84話 治療内容よりも、強くなっているのが嬉しい。
ベルさんは俺の姿を確認しただけで、心電図が見えていたようだ。
透析回路もダイアライザーも、今はすっかりと俺の血液で赤く染まっている。
高カリウム血症で特異的なテント状T波も、心電図が見えていなければわからないこと。
ベルさんのモニタリング能力は優秀のようだ。
高カリウム血症が進めば心臓が止まってしまうけど……少なくても動いている以上は死ぬことはない。
ベルさんが疾風の如く飛んでくる心電図は、心室細動みたいな直ぐに生命に関わるものなのだろう。
とはいえ、意識が遠くなってくる。
「脈拍が落ちてきてますね、一時ぺーシングを始めますね」
ベルさんがベッドの左横に来て、優しい声で俺に告げる。
「大丈夫ですよ。今度は痛くありませんから……」
更に優しく、囁きかけるように俺に言葉をかけてくる。
ベルさんの身体が白く輝き、背中のあたりからオーラのようなものがニョキニョキと伸びてきた。
人型になると、仕様が変わるらしく魔法チックな外見だ。
その伸びてきたものは除細動器のパッドと同じような形になって、俺の身体にくっついた。
ジャージの上から右胸と左の脇腹にくっついて、何かが肌に向かって染み込んでいく。
白いオーラのようなヒモ状のもので、俺の身体とベルさんの身体は繋がった。
少しだけ皮膚にピリピリとした感じがしてくる。
電気が心臓に向かって流れているに違いない。
ベッドサイドモニタも……除細動器も何にも周りにないけれど、ベルさんが全ての役割をしてくれている。
「カリウムが8.1もありますね。一体、何を食べたんですか?」
ベルさんは俺の顔をジッと見つめると、聞いて欲しくないことを聞いてきた。
血液検査の内容まで見えるなんて、どこまで見えてしまうのだろう。
ゴブリンはベルさんのすぐ横に居て、その質問に対して興味深そうに俺の方を見ている。
「うん、えっと……。ん~~……」
そっか……、何て言おうか何も言い訳を考えてなかった。
カリウムが劇的に上がるものは何だったか。
バナナや里芋を食べたと言ったら、お腹に溜まるから食事を抜きにされるかもしれない。
「実は…………、茶道を少々」
少し、上品めいて言ってみた。
「茶道?」
ベルさんは首をかしげた。
勿論、茶道をやったことなど……あるはずがない。
「抹茶の粉の状態を確認してたら……脱ぎっぱなしにしてあった靴下に足を滑らせ、たまたま飛び出した抹茶が口の中に……」
抹茶のカリウム含有量は100g中3000mg近く……1日摂取量2000mgを大きく上回る。
筋肉の少ない俺なら、抹茶を摂取したと言ったら、納得してくれるかも知れない。
「抹茶を粉末のまま? でも、粉だったら……そんなにたくさんは口の中に入らないのでは?」
ベルさんは納得できなそうに、追求してくる。
粉だと、散らばってしまうから……飛び出ても口の中に入るのは僅かになってしまうのか……。
「湿気で固まっていたから……、大きな塊が口の中に入ったのを、丸呑みしてしまったんだ」
「丸呑み……」
ベルさんは丸呑みと言う言葉を復唱した。
ベルさんもゴブリンも、丸呑みしている状態を想像しているのか、目線は真上の空中に向かう。
「そう。だから、吐き出そうと思ったんだけど……とっさの事で吐き出せなかった」
言い訳の内容では吸収する速さが尋常じゃない気がするけれど、そこまでのことは考えないだろう。
「事故だったのですね……」
ベルさんは静かに呟いた。
「靴下の脱ぎっぱなし……危険……」
ゴブリンも静かに呟いた。
一時ぺーシングが始まると、俺の身体は急激に楽になっていく。
透析の管しかつながっていない俺の周りは、前の高カリウム血症の時とは比べ物にならないくらいスッキリしている。
カリウムもそのうち下がってくるに違いない。
しかし、何だかいつもの透析と違う気がする……。
身体の底から、何か熱いものがこみ上げてくる、そんな感じ。
ふと、透析装置の方を見てみると、点滴バッグがたくさん透析の機械にぶら下がっている。
「ベルさん……、今日の透析っていつもの透析と違うよね……」
「ええ、小林さんのことを考えると……いてもたってもいられなくて……HDFにしておきました」
HDF……。
いつもの透析はHDで血液浄化というもの。
それにFを足してHDF。
いつもの透析よりいい透析だ。
Fは濾過。
透析の膜に空いている穴が大きくて、その穴から血液中の体液も捨ててしまう……そんな思いっきりのいい透析。
血液中の体液を捨てるだけだと減るばっかりで死んじゃうから、透析液を点滴として入れて補う。
それで、身体の中の増減はプラスマイナスゼロになる。
プラスマイナスゼロじゃ、何のためにやるのか……という話になるが意味が無い訳じゃない。
体液を捨てる時に、HDでは捨てられないちょっと大きめの老廃物が除去できる。
そのちょっと大きめのゴミがあると、皮膚が黒ずんできたり、関節がおかしくなったり、イライラしたりするらしい。
それが除去できるのだから、いい透析だと思う。
「点滴バッグを使っているということはオフラインか。6リットル? 10リットル?」
「本に10リットルくらいと書いてあったので、とりあえず10リットルでやってみました」
ベルさんは、そんなに詳しくないみたいだ。
オフラインでやるHDFは、点滴バッグをぶら下げて10リットルは普通な気がする。
点滴バッグの中身は透析液の組成とそっくり同じものだ。
それに対して、オンラインは透析液をバッグからじゃなくて、機械で作った透析液を直接60リットルとか70リットルとか大量に血液中に入れる。
体液をたくさん捨てれば捨てるほど、ゴミが取れて身体にいい。
点滴バッグは既製品で値段が高いから、オンラインをやるには自分のところで身体に入れられる綺麗な透析液が作れないとダメだ。
ここでは、綺麗な透析液はできないのだろうか。
それにしても、力が湧いてくる気がする。
透析液が俺の身体の中に入ってくるからか。
名前 :小林直樹
種族 :人間
ジョブ:なし
レベル:1
HP :203
MP :53
力 :30
敏捷 :30
体力 :20
知力 :30
魔力 :40(腎臓内に10万)
運 :20
「!」
なんだこれは……。
あんなに苦労して、僅かしか上がらなかったステータスがどんどん上がっている。
「小林さんが少しでもいい透析をできるように……やってみたのですけど、どうですか?」
ベルさんは俺のことを考えて……勉強してきてくれたのか。
「ありがとう、ベルさん。とってもいいよ」
俺は笑顔で答えた。
治療内容よりも、強くなっているのが嬉しい。
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血液中の血漿成分=体液
医療用語って難しいです。
でも、透析液が身体の中に流れ込んでくることで、強くなるということを組み込もうという……そういうことです。
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