この世界には、ある時まで──
……覚えているだろうか。
この迷宮を攻略するに当たって、アズールやヴァーバルとは違う技能でも迷宮宝具でもない〝何らかの方法〟で、ユニが水中での支障ない活動を可能としている事を。
その謎の力について、ユニが内容の一切を伏せた事を。
……そして。
失われた神の力を行使している、と呟いていた事を。
それは、嘘でも冗句でも比喩でも誇張でもない。
ユニの中には、〝神の力〟が宿っている。
かつて、ドラグリアに存在した5柱の女神の力が。
かつて、という表現からも解る通り。
失われし女神、という呼び名からも解る通り。
この世界には、ある時まで〝神〟が存在していた。
それも、三界のように1柱ずつしか居ない訳ではなく。
ドラグリアの創世に携わったという旧き神から、人間たちの信仰の対象となった事で神格化した比較的若い神に至るまで、実に99の神々が存在していたのだという。
しかし、ある時からドラグリアに神は存在しなくなった。
そのある時とやらに起こったのは──〝戦争〟。
……ただし、ただしだ。
それは〝人と人〟、〝国と国〟との間などという小規模な戦争ではなく〝世界と世界〟との間で勃発した戦争だった。
ドラグリアと、〝三界〟との間で勃発した戦争だった。
発端は、とある旧き神の何気ない発言だったという。
このままでいいのか? ──という主語も何もない呟き。
しかし、それを聞いた99の神々は全てを悟っていた。
そして、その呟きに対する1つの解答を導き出していた。
このままでいい訳がない、と。
だから、99の神々は三界へと宣戦布告した。
自分たちを厚く信仰する信者を兵隊として、それぞれが信ずる神の為なら命も惜しくないという、全員が全員その戦に全てを懸けた、まさに〝革命軍〟とも呼ぶべき様相だった。
99の神々がと信者たちが力を合わせ、天使や悪魔、死霊たちを尽く退けて三界の支配者を討つ為に進軍する──。
──……そう上手く事が運べば良かったのだが。
残念ながら、そうはならなかった。
三界の支配者と、それらが率いる軍勢はあまりに強く。
99の神々の内、94の神とその信者となる人間たちは。
天界へも冥界へも魔界へも逝けぬ、完全なる魂の消滅か。
生前に罪を犯していなくとも関係ない、冥界への堕落か。
強制的に爵位なき有象無象の悪魔と契約を交わせられた上で殺され、そして永久なる悪魔たちの奴隷や食料となるか。
いずれにせよ、あまりに悲惨な末路を迎えたらしいが。
ここで1つ、疑問を抱いたかもしれない。
……94? と。
じゃあ、残りの5柱は? と。
結論から言えば、その5柱の女神は〝生き残り〟。
信者の大部分を失い、もはや〝神〟と呼ぶべきかどうかも定かではないほどに〝神性〟も薄まってはいたが、それでも5柱は必ず〝革命〟を成し遂げる為に、そして〝復讐〟を果たす為に恥も外聞も捨てて生き延びる事を選択し。
現在ではなく、〝未来〟に〝聖域〟を夢見た。
いつかドラグリアからこの戦争の傷跡が消えた後、産まれてくるであろう〝生命〟の中には必ず自分たち5柱全員を宿してなお肉体も精神も壊れる事のない〝器〟を持つ者が居る筈だと、そう考えて。
女神たちは己らに残っていた僅かな神性をかき集め、精神体となった身体を未来へと跳躍させる事で〝器〟を探し始めた。
★☆★☆★
──1年経過。
流石に、そう簡単には見つからない。
──10年経過。
いくつか2柱まで宿す事のできる生命を見つけた。
悪くない、見つかるのも時間の問題だろう。
──100年経過。
まだ、まだ諦めるには早すぎる。
たった100年で折れていてどうする。
──1000年経過。
3柱までなら宿せる素材は居るのだが。
──10000年経過。
……本当に、産まれてくるのだろうか。
──100000年経過。
別々の生命に宿ればいいのではという意見が出てきた。
だが、それでは駄目なのだ。
そんな体たらくでは革命や復讐を果たす事など、とても。
──1000000年経過。
惜しい、非常に惜しい。
4柱まで受け入れられる生命が産まれるらしい。
だが、やはり5柱全員でなければ意味がない。
──10000000年経過。
小さな諍いが起こった。
あの4柱を宿せる生命を逃すべきではなかった、と。
……今思えば、そうだったのかもしれない。
妥協、するべき時が来たのかもしれない。
──100000000年経過。
……見つけた!
ついに、見つけた……!!
5柱全員を宿しても全く問題のない究極の〝器〟!!
一般的な人間より遥かに優れた〝脳の構造〟!
相対する者の動き全てを見逃さぬ圧倒的な〝眼力〟!
思考と行動に一切の時間をなくすほどの〝伝達速度〟!
武器としても防具としても触媒としても至高の〝指〟!
そして何より驚愕すべきは──その〝精神性〟!!
この人間には──〝〟が生まれつき存在しない!!
断言できる、この人間を逃せば次はない!
同時期に3柱か、少し無理をすれば4柱まで受容可能となるかもしれない生命がいくつか産まれてくるが、そんな事はもうどうでもいい!
さぁ往こう同胞よ!
ここからが、我らの真なる戦の幕開けなのだ──!!
★☆★☆★
……と、まぁ色々言っていたが。
女神たちは、その人間を見つけるべきではなかった。
その人間を〝依代〟にすべく狙いをつけた時点で。
彼女たちは、終わっていたのだから──。




