遅すぎる仇討ち
ユニが〝触れてはならない存在〟であるという事は。
人の言葉を解しこそすれ扱わぬ竜化生物でさえ解る事。
当然ながら狩人たちについても職員たちについても、それは共通認識であった──……筈だというのに、だ。
「あん時ゃよくもやってくれたな……!!」
「もう油断はしねぇ! 覚悟しやがれ!」
そんな一同の戦慄など知った事かと言わんばかりに己の得物の矛先をユニに向ける2人の輩からは、およそ恐怖や動揺といった負の感情は見られない。
……ユニを前にしている割には何とも堂々たる佇まいだと思うかもしれないが、これは単に彼我の実力差を理解し切れていないが為である。
死んだな、何があったか知らないが自業自得だ、という周囲の声すら聞こえなくなるほどに昂っている様子の輩に対し。
「あー……いや、うーん……?」
「な、何だよ……!」
ユニは、ひたすらに小さく唸って首をかしげるだけ。
もちろん、その表情に焦燥や不安は見られない。
ただ純粋に、その輩たちを見つめながら──こう告げる。
「……ごめん、誰だっけ君ら」
「「はァ!?」」
「「「ふ……ッ」」」
曰く、〝記憶にございません〟──と。
きょとんとした表情でも凛々しく、それでいて年相応に愛らしくこてんと首をかしげる歪でも整ったユニの反応と、それを聞いて唖然とせざるを得なくなる輩たちの反応のアンバランスさに、エントランスに居合わせた者たちの一部は思わずこぼれそうになった笑みを噛み殺す。
流石に、このただならぬ雰囲気を笑いで壊すのは色々マズいような気がする──という心理が働いたのかもしれない。
「き、昨日の今日だぞ!? そりゃあ俺らは兄貴と違って一瞬でやられちまったが、いくら何でも
「兄貴? 兄貴って──」
一方で、まさか記憶の片隅にさえ残っていないとは思ってもいなかったらしい輩の内の1人が口にした、〝兄貴〟とやらが思い出す為の因子となるかも──ふと、そう思い立って彼の言う通り〝ここ数日〟の記憶を遡ってみたところ。
「──……あぁ、思い出した。 ヴァーバルの取り巻きか」
狩人たちが噂していた〝荒くれ者〟という蔑称が指す傭兵、ヴァーバルの腰巾着として付き従い、ユニに一瞬で気絶させられた者たちの内の2人だという事を、どうにかこうにか思い出す事ができていた。
ちなみに取り巻きというなら他にも2人居た筈だが、どうやらその2人は今ユニの前に立っている2人ほどヴァーバルを心から慕っているわけではなかったらしく。
迷宮破壊におけるヴァーバルの戦功による恩赦で釈放された後──ヴァーバルに遺族が居なかった為、恩給や追贈は無効となった──『兄貴を探そう』という2人からの提案を蹴り、『やってられるか』と早々に王都を去ったようだ。
「ッ、あぁそうだ! 答えろ、兄貴はどこだ!!」
「どこだも何も──」
ようやく自分たちを思い出したと知ったもう1人は、ここに至るまで〝居た〟という痕跡すら見つからなかったヴァーバルが今どこで何をしているのかと、知っているなら教えろと、力尽くでも聞き出すぞと出来もしない事を喚き散らす彼らに、ユニは。
「──死んだよ、彼」
「「……は?」」
「だから、死んだんだよ。 蘇生もできずに」
ただ、ただ静かに現実を突きつける。
すでに、ヴァーバルがこの世を去ったという事を。
2回目であった為、蘇生も叶わなかったという事を。
そして、遺体は欠片も残らなかったという事まで。
人の生き死にが関わってくる案件だと知った為か、さっきまでは何であれば茶化すくらいの雰囲気だったエントランスの空気が一気に張り詰め、より静けさが増す中にあり。
「テメェが……! テメェが兄貴を殺しやがったのか!?」
「いいや?」
ヴァーバルもまた囚われの身であったという事は理解していても、ヴァーバルという傭兵の実力を盲目的に信頼していた彼らにとっては、ユニ以外の誰かにヴァーバルが殺せるとは思えないでいるらしく。
もちろん自分で手を下したわけではないユニは、ふるふると首を横に振って2人からの追及を否定しようとしたが。
ふと、何かを思いついたかのように微笑んで。
「……あぁ、でも結果的にはそうなるのかな」
「〜〜ッ!! よくも、よくも兄貴をッ!!」
見る者が違えば魅了されていただろう──実際に狩人や職員たちの何人かは見惚れていた──笑みとともに、まるで『間接的には私が殺した』と自白するかのような一言を呟いた瞬間、2人の怒りは一瞬で臨界点を超え、【最強の最弱職】を相手取っているという事も忘れて特攻を仕掛ける中。
『どーする? あーしがやったげよっか?』
歴戦の狩人や竜騎兵、何より竜化生物に比べれば遥かに鈍く凄みの1つも感じない彼らに対し、『ご褒美はもらうが、その代わりに自分が対処する』という物欲に塗れた提案をテクトリカがしてきたものの。
(それには及ばないよ、テクトリカ。 何しろ──)
それでは何の為に彼らを煽ったのかが解らなくなってしまう以上、〝テクトリカに任せる〟などという選択肢は最初からユニの中にはない。
ユニは、この2人の対処を──。
(──絶好の機会だからね)
『へ?』
絶好の、〝示威行為〟の機会だと捉えていたのだから。




