1つ目の約束
「よぉユニ、見送りに来たぜ。 今日なんだろ?」
「うん、今まさに帰ろうとしてたところだよ」
部屋を引き払ったユニが玄関を出ると、そこには戦闘用ではないのだろうラフな服を着たリューゲルが立っており。
最上級まで使用した甲斐あって身体には一切の傷も残ってはいないが、この姿では見えない〝竜の部位〟にはリューゲル自身にしか解らない〝引き攣れ〟のようなものがあるらしく、それが治るまでは長めの休養を取るつもりのようで。
気の置けない相手の見送りという事もあろうものの、やたらとリラックスした様子で挨拶を2人が交わすその一方。
「薄ら見えてンのは、お前か? アシュタルテ」
『……えぇ』
そんなユニの後ろで文字通り陰に隠れていても、リューゲルの眼を前にしては誤魔化し切れなかったらしいアシュタルテが、その名を呼ばれた事で渋々姿を明瞭にしていく。
そして、その存在を認めたリューゲルが口にしたのは。
「言っとくけど、俺は勝ったなんて思ってねぇからな」
『……は?』
先日の討伐勝負における勝者からの、〝勝利の放棄〟。
「お前は途中退場しちまったから知らねぇんだろうが、あのクソ羊にトドメを刺せたのはユニの補助ありき。 単独なら躱されて自滅して、それで終わりだったんだよ。 だから──」
実際、彼の言う通りユニが【窃盗術:背撃】で押さえつけていなければ、あの馬鹿げた威力を持ちつつも直撃だけは避けやすい一撃を命中させる事はできなかった筈だし、あの一撃で仕留めきれなかったとしたら、すでに死に体だったリューゲルは一方的に殺されていただろう事は疑いようもなく。
『──引き分けだ、なんて言うつもり?』
「……」
アシュタルテが先読みしたその一言に、あれこれと言い訳するでもなく無言で首を縦に振るくらいには本気のようだ。
……が、それはあくまでリューゲル側の都合でしかない。
『ふざけるのも大概になさいな。 私は愚かにも自分の力を過信して、いつでも斃せるんだから相手の出方を見よう──なんて悠長に構えてた結果、強制送還されたの。 私の完敗よ」
「だが──」
アシュタルテからすれば、そもそも自分は〝最後まで戦場に立っている事さえできなかった未熟者〟であり、勝利を譲られたり引き分けに甘んじたりできるような立場にはなく。
頑として敗北以外は認めない様子の彼女に、それでもプライドが邪魔して受け入れようとしないリューゲルだったが。
『──だからッ!!』
「!」
『次は、絶対に私が勝つ……! それで良いでしょう!?』
「……はッ、そりゃあ愉しみだな」
恥ずかしさからか僅かに紅潮した顔と、ふるふると震える手で指差されながらそう言われてしまっては、さしものリューゲルも受け入れざるを得ず、再戦の約束を交わす中──。
「そうだ、リューゲル。 1つ聞きたいんだけど」
「ん? 何だよ」
ユニが、ずっと気になっていた疑問を解消しようとする。
「あの騒動の引き鉄になった人たちは見つかったのかい?」
「……あぁ、それなんだがな──」
そう、おそらく逆角個体への変貌の際に巻き込まれて死亡した──と思われる者たちが推測通りに死んでいたのか、それとも生きて捕えられたのかという抱いて当然の疑問をだ。
警察官に聞けば一発なのは解っていたが、リューゲル以上に嫌悪されているユニへ素直に情報の開示などしてくれるわけもないという事はリューゲルも理解していた為、長と比べれば割と友好的な警察官から聞いたという話を語り出す。




