。
奇しくも、捜索兼救助隊の最初の犠牲者と同じように。
『……ソコノ凡百ドモト変ワラヌ実力シカ持チ得ナイ矮小ナ人間如キガ、私ヲ討ツ? 滑稽トイウ言葉デモナオ足リヌナ』
「ま、マジかよ……ッ!! Sランクが、一瞬で……!!」
「そんな……上位天使とは、それほどに……!?」
「す、すぐに回復を……いや、これはもう……ッ」
与えられたランクこそ知らずとも、エルギエルもまたサレス同様にレイズの言動と実力の乖離を見抜いており、Sランク狩人が一撃で倒された事実に両パーティーが絶望する中。
「……3種の神器さえ必要ないか。 まぁ想定通りだね」
『あのままでは命を落としますが、よろしいので?』
「構わないよ、あの天使はサレスに討たせるんだし」
(やっぱり本気なんだ……!)
どうせ一瞬で、そして一撃で敗れるだろうとほぼ断定していたユニからすれば当然の結果である上に、そもそも彼女の予定ではサレスに討伐させるつもりなのだから彼がどうなろうと知った事ではないという心からの本音を口にする一方。
それに、とユニは何かしらの補足も加えようとし。
「あのレイズは戦闘不能になって初めて、価値があるから」
『? それは、どういう──』
今の一連の流れ全てが【高潔なる二面性】と呼ばれるに相応しいだけの価値を生む、そう告げるユニの発言の意図がいまいち掴み切れないでいたフュリエルの疑問を遮ったのは。
『──障害ト成リ得マスノハ【最強の最弱職】とフュリエル様ノミ。 我ガ宿願ノ為、足掻カセテイタダキマス……!!』
「話してる時間はなさそうだ、征くよフュリエル」
『……仰せのままに』
「君もだよ、サレス」
「っ、は、はい……!」
他でもない、エルギエルの宣戦布告の合図。
ユニとフュリエルが居合わせている以上、頂点捕食者は自分ではないと理解した上で目的を成し遂げてみせると豪語する座天使とは対照的に、サレスはただ震えていた。
その震えが怯えから来るものか、それとも武者震いかは。
……サレス本人にさえ、解らない事である──。




