満身創痍と擦り傷
ユニの【槍操術:螺旋】によって発生した超極大の渦潮。
それは本来の渦潮では到底ありえない暴風と地震を伴って白色変異種と、ついでのようにアシュタルテまでもを襲い。
並の狩人や竜化生物、果ては最後の希望や迷宮を護る者でさえ一瞬の内に粉微塵となりかねないほどの天災を引き起こした張本人であるユニは、その手に持つ三叉の槍に対し。
『もう止めていいよ、トリアイナ』
未だ本人の意思とは無関係に所有者のMPを吸い、まさに災害が如き激流と震動を発生させ続けていた迷宮宝具を制止するべく声をかけたのだが。
『……トリアイナ? もういいって』
トリアイナは、止まらない。
所有者の言葉も無視して渦潮を発生させ続けている。
先述した事だが、迷宮宝具には〝意思〟があり。
Aランク以上の迷宮宝具ともなると己を使用、所有するに値しないと判断した場合、最悪その生物に牙を剥く事もある。
単なる武具や装飾品が、だ。
ちなみに、ユニはユニ自身が所有している全ての迷宮宝具に所有及び使用する事を認めさせているが、どうしても我の強い武具や装飾品も存在するようで。
どうやら、トリアイナもその1つだったらしい。
その性格を一言で言い表すとすれば──〝暴虐〟。
気の向くままに破壊を愉しむ虐殺者。
実際、トリアイナから放出された渦潮は白色変異種とアシュタルテのみならず、この最奥の空間を貫きながら壁の向こうに居る迷宮を彷徨う者すらも数十匹ほど巻き込んでいた。
お陰でユニのLvも1か2ほどは上がっていたが、そんなもの白色変異種を討伐して得る事となる莫大なEXPを考えれば無にも等しいというのにだ。
まさしく、〝破壊〟という概念をそのまま形にしたような迷宮宝具であり、それこそユニくらいの強者でなければ何気なく触れただけで局地的な洪水や地震による溺死や圧死などに見舞われる事になってしまう。
そんな虐殺者思考の槍を手にしたユニは、その手に感じる確かな重圧と震動を感じながらも呆れからくる溜息をついてから。
『──身の程を弁えろ』
たった一言、【武神術:覇気】もなしの威嚇をし。
その瞬間、トリアイナから感じていた重圧と震動はピタリと鳴りを潜め、3つの鋭い矛先から放出されていた螺旋の力の放出をも止めた事で、これ以上の破壊は行わないとユニへ示し。
(全く、これだからSランクの迷宮宝具は……)
あまりの潔さに逆に呆れ返りつつも、これくらいの方が張り合いがあって良いという相反する感情を抱いている自分にさえ呆れながら、ユニはトリアイナを【通商術:倉庫】へ収納してから。
(この程度じゃあ白色変異種は死んでないだろうけど、アシュタルテはどうかな。 まぁ死んでたとしても特に支障は──)
〝この程度〟と切って捨てるにはあまりにも破滅的な一撃を経て、それでも白色変異種が息絶えている事はなかろうが、あの身勝手な悪魔は自業自得な死を遂げているかもしれないと推測した上で。
仮にそうなっていたとしても、ここからの戦闘にこれといった不都合はなさそうだと、とても従者に向けるものとは思えない無感情な瞳を浮かべて脳内とはいえそんな事を吐き捨てるユニの推測を裏切るように。
『……ッ、ぐ、うぅ……! 何で、私まで……ッ!』
『おや、生きてたか。 頑張ったね』
『あ、貴女ねぇ……!!』
1対の羽と右腕を失いながらも何とか命を繋ぐ事ができていたらしいアシュタルテが、どう見ても満身創痍な様子で水中で揺蕩う様を見たユニからの心ない称賛に、文句の1つも言ってやらなければ気が済まないとばかりに食ってかかろうとする一方。
『WIII、THII……ッ!!』
『ッ、白色変異種……!』
『当然、無事だよね』
トリアイナの破壊的な渦潮によって石や植物ごとかき混ぜられた事で随分と濁ってしまっていた淡水から、つい先ほどまでではありえなかった確かな怒りと憎しみを向けながらも、その純白の鱗には擦り傷程度の負傷しかないという何とも歪な姿を見せる白色変異種。
傷つけられたのは鱗か、或いは芽生えたばかりの誇りか。
(前方へ一点集中型の息吹を放出、相殺しながらも敢えて押されて距離を取り、【槍操術:螺旋】の効果範囲から逃れた訳か)
そんな白色変異種をよそに、ユニはまず両者がどうやって生き残ったのかを分析し始め、かたや唯一にして絶対の力を全身全霊で以て活用する事により僅かな負傷だけで危機を乗り越えてみせた白色変異種に対して。
(かと思えば、さっきの〝透明になる力〟の冷却時間を稼ぐ為に防御手段を展開したのはいいが結局のところ凌ぎ切れずに羽と片腕を失いつつも、どうにか冷却時間終了まで耐えて──って感じかな)
かたや持てる限りの力を尽くしても敵わず、これほどに甚大な被害を負わなければあの程度の危機すら乗り越えられない【悪魔大公】。
両者の間にある力の壁の差は、あまりにも大きく。
『本当に、無駄な時間を過ごした』
『ッ! そ、そんな言い方──』
そして、あまりにも無慈悲な一言を賜ったアシュタルテが傷ついた身体を押しつつ食ってかかろうと顔を近づけた途端。
『だから、これは──〝お仕置き〟だよ』
『え──』
ユニはアシュタルテの整いながらも負傷によって血の気の失せた顔に手を添えてから、にこりと笑ってそう告げて──。
『〜〜……ッ!?』
何でもないかのように、口付けを交わした。




