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勇者様は魔王様!  作者: くるい
5章 英雄の条件
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99話 かつての影

 エールリは平野地帯にある町で、とりわけ町周辺は見晴らしが良い。

 そのため外に出てしまえば、目的の人物はすぐに見つかった。


「……あいつって」


 俺はフードを目深に被り、狭まった視界に相手の姿を捉えてぼそりと呟く。

 赤紫の貴族服。その両腕にはきらびやかな装飾品を装着し、何やら豪華そうな馬車……馬車じゃない、何だあれ?


 ともあれ、その何かに背を預けながら鼻歌を歌っていた人物に見覚えがあったのだ。

 といっても本物は地下でズタボロになっていた姿しか見たことがないわけだが。


 念の為に鞄を開き、隠れているアリヴェーラに問う。


「アリヴェーラ、一応聞くけどあれは本物?」

()()()()じゃないね。地下で見たのと一緒だと思う」

「だよな。俺もそう思う」


 アルヴァディス・レーヴァン――商業都市レイスの貴族で、依頼人。

 こうして直接目にしてみると偽物ほどの覇気こそ感じられないが、そこそこのオーラを感じる。


「二人共、あの人を知っているんですか?」

「あれはレイスにいた貴族の依頼人で、ニーエを地下に閉じ込めてた人」

「む。そうですか……」


 ルルさんは俺の言葉に目を細めると、睨むように男へ視線をやった。


「護衛っぽい気配があの箱の中に二人。ニーエも中に居るみたい」

「オーケー、まぁ直接話すしかなさそうだ」


 こんな開けた場所じゃどうしようもないが、俺達が外に出てきた時点で彼もこちらに気付いている。

 彼が鼻歌を歌い続けているのは、俺達からの接触を待っているということなのだろう。


 もう姿を隠している意味はない。

 俺はフードを取り払い、素顔を晒して彼の元へと歩み寄る。


「――美しい」


 しかし俺が話し掛ける前に、彼はそんな台詞を吐いたのだった。

 当然、俺へ向けられた台詞ではなく。


「君がルル・エウルートで間違いないようだね。私はアルヴァディス・レーヴァンという者だ、結婚しよう」

「はい。結婚はお断りします、ごめんなさい」

「そうかい。ならいいんだ」


 こほんとわざとらしい咳払い一つ、次に彼の視線が俺を射抜いた。


「……思ったより小さいな。君がアーサーだね」

「そうですよ――俺をどうするつもりですか」

「それはこれからの返答次第だ、と言ってもいいんだがね。前評判通りなら力で捩じ伏せられる相手ではないだろうしなぁ」


 前評判通り……レイスでの依頼の活躍か?

 確かに活躍はした自覚はあるが、戦闘についてはリーズリースと共闘してマグリッド達を追い払ったって記録しかないはずだ。

 戦い自体は霧の中で、目撃者もいない。


 普通に考えて比重はリーズリースに傾くだろうし、俺がニーエを任されたのは地下の状況についてギルドに報告していたことと、アリヴェーラを使い魔としていた点が大きいのだ。

 俺の戦力が正しく伝わっているとは思えないが……ていうかこいつ捕まったんじゃ? すぐ出てきたの?


「長々と立ち話をするものではないな。移動しながら中でゆっくりと話そうじゃないか」

「どこへ行くつもりですか?」

「サフィール港にある私の別荘まで来て貰うつもりだよ。ただ、この魔走輪を使っても夜深くまでは掛かってしまいそうだけどね」

「ちょ、ちょっと待ってください。俺達をわざわざ捜しに来たのって、何のためなんです?」


 いきなり俺達を連れて行く話になっているが意味が分からない。

 連行というわけでもなく、終いにはレーヴァンの別荘だって?


 彼は首を傾げると、ああとばかりに横手を打った。


「君、指名手配されているだろう。隠れ家が必要なんじゃないか?」

「は――」

「少々乱暴な手段を講じさせて貰ったが、捕まえようとしたわけじゃない。こちらが優位性を持たねば、君は絶対に出てこないだろうと思ったのでね」

「ならどうしてルルさんまで呼びつけたんです?」

「ああ、一目見ておきたかったんだ。それだけだよ」


 大真面目な顔して、とんでもない理由が飛び出してきた。

 な、なんだこいつ……?


