気に入らないなら
それから、およそ数分後の首狩人協会では──。
「さぁ張った張った!! 新進気鋭のAランクと、万年Fランクの穀潰し!! 【最強の最弱職】が告げた根拠の無ぇ予言だけを頼りに、あの穀潰しに賭けるヤツは居ねぇのかァ!?」
「賭けなんざ成立しねぇよ、皆ホドルムに賭けンだから」
「酔狂なヤツも何人か居るみたいだけどね」
「金をドブに捨てるようなモンだろ、よくやるぜ全く」
一体どういう流れからそうなったのか、ホドルムvsサレスの一騎打ちが修練場にて行われる運びとなっており。
首狩人の大半がそうではあるものの、殊更に守銭奴と名高いらしい男が勝手に仕切り出し、どちらが勝つかと賭け金を募っているが、やはり殆どがホドルムに賭けていて。
火を見るより明らかだっただろ、とホドルムのパーティーメンバーたちが呆れた視線を向ける中、修練場の中心ではホドルムが独り、サレスがやって来るのを待ち構えていた。
時は、ほんの数分前まで遡る──。
★☆★☆★
「……何の冗談だ? 【最強の最弱職】」
「ん? 冗談?」
未来のSランクを連れて来た、などというユニが言っているとしても冗談にしか思えない世迷言に対し、ホドルムが青筋を立て圧をかけてもユニは涼しい顔で首をかしげるだけ。
おそらく、本当に何を言っているのか解っていないのだ。
これが、絶対強者とそれ以外の思考の相違なのだろう。
「テメェは知らねぇのかもしれねぇがな、そのガキは外様の首狩人にさえ存在が知れ渡ってるくらいの無能なんだよ!」
「そうだそうだ! 大方、追放でもされたんだろ!?」
「そんで他国のSランクに縋ったのか!? 恥知らずが!」
「ち、違……っ」
『EEEAAA……ッ』
そんな2人をよそに、ホドルムに同調する形で集会所中の野次馬たちが鬼の首でも取ったかのようにサレスの存在そのものを非難し始め、1年経ってもFランクのままだった無能がSランクになれるわけがないと、【最強の最弱職】の威を借りているだけの雑魚が戯言を、と大顰蹙を買う中にあり。
サレスの腕に抱えられた迅豹竜が非難の的になっている事を理解し、小さな牙を剥き出しにして威嚇していたが。
「大体、首狩人協会にそんなモン持ち込んでんじゃ──」
その生意気な威嚇にカチンときたのか、それとも元より排除するつもりだったのか──おそらく前者──野次馬の1人が前に出つつ手を伸ばし、サレスごと害してやろうとした。
……その時だった──。
「──……はッ?」
右腕と、きょとんとした表情を浮かべた首が飛ぶ。
それは、サレスの細腕や少女のような顔──。
──……ではなく、ゴツゴツした剛腕と強面の貌。
つまり、野次馬の男のものだった。
突如、自分が殺されてしまった事に疑問を抱く間もなく薄れゆく意識の中、何の感情も見られない少年の瞳が自分の首を見下している様子を嫌でも見続けながら、天界へ召されるか冥界へ堕とされるかの岐路へと向かう事になって──。
──……いなかった。
「う、お……!? くッ、首!? 腕、も……!?」
「おい、どうした?」
「へ……!? あ、い、いや、何でもねぇ……ッ!!」
「「「?」」」
そう、これまでの全ては男が見た錯覚。
腕と首を刎ね飛ばされた事も、死出の旅路へ向かっていた事も、人間のものとは思えぬ瞳で見下された事も──。
全て、錯覚だったのだ。
ユニが、サレスを護るべく男に見せたのか?
……否、断じて否。
(見込み通り……いや、それ以上かな? ちょうど彼の力を試すに足る被験体も欲しかったし、利用させてもらおう──)
おそらく無意識ではあろうが、その錯覚はサレスが見せたものであり、そんな少年の〝才〟を一目見た時から感じていたユニは、せっかくだからとこの状況を利用する事にした。
「そんなにこの子が気に入らないなら、力尽くで追い出せばいいじゃないか。 まぁ、できるものなら──だけどね」
「何だと……?」
「え、ちょ、え……!?」
まるで、ユニ自身が離脱を賭けて鏡試合に挑んだ時と同じようにサレスと首狩人から1人選んで戦わせようとし。
「……いいぜ、オレが相手になってやる。 来いよ穀潰し」
「ぼ、ボク、やるなんて言って……!」
「先に行っててよ、心配しなくても不正はしないからさ」
「……ふん、吠え面かかせてやるからな」
予想外の事態にサレスが困惑する中、ユニが選ぶまでもなく立候補してきたホドルムと、2人の戦いが決まった事でぞろぞろと立ち上がり始めた野次馬を先に行かせた数秒後。
「ユニさん、どうしてボクがあの人と……!? それに未来のSランクなんて……! ボクは、あの人たちの言う通り1年かけてもFランクから上がれない穀潰しなんですよ……!?」
ユニよりも20cm近く小さな体躯で精一杯の背伸びをしつつ、ホドルムを始めとした首狩人たちから受けた非難は誇張でも何でもない事実であり、そもそも同じ戦場に立つ事も許されないほどの圧倒的な差があるのだと主張するも。
「まぁ、今のままなら勝ち目はないだろうね。 けれど──」
ユニはユニで、彼に言いたい事があったらしく。
「『──、〝──〟──────────────?』」
「……ッ!!」
何かを耳元で囁いた瞬間、黒く澱んだ少年の瞳に──。
──……その黒を染めるほどのドス黒い何かが灯った。




