ランク査定
所変わって竜狩人協会総本部、協会総帥室──。
念の為、再現出した迷宮を護る者が突然変異種ではない事をユニが迷宮の外から確認し終えた後、一晩の休息を挟んでからクエスト達成報告の為に協会を訪れていた4人の前で。
「──……報告書、読了させていただきました」
「は、はい……いかがでしたでしょうか……」
「そうですね、まず申し上げるべきは……」
「「「「……ッ」」」」
協会総帥であり、ユニに此度の狩人講習の嚮導役を命じてきたセリオスが、シェルトたちが昨晩に突貫で纏めたクエストの報告書を読み終えたのも束の間、4人の緊張もよそに心からのものだと告げる為にか勢いをつけずに頭を下げて。
「……皆様への、謝罪でしょうかね」
「「「「えっ?」」」」
座ったまま、俯いたままの状態で何故か何かを詫びようとしてきている協会総帥の姿に4人は一様に困惑するばかり。
身に覚えがない、とはまさにこの事であったのだが。
「実を申しますと、【黄金の橋】が増殖変異種との交戦を開始したという衝撃的な事実自体は、【最強の最弱職】から戦闘開始直後に伝達していただけていたのですが……」
「……あぁ、だから反応が薄かったんすね」
どうやらユニは、あの増殖変異種がまだ人造合成種だった段階でセリオスに全てを伝えていたらしく、それゆえ報告書の中に記されていただろう増殖変異種の存在及び交戦の事実にも驚いてなかったのかとハクアが然りと納得する一方。
その事実は、あの時点で最終的にどういった結末を迎えるかをユニは全て読み切って、その推測通りに登場人物を思うがままに操っていた事になるのだが、まぁそれはさておき。
「その際、私は【最強の最弱職】へ皆様の無謀な吶喊をお止めしろと……仮に討つなら貴女が討てと提言したのです」
「私たちを慮ってくださったのではありませんの?」
「それもあります、ありますが……」
「それだけではない、んですね」
「……えぇ、仰る通りです」
「「「?」」」
ユニからの伝達時、セリオスは思い出しても恥ずかしくなるほどに焦燥しながらユニを介して4人の無謀な戦いを何としてでも止めんとしていたらしいものの、それもひとえに彼なりの配慮だったのではとハーパーは素直に問うも。
優れた観察眼を持つシェイは、セリオスの表情から彼が秘めている〝言いたくない事〟を見抜き、それが何なのか解っていない他3人が困惑する中、協会総帥は意を決し。
「……皆様は総じて貴族のご令嬢。 1人でも命を落とすような事態になれば、この首は胴体との別れを告げねばならなかったでしょう。 結局、私は我が身可愛さに皆様を死地へ送りたくなかっただけ──……大変、申し訳ありませんでした」
「「「「……」」」」
全員が貴き身分であるシェルトたちの死は、そのまま彼自身の社会的な、ともすれば物理的な死にも直結しかねないと彼自身が誰よりも理解していたからこそ、シェルトたちを信じる事より己の保身を優先した事を心から謝罪し。
時間にしてみれば、およそ数秒。
「……顔をお上げください、協会総帥」
「シェルト様……」
セリオスからすれば体感時間2、3分ほどにも感じた沈黙は、シェルトからの抑揚のない声かけによって破られ。
「確かに思うところがないわけではありませんが、それでも貴方の判断が間違っていたとは思えません。 もし私が貴方の立場でも同じように考え、同じように提言した筈です。 だから、どうか迷わないで。 貴方は組織の長なのですから」
「……ッ、痛み入ります……!」
ふと顔を上げたセリオスの視界では、ユニが浮かべるような人当たりの良い笑みを湛えたシェルトが、ここには居ないユニが言いそうなセリフで以て彼を赦す姿が映っており、年甲斐もなくセリオスは平に頭を下げるばかりとなっていた。
──閑話休題。
「話を本題に戻しましょう。 こちらの報告書の提出も重要事項ではありましたが、より重要であり皆様が待ち望んでおられるのは〝ランク査定〟かと思われます。 そして、こちらについては──いえ、こちらについても問題はないでしょう」
「ッ、では……!」
そもそも4人が協会を訪れたのは、クエスト達成の報告書の提出もそうだが、それ以上に異例中の異例と言わざるを得ない〝増殖変異種討伐〟がランクの昇格に繋がるかどうかという一点を確認せずにはいられなかったが為であり。
本来、狩人講習の成果が受講者側のランク査定に響くような事例はないに等しいものの、突然変異種の討伐となれば或いはと考えていた4人の希望は最高の形で叶ったようで。
「シェルト=オートマタ様、ハーパー=エンカウル様、ハクア=マスキュル様、シェイ=フィーヴュ様、並びにCランクパーティー【黄金の橋】──突然変異種の討伐という偉大なる功績を以てBランクへの昇格を承認させていただきます」
「や、やっ……!」
「や?」
「「「「やったあぁああああ!!」」」」
「あ、あぁ、そういう……」
全員の、そしてパーティー自体のBランク昇格という圧倒的慶事に少し遅れて歓喜に沸く4人の令嬢の年相応な笑みを見て、セリオスもようやく肩の荷を下ろせたようだった。
『昇格試験も免除なんて、どこかの誰かみたいね』
「そうだね」
『全部、想定通りなんでしょう?』
「そうなるね」
『……前から思ってたのだけど』
「ん?」
『どうして、こんな回りくどい事をしてるの? 私が貴女なら、とっくに何もかも滅ぼして夢とやらを叶えてるわよ』
「何、簡単な事さ。 その回りくどい事も含めて──」
「全てが〝布石〟なんだ。 私の夢が憂いなく叶うまでのね」