「そういうわけで、ルルも是非中へ」

「明日も仕事があるので、お断りしますね」

「研究費に金貨10枚出そう」

「行きます」

「ルルさん!?」


 どことなくルルさんの目が輝いている気がするが、それでいいのか。

 確かにルルさんはいつも研究に人生を掛けているし、金貨なんて溶かして直接素材にしてしまうような人だけれども、本当にそれでいいのか。相手は出会っていきなり求婚してきた相手だぞ。


「それは良かった、君の作る魔道具には期待しているよ。それと従業員を乱暴に連れて行ってしまい申し訳ない」

「そっちは許してませんよ」

「連行はしたけど何もしていないんだ、乱暴もしていないよ」

「そういう問題ではありませんが……彼女が許しているのなら私から言うことはありません。アーサー、入りましょう」

「えっと……あ、はい。分かりました」


 まだ上手く状況は飲み込めちゃいない――が、どうやら彼が敵じゃないことは分かった。

 俺としても町の入口でずっと喋っていたくはないし、ルルさんが良いならこの魔走輪ってやつに乗り込むのは賛成だ。


 ただ彼の別荘へ行くなら、しばらくエールリに戻っては来られない。


「アリヴェーラ、聖剣なんだけど……」


 紐で固く結ばれた鞄の中から返事はない。

 けれど取りに戻って欲しくはないんだろうなとは感じていたので、聖剣を取りに行くのは止めにした。




 ◇




 魔走輪の中は一つの個室かと言わんばかりの広さをしていた。


 真ん中に大きな長テーブル、両サイドに柔らかそうなソファがあり、その中にニーエの姿も見える。

 中にいるはずの使用人の姿は見えなかったが、そちらは御者台にいるのだろう。


 流石は貴族様である、乗合馬車みたいな感じが一切しない。


「ニーエ、大丈夫だった?」

「大丈夫ですご主人さま。特に何かされたわけではなかったです」


 ニーエに取り乱している様子は見られず、本当に何もされてはいなかったようだ。

 実際に無事だった姿を見て安堵し、俺はニーエの隣に腰を下ろす。

 その隣にルルさんが詰め、最後にアルヴァディス・レーヴァンが対面のソファへ座ると自動的に魔走輪の入口扉が閉まり、魔走輪が動き出したのか部屋が少し揺れ始める。


「アーサー、まずは感謝させて欲しい。君が私の偽物を止めてくれなければ、今頃私の首は無かったのだからね」

「あの、それってどういう……」

「君が貴族の命を守ってくれたのだろう? 色々あったが、君のお陰で首の皮一枚繋がったというわけさ。これで皆殺しだなんてことになっていたら極刑物だよ」


 彼が言っているのは、あの依頼でマグリッドを止めた時のことか。

 俺とリーズリースは力を合わせて彼ら元神聖騎士団の面々を撃退し、貴族達を救ったのだ。

 しかしそれは彼の責任じゃないはずだけど。


「ま、そんなのはどうでも良いんだ。今話さなくてはならないのは、何故私が君に協力しようとしているのか、ということだね」

「あなたは……アルヴァディスさんは、俺がギルドから指名手配を受けている理由を知っているんですか?」

「私も知らないし、もっと言うとギルドも知らないよ。その様子だと、君自身も身に覚えはないようだね」


 彼は困ったように眉尻を下げ、両手を上げてわざとらしく首を傾げた。


 俺の指名手配理由については、ギルドに探りを入れても分からなかったことだ。

 発見報告だけでも銀貨1枚が貰えて、捕まえれば金貨3枚とかいう莫大な懸賞金額――明らかにFランクの冒険者に掛けて良い額ではないのだが、俺には心当たりがある。


 誰もが手配理由を知らないということは、この指名手配は元神聖騎士団の副団長、ラウミガ・ラブラーシュから情報が渡ってしまった結果なのだろう。

 今、彼らは血眼になって俺の居所を探っているというわけだ。


「その前に一個聞かせてください、どうして俺がここにいるって分かったんです?」

「分かってはいなかったよ。けれども情報を調べに魔法道具屋まで来てみれば、君が連れ出した彼女が店番をやっているじゃないか。それでピンと来たんだよ」

「……ちゃんと人間の姿に偽装してたはずですが?」

「偽装は完璧と思うが、私の目は誤魔化せないよ。彼女の顔はしっかりとこの目に焼き付けていたのだから」


 ――全く理由になっていない。

 女好きなのは知っているが、もしかしてそれ? そんな馬鹿な。

 それでアリヴェーラの魔法が見破られるとは思えないのだが、彼からこれ以上の説明を引き出せそうにはなかった。今これ以上の追求はやめておこう。


「話を戻しますが、俺に協力する理由を教えて貰ってもいいですか?」

「そこなんだけど、少し説明するのが難しいね。まぁ端的に言えば、私も君への協力を頼まれているのさ」

「頼まれてって……誰にです?」


 俺を助けて欲しいなどと頼む人物には覚えなどなかった。

 知り合いすら数えるほどしかいないのに、一体誰がそんな頼み事を?


 頭を捻って考える俺に、彼は俺もよく()()()()()()を口に出したのだった。


「――あの勇者一行の一人、サラ・アルケミアさ」

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