〝水〟を差す
アシュタルテが白色変異種との戦闘で高揚している一方。
(──……いつまで続けるんだろう、この追走劇)
ユニは、ありえないくらいに白けていた。
それはもう、目から光がなくなるくらいに。
互いが互いに有効打を与える訳でもなく。
ただただ無意味な弾幕を張るだけの追いかけっこ。
茶番と吐き捨ててしまうのも無理はないと言えた。
(アシュタルテは約束を破るし、白色変異種は私に反撃1つしてこないしで……今、凄い無駄な時間過ごしてない……?)
それに加えて『1回だけね』という自分との約束をアシュタルテがあっさり破った事も、この期に及んで自分へは手を出してこない白色変異種への疑問が解消されない事も、ユニの神経を逆撫でする。
ただでさえ、1分1秒も惜しい身であるというのに。
だからか、ふと思い至る。
(……水、差してやろうかな。 〝特大〟のやつを)
別にいいか、邪魔しても──と。
約束を守らない悪魔なんて巻き込んでも──と。
どうせ目的は戦闘そのものでなくEXPなのだし──と。
『『ッ!?』』
何気なく展開した【通商術:倉庫】から取り出した、とても人間の手で創り出せるとは思えないほど美しく、それでいて確かな〝破壊〟の意志を感じさせる〝何か〟の出現に、アシュタルテと白色変異種がほぼ同時に攻撃の手を止め、ほぼ同時にユニの方を向いた瞬間。
『ゆ、ユニ!? 何よそれ……!!』
『WEE……ッ』
両者の目に映ったのは、重厚かつ流麗な三叉の【槍】。
──〝トリアイナ〟。
渦潮、旱魃、津波など、水に関するあらゆる災害を人の身で引き起こす事さえ可能になるというSランクの迷宮宝具。
もちろん単に人間が飲んだり浴びたりしても問題ないくらいの綺麗な水を発生させたりもできるし、【槍】の技能に強力な水属性を付与したりもできるという万能っぷり。
アシュタルテは当然の事ながら、白色変異種すらもトリアイナを、そして重そうなそれを浮力があるとはいえ片手でくるくると回すユニを、いよいよ捨て置いてはおけなくなっており。
相対していた互いの存在が希薄になるほどの重圧を両者が覚える中、トリアイナの矛先をピタッと白色変異種へ重なるように止めたユニは人当たりの良い笑みを浮かべるとともに。
『死にたくなければ何とかしてね、アシュタルテ』
『ちょ、ちょっと待っ──』
君が巻き込まれるのは自業自得だからと、恨むなら短慮で我儘な自分を恨んでねと言わんばかりに〝指〟を通して絶大なMPを矛先に込め始めたユニを、アシュタルテはあたふたとしつつも制止しようとしたが。
……時すでに遅し。
『──【槍操術:螺旋】』
『『……ッ!!』』
次の瞬間には、〝槍を高速回転させる事で風属性の魔力を付与しつつ敵を貫く〟技能を発動するユニの姿がそこにあった。
覚醒型技能でこそないが、トリアイナを触媒としている為か、そして環境が噛み合っているからか、規模も威力も鏡試合でトリスが発動した同技能を遥かに凌駕しており。
(か、回避を──えッ!?)
単純な破壊力だけなら白色変異種の息吹にも劣らないのではと思えてしまった以上、相殺は不可能だと断じたアシュタルテは回避の為に噴出喞筒や推進器を起動させようと試みたものの、それは叶わなかった。
『う、動けな、い……!? 何で……!!』
『THI、IEE……ッ』
そう、アシュタルテも白色変異種も動けなくなったのだ。
それも、何の前触れもなく。
それには、トリアイナが持つ〝もう1つの能力〟が関わっていたのだが、ユニはそれを知らせていないのだから白色変異種はもちろんアシュタルテが慌ててしまうのも無理はないだろう。
──〝震動〟。
要は、地震を発生させる能力。
しかし、ここは水中。
地面に足を着いている訳でもないのに、どうして動けなくなってしまっているのだと思うだろうが、そこは迷宮宝具。
効果範囲内に居る全ての生物を内在魔力ごと揺らし、あらゆる行動を封じ込めるという、あくまでも副次的であるらしい能力をも併せ持っていた。
つまり、白色変異種も。
そして、アシュタルテも逃げる事はできない。
だが、そんな事はもうどうでもいい。
だって──。
『──約束1つ守れない従者なんて、ね?』
『〜〜ッ!! ひ、人でなし!!』
ユニなりのスパルタだった──と思いたいところだ。




