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勇者様は魔王様!  作者: くるい
4章 死と腐敗の王
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92話 死の軍勢

 魔人オールダンの領地全体に、死が充満していた。

 障壁の内側全域はどこか灰色にくすみだし、大地は濁り、草木は枯れ落ち、地面に生まれた亀裂から何かの手が這い出てくる。


 ――アンデッド。

 様々な形をした動く死体が、瞬く間に視界の奥を埋め尽くしていく。


 それに苦笑しながら、オールダンがこう吐き捨てた。


「知らねぇだろうから説明しておくぜ。奴は死んだ者全てを操る王様みてぇなモンだ。そもそもアレは、この世界の生き物じゃねぇ」


 異界の亡霊、とオールダンが言った意味はそこにあったらしい。


 この世界の存在ではない者。

 それは、召喚魔法で呼び出された異世界の使い魔が契約終了と共に消えずに留まり、悪魔族と総称された魔物である。


「俺が産まれるよりも遥か昔、死霊族はアレを自らの王と崇め、魔人として担ぎ上げた。それだけの年月を掛けて蓄えた力は……認めたくはねぇが本物だ」

「一度交戦したから強いのは理解しているが、過去を知る必要があるのか?」

「あるから聞け、奴は長い年月の間に発生した死者を全て操れるんだよ。死んだ場所の近くじゃないと操れねぇらしいが、死後の時間制約がねぇ。だから、操れる死体は実質無尽蔵だ」


