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勇者様は魔王様!  作者: くるい
5章 英雄の条件
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98話 踏み出す一步

 その日、魔法道具屋に来客があった。


 なんとも珍しい来客である。

 何せ、町外れの入り組んだ場所にある魔法道具屋に足を運ぶ客はほとんどいないからだ。

 大抵の消耗品はギルドで購入できる、というのも理由にあるだろう。


 来客は扉を開けて中に入ると、まず目の前の少女を見て――。


「美しい……君がルル・エウルートかな? と思ったけど胸が小さいね」


 芝居がかったように両手を広げ、ふざけた台詞を吐き出した。


 少女ニーエはその来客に答えない。

 普段であれば数日に一人か二人しか来ない客に挨拶くらいは言うものだが、珍しく硬直した状態で来客の目をじっと見つめ返している。


 それは胸の大きさについて罵られたが故の睨みではなく。

 ――目の前にしている相手が、見覚えのある貴族の男だったからだ。


 アルヴァディス・レーヴァン。

 上等な赤紫の貴族服に身を包み、エルフと見紛う金色の髪を持つ男。


「さて、君は誰だい?」

「従業員です」


 彼の質問にそう答え、ニーエはぺこりと頭を下げた。


「フゥム、なるほど。ギルドが最近は従業員の依頼を貼り出していないと言っていた理由が君だというわけだね。ところで君は実に美しいね、この町では見ない美しさだ……例えるならば宝石のよう」

「胸はありませんが」

「おっとすまない、罵倒の意図はないんだ。ただルル・エウルートは胸と尻が大きいという情報を小耳に挟んでいたものでね……女性の美しさに関係ない話さ」


 だったらどうして初見で間違いを起こしたというのか。


「女性とはただ女性であるだけでそう、美しいものなのサ!」

「それは老婆もですか?」

「当然だ。老いてなお美しさに変わりはない」

「なるほど……」


 恐ろしい感性の人間が居たものだ。

 ニーエは恐ろしいついでに()()()()()()()()と聞きたくなったが、思っただけで言葉にはしなかった。


 今のニーエは耳を短くし、エルフに多い特徴である翡翠の瞳も髪と同色の金に変えているが、彼が言った通り美しさまでは変えられない。

 その美しさが魔物だった場合はどうなるのだろうか、少し気になっただけである。


「まァ、性根が腐っている場合は話が別だがね。さてどうしたものか……店主はどちらに?」

「下に居ます。要件があれば呼びます」

「ほう下に? いや呼ばなくていいよ、ちょっと聞いてみただけだからね」


 彼は手をひらひらとさせながら興味なさそうに言って、カウンターの前に頬杖を突く。


「しかし君は美しい」

「口説いているのなら、丁重にお断りさせて頂きます」


 とんでもなくしつこい男だった。

 しかし、ニーエが人間の男に口説かれるのは初めてではない。


 今までの来客対応でもこうした誘いは何度もあったが、ルルがそうするように断りを入れていた。

 ただ、それが稀代の女好きアルヴァディス・レーヴァンに通用するかと言えば、否。


「いや口説いてるわけじゃない」


 ――そう、否だ。

 アルヴァディス。レーヴァンが発した数々の台詞の意味に、ニーエは遅まきながら気が付いた。

 それは自らが動き出すより前に、右腕に()()()()道具を取り付けられたことで、だが。


「この私が女性を間違えると思うかい? 君の顔はあのエルフそっくりだ」

「……っ」


 何故――?

 彼がニーエの正体に気付く素振りなど、彼が自ら口にするまで全く無かったというのに。


 しかも腕に取り付けられた道具は魔力の発露を阻害する代物であり、そうなると彼は初めからニーエに対策する札を持って店にやって来ていたことになる。

 こうなっては、魔力だけが取り柄のニーエには為す術がない。


「今の君は声を発するのも禁じているから、何故か言葉が通じても返事は聞けないが――後でゆっくり美声は聴けるからね。さて大人しく、私に着いて来てくれるカナ? 地団駄を踏んで抵抗しようものなら、この私は君と、ついでにルル・エウルートも傷つけなくちゃならないね」


 にこりと微笑むと、彼は優しくニーエの手を握りしめてきた。


「……」


 二ーエは逡巡し、アルヴァディス・レーヴァンの手を力なく握り返す。

 そうしてニーエは、魔法道具屋から静かに姿を消したのだった。




 ◇




「ニーエが、誘拐されました!」


 ――夕方。

 一度店まで上がったルルさんが血相を抱えて地下に戻り、震えた声でそう叫んだ。


「は……?」

「確かに気配はないけど、誘拐ってどういうこと?」


 彼女の言葉に俺は素っ頓狂な声を上げ、アリヴェーラは小首を傾げている。


「これを見てください」


 ルルさんは一旦素振りを停止した俺の前まで来ると、何やら紙を広げて見せてくる。

 そこに書かれてあるのは小難しい文章ではなく、魔力を刻みつけられた短いメッセージであった。


『このエルフは預かったよ、ルル・エウルート。今すぐ指名手配中のアーサーを連れて町の外へ出てきなさい』


 それを目にした俺はすぐには動けず、眉間に皺を刻んだ。

 一体どういうことなのか、直ぐには理解が追い付かない。


 俺は普段通りの生活をしていたはずで、何なら一切外には出ていない。

 だというのに、何故その名が書かれている?


