唐突な幕引き
竜の眼による超人的な動体視力を持つ──ユニには僅かながら及ばないが──事が仇となり、その一部始終を垣間見てしまった彼は瞬時に変異を解除、最も慣れた姿である遊撃竜に変異し、飛来する無数の左手からの逃飛行を開始するも。
『あはは! ほらほら、ソイツ連れてっちゃいなよ!』
『クソ……ッ! こんなとこで死んでたまるかァ!!』
この技を使用する為に左手を模らされた魂は、もう二度とテクトリカの中に戻る事はできず、そればかりか標的の抹殺が済み次第、天界へも冥界へも魔界へも行けない理不尽な成仏を強いられる事になるという、きっと使われる側からすれば堪ったものではないだろう文字通りの必殺技であり。
すでに完全なる消滅が確定している魂たちは、どうせならばとその手を伸ばし、共に消えゆく道連れを求め飛び交う。
速度や物量も然る事ながら、驚くべきはその執念。
全ての手に呪怨ともいうべき諦めの悪さを秘めた魂が込められている為、逃げても撃ち落としても距離を取り切れず。
無謀とは思いつつも、やはり本体を狙うしか突破口はないんじゃないかと考え、ほんの僅かに速度を落とした瞬間。
『ッ、しまっ──』
明らかに1つだけ他の手より素早く、そして最短距離で突っ込んで来た死霊の左手が、リューゲルの眼前へ肉薄する。
それは奇しくも、リューゲルが息吹の弾幕を張る際に速度を調節していたのと似たような方法での吶喊であった。
いつもなら──というより先ほどまでならこの至近距離であっても問題なく回避できていただろうが、すでにリューゲルの意識は〝反撃〟一色に染まりかけていた為、〝攻撃〟から〝回避〟へと意識を切り換えるのが間に合わず。
『……オワタ? 流石に、だよね? ヨシ!』
ここぞとばかりに群がっていく無数の左手が1つ、また1つと役目を終えて消えていくのを見届けたからこそ、テクトリカは妙なポーズを取りながら勝利を確信したのだろうが。
ここでテクトリカ、痛恨なる2度目の慢心。
『【五竜換装】──〝連撃竜〟!!』
『うぇ!? 嘘でしょ!?』
『これで……ッ、終わりだ!!』
『ちょ、待っ──』
角も翼も鱗も尻尾も、もちろん翼も含めたありとあらゆる部位が流線型と化し、どの姿よりSPDに特化した連撃竜へと変異を遂げ、かの【極彩色の神風】にも劣らぬ1秒間で優に100回を超える爪の連撃を見舞わんとするリューゲル。
かたやテクトリカ、ここに来て初となる明確な失態。
1発1発を目で追う事こそできぬものの、さっきのゴツい姿ほどの圧は感じず、これなら間に合わないかもしれない自然物よりプマホで全て受け止めた方が確実だと判断して。
瞬間移動でもしたのかと言わんばかりの速度で以て彼女の前に出現したプマホの裏側で、その連撃を受けるやいなや。
『──……あぁああッ!! あーしのプマホケースがぁ!!』
『ッ、コレも反応すんのか……! だったら次は──』
10回目か50回目か100回目か、或いはそれ以上だったかは解らないが、『パキッ』というテクトリカにとって聞きたくない音ともに、お気に入りのプマホケースが破損。
軽視、慢心、自業自得──自分とは全く違う理由でも、あからさまにショックを受けて新たな隙ができた事は事実であった為、リューゲルがまた姿を変えて攻撃しようとした時。
『──ぅ、うぅ……ッ』
『ん?』
ヒビ割れたケースが装着されたプマホを両手で持ったまま俯き、何やら呻き始めた事で『まだ何かあるのか? いや、あって当然か』と強者であるがゆえの、ともすれば臆病とも捉えられかねない警戒心から吶喊と攻撃を中断した彼の前で。
『うわあぁああああん……!! 。゜(゜´Д`゜)゜。』
『……は? な、泣いてんのか……?』
あろう事か、テクトリカは涙を流して泣き始めた。
それこそ、まるで子供のように。
見る者が違えば、リューゲルが悪者とも思われかねないほど可哀想な感じの悲嘆に暮れる表情と声をも湛えたまま。
……と、こんな歯切れの悪い結末で以て──。
(……ここまでかな)
突如として始まった戦いは、突如として終わったのだ。