 うじゃうじゃと溢れ出るアンデッドの数は、こうして会話している内にも数を増やしている。

 大量の豚族を筆頭に、他にも様々な種族の姿が際限なく生まれていく。


「ただ殺してもキリがないって話か」

「そうだ、だが攻略法はある。今みたいに数で押す時は、中継の強い個体が紛れてんだ。ソイツらを見つけて始末するのが効率良いっつう話だよ」

「ふむ、奴も直接全てを操れるわけではないということか……何故そんな事がお前に分かるんだ?」

「何度も戦争で見てるからだよ、教えられたわけじゃねぇがそこは間違いねぇ」


 見てろと言って、彼は地面の大斧を真上に振り抜く。

 すると先程も見た雷が斧を中心に迸り――ある一点へと疾走っていく。

 目標はアンデッド群の一体、大柄な()()だった。


「こういうことだよ」


 斧を振り下ろす頃には黒焦げになった豚族がその場に倒れ、周囲数十体のアンデッドも糸が切れたように崩れ落ち、地へ還っていく。

 それはディエザリゴの時と同じ光景であり、彼の言葉に確信は得られた。


 だが、今のは……。


「いいんだな?」

「もう死んでる。関係ねぇし、テメェが気にすることかよ」


 再び殺した事への罪悪か、墓から掘り起こした魔人への憤怒か。

 オールダンは唸りを上げると、再び斧を振り上げる。


「話は聞いてたなランダーゴート! てめぇは状況知らせに行け、後の動きは任せる!」

「わ、分かった!」


 オールダンが激を飛ばすと、狼狽していた豚族(ランダーゴート)が冷静に立ち返った。

 急いで伝令へと向かう彼の後ろ姿に、俺も声を掛ける。


「すまないが、ステラ――長命族に会ったらこう伝えてくれ! ()()()()()()()()()()()と」

「……! ああ!」


 今の言葉にどれだけ意味があるかは不明だ。

 言わなくても、ステラならば状況を知れば自ずと理解しただろう。


 奴の――骸骨の魔人の勝利条件は変わらない。

 俺を暴走させ、魔王の力を引き摺り出させること。

 そのために最も有効なのは、ステラを人質に取って俺を揺さぶることだ。


 だが、ステラは「信じてください」と俺に言った。

 狙われているのならばいくらでも対処はできる、と。

 ならば俺が伝える言葉は、ここまででいい。


 俺が憂慮すべきは、本来戦える状態でない肉体の方だろう。

 オールダンはまさか俺が魔王の力を使えず、更に弱っているとは思っていないはず。

 しかし打ち明けるわけにはいくまい。ここは上手く消耗を抑え、効率的に動く以外に道はない。


「さて、やるか」


 剣を引き抜く。扱う力は最小限に。

 身体の内から僅かな魔力だけを引き出し、剣先のみを覆って強化する。


「は、まるで人間みてぇな構えじゃねぇか。つくづく嫌になる姿だぜ」

「二人きりになった途端遠慮がないな。背中から刺してくれるなよ」

「うるせぇ――行くぞ!」




 ◇




 関所内、医務室にて。

 疲労したランダーゴートが捲し立てた報告の数々に、一同唖然としていた。


 室内に残っていたのは隊長であるエレアノール、落ち着きがない方の獣人族リブレ、それからステラの三名だ。

 それぞれが飛び込んだ情報量の多さに思考をフル回転させる中、唯一冷静なステラがエレアノールに向け、こう言い放った。


「少々向こうの動きが性急でしたが、概ね予想通りでしたね。これで私の話を信じて頂けますか?」

「……これだけ的中させられれば信じるかないさ。だが、あなたは予言者か何かなのか?」

「そこまで万能ではありませんが、説明する時間も惜しいです。急ぎ()()()()()()を進めましょう」


 アルマからエレアノールの事を託された後――ステラは暫くの間、悩んでいた。

 エレアノールに言ったように、ステラは万能ではない。


 アルマから見れば完璧で万能な存在に見えているのだとしても、それはそう見えるように振る舞っているだけ。

 制限のある中で最善手を選び、どうにかギリギリの所で切り抜けているだけ。


 既にステラの魔力は底が尽きかけており、冷静さの中にも焦りは蓄積されている。

 けれども、多少の無茶をしたお陰で得られたものもある。


 それはエレアノールや、他の兵士達からの厚い信頼だ。

 対竜戦後の献身的な治療の甲斐あって、ステラ単体の発言力は確保できている。


『――エレアノールから魔石を譲って貰え』


 そんな、別れ際のアルマの助言は、ステラを良い方向へ導いていた。

 魔力補給のために障壁維持の魔石を借りる、といった選択肢は勘定に入れていなかったのだ。


 どう考えても、そんな命と同義の物を外部の者に渡すはずがない。

 しかし改めて考えてみれば、その他の二名(アルマとカスクード)がどれだけ怪しまれていようが、信頼を勝ち得たステラならば可能性があると気付くことができた。


 それを元に生まれた要塞化の提案。

 一度障壁を断ってまで発動する、対魔人用の大規模魔法要塞。


 これは恐らくエレアノール側も考えさえしなかった手段で、起死回生の一手になるはず。


 魔力を全て使い、攻防一体の術式で要塞を覆い尽くせば、魔人相手でも容易に突破できない堅牢堅固な要塞が完成するだろう。破壊するなら圧倒的な密度と物量の魔法を打ち込むしかないが、そんな余裕が果たして相手の魔人に残されているかどうか。


「しかし……」

「今、障壁の維持に何の意味がありますか? 障壁内の問題を対処できなければ本末転倒でしょう」

「分かってはいる、が」

「張り直しの懸念なら後ほど私が助力します。それに障壁に回していた量の魔力があれば、その腕も失った直後の今なら再構築できますよ」


 ――実際には、障壁を解除すると死霊族の魔人が外からアンデッドを簡単に補充できてしまう、というデメリットがあるのだが。

 差し引いても障壁のリソースは別に回した方が有意義なため、ステラは正直に告げなかった。


「え、隊長の腕が治る!? それなら早くやろう!」

「リブレ……お前は黙っていなさい」

「でも!」

「障壁は解除する。その後の()()()とやらは、あなたに任せてもいいのだな」

「はい。アンデッド如きの侵入など許しませんよ」

「分かった。あなたの腕は信じている、魔石庫へ案内しよう」


 ようやく許可が降りた。

 会話に使った時間だけでもかなりの損失だが、愚痴を零している暇はない。


 今この瞬間にもアンデッドは増え、恐らくはもう――領地のどこかで被害が出ている。

 死者が出始めれば、その死者が直接魔人の戦力に塗り替えられる。

 持久戦になればなるほど不利になる最低最悪の戦場だ。


「ま、待ってくれ……ステラはお前で間違いないな。魔王様から言伝があるんだ……『狙われているのはお前だ』と、あの方は言っていた」


 言伝。

 豚族の彼――ランダーゴートの言葉に、ステラは目を丸くした。


 言葉が省略された素振りはない。

 きっと、本当にアルマが残した言葉はそれだけだったのだろう。

 まぁ、長い言葉を伝える余裕などなかったのだろうけれど。


 本当にそれだけなら竜と戦った時点で分かり切ったことであり、伝える意味もないはずで。

 だからこそ嬉しく思う。だって信用されているのだ。

 少なくとも……この件に関しては。


「はい。ありがとうございます」


 ランダーゴートには小さく頷きだけ返して、ステラは先を急いだ。

 また少し時間を使ってしまった。一分一秒という時間が惜しいというのに。


 こればかりはアルマが悪い。


 けれど、その分だけやる気が漲る。

 これなら失った時間くらいは補えるはずだ――と意気込んで、ステラは先を急ぐのだった。

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