「だから誘拐って言ったんだね。でも一体いつ? 気配なんてなかったよね」

「ここは空間を弄っている地下なので多少気付きにくいんですが……でも」

「うん、誘拐なんかされたら私が気付かないわけない。ニーエだって、抵抗くらいするはずでしょ」


 アリヴェーラは舌打ち一つ、俺に視線を投げてきた。


「アーサー、どうするの?」

「そんなもん決まってる、今すぐ助けに行こう」


 聖剣を強く握り直した俺の視線の先、アリヴェーラが立ち塞がるように止まった。


「分かった。でもその前に、ちゃんと考えた上での行動なのか、私に教えて」

「今そんなこと話してる場合か?」

()()()()()じゃないよ。考えなしで進むのだけは許さない」

「……相手は俺がルルさんと繋がってる確信を持ってるだろ、なら隠れても意味はない」


 このメッセージを残した人物は俺を深く知る者だ。

 何らかの方法でニーエをエルフと見破ったことから、かなりの魔法の使い手と思われるが……思い当たる節はない。


 しかしエルフと俺を結びつけたのなら、商業都市レイス絡み。

 その俺とルルさんを結びつけたのは、俺がこの町出身の冒険者だからか。

 いずれにせよ、ルルさんの所にエルフが居た時点で、俺の居場所は見つかったも同然だった。


「本当にそう? 今アーサーが出ていったら今まで隠れていた意味が無くなるよ」

「じゃあどうすればいい?」

「まず二ーエを見捨てるのが――分かった、そんな顔しないで、選択肢として必要だから言っただけ」


 途中で俺の睨みに気付いたか、アリヴェーラは溜め息と共に言葉を止めた。


「まずアーサーの考えを訂正しておくけど、相手はなんでアーサーじゃなくてルルを指定したの? 確信まで持ってないから、ルルに協力させたいんじゃないかな」

「けどニーエはバレてるんだろ?」

「バレてるね。けど、アーサーが事情を話さないでエルフを置き去りにした可能性だってあるわけでしょ」

「俺はそんなことしない」

「相手はそんなの知らないでしょ、馬鹿」


 うぐ……言われてみればそうだけど。


「まぁいいや、結論としては私もアーサーが行った方が良いと思うし」

「どっちなんだよ!?」

「私はちゃんと考えろって言っただけだよ。あ、行くなら聖剣は置いてって、使っちゃ()()

「また俺が倒れるのを心配してるのか?」

「うん」


 長々と理由を付けるのではなく、彼女はたったそれだけを口にした。

 そんな真っ直ぐな目で見つめられては、俺も断りにくい。


「戦いになったら素手じゃ困るんだけどな」

「その時は私がアーサーを守ってあげる」

「戦いまでアリヴェーラに任せたら、俺の存在意義ないんじゃないか?」

「そんなことないよ」

「……なら置いてくよ」


 こうなるとアリヴェーラは俺が聖剣を置くまで引き下がらないだろう。

 大人しく剣を壁に立て掛ければ、それでいいのよとでも言わんばかりに腕組みしている。


 まぁ、素手でも大抵の相手は戦えるけどさ……。


「あの、別の武器を持っていけば良いのでは?」


 俺達の間で佇んでいたルルさんが珍しく苦笑を見せながら、その手に鋼の剣を生み出した。


「え、あるんですか」

「昔作った試作品の魔法剣です。柄の裏側に液体魔力(カートリッジ)をセットしてあって、中身の魔力で扱える属性が変わるんですよ」

「思ったよりスゴいの出てきちゃった」


 というかなんだその武器。


「扱いにくいのが欠点ですが、アーサーなら問題ないでしょう。ここで振ったりしないでくださいね、空間が壊れかねないので」

「そんな危ないことしませんよ……」


 空間が壊れるほど危ない武器を作ったルルさんもスゴイ、のだが。

 とにかく、剣があるなら問題は解決だ。別に俺は聖剣のような過剰性能を求めてるわけじゃない。


 ルルさんから剣を受け取り、腰元のホルダーに差し込む。


「俺はやっぱりこのくらいのサイズが丁度良いですね」

「では向かいましょう」

「え、ルルさんは待っていてくれれば」

「ニーエは私の従業員で、それに呼ばれたのは私です。あまりふざけたことを言っているところしますよ」


 久しぶりにその台詞を聞いたかもしれない。

 ルルさんは濃紺のローブに袖を通すと、腰へ通したベルトに様々な自作の魔道具を装備していく。


 これは言っても聞いてはくれないだろうなぁ……。


「はぁ、そもそも戦いにはならないんじゃない? そのつもりだったら冒険者が押し寄せてきてるでしょ」

「そうかもしれないけど、じゃあ何でこんな手の込んだ事を」

「どうせ行くんだし本人に聞けばいいじゃん」


 アリヴェーラは何でもないことのように言ってのけ、先に店内へと上がっていく。

 まるで彼女には未来が見えていて、危険がないことが分かっているかのようだった。


 後頭部を掻き、俺も後に続く。

 ――なんだかんだ、これが久々の外出だなんて、そんな下らないことを思いながら。

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