〝その1〟
突如、サレスに向けて振るわれたレイズの薙ぎ払い。
技能ありきとはいえ襲い来る触手を束ねて両断するほどの斬れ味を誇るその一撃は、【銀の霊廟】を構成するメンバー程度であれば即死させられる威力を誇り、殺す事に長けていても防ぐ事は不得手なサレスでは打つ手なしと思われたが。
「っ!?」
防御は不得手でも、殺されない為の回避には長けていたサレスは寸前で地面に這いつくばらん勢いで屈み、そのまま音もなく距離を取りつつ姿勢低めの臨戦態勢に移行する。
いつでも殺せるぞ、そう言わんばかりに。
「……よく躱したと褒めてあげたいところだけど、そういうわけにもいかないな。 何しろ君は女性を置き去りにして逃げるような卑劣極まる男だ、ここで始末しておかなければね」
「い、今はそんな事してる場合じゃ……!」
「問答無用、我が双剣の錆になるといい」
「ちょ、やめ……っ!?」
一方のレイズは自分もまた〝殺される側〟に立っている事に気付かぬまま、さも自分が正義でサレスが悪だと決めつけるように今度はもう片方の剣までも振るい出し、『殺していいのか』の判断がつかない為にサレスが回避に専念する中。
「おい【最強の最弱職】! 何がどうなってんだ!?」
「……私がアレを嫌う理由、その1──」
突然の事態に【紅の方舟】の魔剣士も困惑し、そもそもの原因が解らぬ以上2人の諍いを止めてもいいのかどうか解らず、そして止められるのかどうかさえも解らないと叫んだところ、ユニから返ってきたのは抑揚のない声音による──。
「──あまりに極端な、〝男性蔑視主義者〟だから」
「「……は?」」
ユニがレイズを嫌う理由の、1つ目の開示だった。
……〝男性蔑視主義者〟。
それは文字通り〝男性〟という種そのものを心の底から嫌悪し、憎悪し、差別する男性蔑視主義に呑まれた者の事。
ただ、それは大抵の場合において男性嫌いの女性を指し。
どう見ても男性であるレイズが何故──という疑問の答えをユニは知っているが、そこまで説明してやる義理もなく。
「要は、その……〝女好き〟が災いしてるって事か……?」
「何て、くだらない……あれが、この国のSランク……」
「同情するよ、心から──ま、それはともかく……」
極端すぎる女好き、それくらいの認識でも問題ないだろうと話を終わらせたユニは、たった今この瞬間も一方的な鬼ごっこに興じている2人を制止するべくそちらへ向いてから。
「【召命術:天魔】、おいで──フュリエル」
「「!」」
「「「「「ッ!?」」」」」
本当に召喚しているわけではなく、召喚しているように見せかけるだけの魔法陣を真上に展開、その中心から緩やかに降りてきた流麗なる純白の美女の姿に全員の視線が集まり。
「て、天使!? しかも、アレって……!?」
「2重の光輪、6枚の翼……まさか……」
「最高位の天使、熾天使……!!」
学園か、それとも養成所か、いずれにせよ授業や教本由来で知識だけは得ていた最高位の天使の特徴を携えたフュリエルの降臨に、【紅の方舟】も【銀の霊廟】も唖然とする中。
『……この迷宮の最奥では我が同胞が次なる〝贄〟を求め竜視眈々と待ち構えています。 斯様な場で争う意味も意義もないのです。 ユニ様が同行を許すほどの皆様ならご理解いただけますね? どうか、愚行に走った同胞の処断にお力添えを』
「「「「「〜〜……ッ、応!!」」」」」
「は、はい……!」
ユニとも、そして他の三界のNo.2とも違うタイプの圧倒的なカリスマ性を帯びた神託にも等しい願いを託された一行は、まるでフュリエルを神と崇める使徒か何かであるかの如く胸に手を当て敬礼し、サレスまでもが釣られる一方で。
「……仕方ない。 ユニ嬢と、そこの麗しい熾天使に免じて今は見逃してあげるよ。 事を済ませたら──君の番だけどね」
「……っ、はぁ……」
「よし、じゃあ行こうか。 もうすぐ最奥だよ」
レイズだけは他の面々と違い、フュリエルを美しいとは認めつつも敬礼まではいかない様子で──それでもチラ見してはいるが──あくまでサレスを赦すつもりはないと曰い。
あんな不毛な鬼ごっこをまたしなきゃいけないのかと流石のサレスも呆れる中、ユニの号令で一行は再び歩き出した。
(小芝居お疲れ様、フュリエル)
『2度はしたくありません』
(ごめんね、埋め合わせはするから)
『……ッ、楽しみに、させていただきます』




