手続き中の乱入者
本来ならばホドルムの圧勝とサレスの惨敗を肴にして盛り上がっていただろう集会所は今、直近に葬儀でもあったのかと言わんばかりに──実際、死者が出ているのだから葬儀うんぬんも強ち間違いではないのだが──静まり返っていて。
「ミノって呼ばれてたね? 登録の手続きを頼めるかな」
「はッ、はい! すぐに……!」
もはや自分たちしか居ないのではないか、という静寂の中でも動じる様子のないユニからサレスの首狩人登録の手続きを担うように促されたミノは慌てて本来の業務に戻り。
「で、ではこちらに記入をお願いします! 赤い枠で囲われた欄だけで大丈夫ですので……! 何かあれば質問をどうぞ!」
「だってさ」
「は、はい、それじゃ──」
ユニに萎縮しているのか、それともサレスに恐怖しているのかは定かでないが、いつもの自分とは比較にさえならない手際の悪さを自覚しながらも手続きに必要な書類を手渡し。
いくつか記入しようがない項目がある事は解っていたものの、それなら大丈夫そうだとサレスがペンを取った時──。
「──待たんか」
「「えっ?」」
「ん?」
突如、ユニとサレスの背後から嗄れた男声が差し込まれ。
その声に明確な制止の意思を感じて2人が振り向くと。
「全く、ちと留守にしただけでこの有様とはの」
「ぎ……ッ、協会長!? これは、その……ッ!」
「責めておるわけではない、呆れて物も言えんだけじゃ」
「す、すみません……」
そこに居たのは、袖と裾の長い服で腕や脚を隠した長身かつ痩躯の老爺であり、どうやらリュチャンタの首狩人協会における協会長であるらしい老爺が呈する苦言と気迫のある厳格な表情に、もうミノが謝罪するしかなくなっていた中。
「……貴様が【最強の最弱職】か。 ドライアに話だけは聞いておったが、なるほど確かに人智を超えておるようじゃな」
「貴方は?」
呆れて物も言えないのというのは誇張でも何でもなかったのか、ミノから完全に視線を外した老爺が次に矛先を向けたのは、この場で最も強大な力を持つ存在──そう、ユニだ。
所属する狩人たちはともかく、それらを纏める長同士は不仲ではないようで、お隣の長から特徴を聞いていたが為に一目で解ったと老爺が語る一方、ユニは老爺を知らない様子。
弱くはなかったのだろう、という無関心にも等しい感想しか抱けないでいた中、それを察したように溜息を吐きつつ。
「〝ラオーク=マンダリン〟。 ここの長を務めておる」
「へぇ。 それで? どうして割って入って来たのかな」
姓名を明らかにしてなお、ユニの琴線には響かず。
遮った理由を答えろ、ただそれだけを問うてくる。
……邪魔された事で思ったより苛立っているのだろうか。
凡百の狩人や竜化生物であれば、それだけで膝を折ってしまいそうな圧力を纏うユニからの問いに、ラオークと名乗った老爺はあくまでも平静に、そしてさりげなく視線を外し。
「……貴様が持ち込みおったのか? その〝厄災〟を」
「「「……!!」」」
「や、厄災? ボクがですか……?」
サレスを睥睨しながら、あろう事か〝厄災〟などと呼び。
実際にホドルムが殺されるまで、また殺された後ですら認め切れていない少年の〝才能〟を一目で見抜いた事で野次馬たちが、そして何より厄災呼ばわりされた本人が驚く中で。
「言い得て妙かもね、〝人間〟という種にとってはだけど」
「そ、そんな……ッ」
今はまだ未熟でも、その内ユニさえ凌駕し得る殺人の才能を発揮するようになるだろう事を思えば、そんな表現も決して誇張ではないと頷くユニに、サレスは一抹の絶望を抱く。
おそらく評価されている、それは解っているのだが。
その呼称だと、まるで居ない方が良いと言われているような気がして、生きていていいのかすら不安になってきたのだ。
「貴様、10年ほど前にドライアが何処ぞで拾うてきた小僧じゃな? 【最強の最弱職】よ、他所で活動しておる貴様が何を考えておるかなんぞ知らんし大して興味もないがの──」
一方、そもそもサレスが竜狩人協会に籍を置くきっかけを知っていたらしいラオークは、ユニの目的までは読めていないのか『ふん』と鼻を鳴らしつつ露骨に渋面を浮かべ──。
「──その小僧をワシの膝元に置くなど、認めんぞ」
「「え……!?」」
ハッキリ拒絶の意思を示した事で、サレスとミノが驚く。
……ただし、それは『意外だ』と思ったからではない。
その発言が、かの存在を敵に回すようなものだったから。
そして、おそるおそる2人が視線を向けた先で。
「……へぇ」
ユニはただ、笑っていた。
良い度胸をしているな、そう言わんばかりに──。




