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勇者様は魔王様!  作者: くるい
4章 死と腐敗の王
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90話 宣言と告白

 果たして、俺の何を見て質問するに至ったのだろうか。

 彼の真意は掴めないが、どのような意図だろうと答えは変わらない。


「俺に覚えはないな」

「ならいいんだ。気にしないでくれ」


 彼は思いの他あっさりと引き下がった。

 それから別の質問を投げ掛けて来るわけでもなく、俺から視線を外して。


「もう腕は下ろしていい」

「外を確認してからじゃなくていいのか?」

「いい。あまり意味がない」


 俺が腕を下ろすよりも先に、ずかずかと関所の方へと歩いていく。


 疑わしい相手に背を向けて歩き出すとは……妙な信用を勝ち取ったものだな。

 仮に俺が奇襲でもしたらどうするつもりなんだろうか。


 置いてかれないように後に続けば、彼は壁際でピタリと動きを止めた。

 真上を向きながら、こんな事を聞いてくる。


「ここから跳び上がれるか?」


 まさかこの距離をジャンプしろと言うつもりか?

 魔法で飛行できるならともかく、今の俺には出来ない芸当である。


「いや、よじ登れば上がれると思うが」

「ならそこで待っていてくれ」


 一方的に伝えてきた後、彼は豚族の巨躯に見合わぬ軽快な動きで跳躍してみせた。

 豆粒ほど小さくなった彼が視界から失せ、壁上に着地したのが分かる。


 あの重い鎧を着用したまま飛ぶとは……魔力も使っていないようだし、純粋な身体能力が高いのだろう。

 しかし、一人取り残されるとは思わなかったな。


 俺は壁際から後ろへ下がり、豚族の姿を視界に収められるようにする。


「先程まで俺を警戒していたにしては、動きが不審だな」


 壁上へ登った豚族は、俺に宣言した通り壁外の状況を確認しているようだ。

 何か妙な動きをしている様子は見られない……のだが、一人になった途端俺への警戒を解いた理由は分からない。


 彼は腕を組み、何度か小さく頷いているのが見える。

 こちらに背を向けているため表情までは窺えないが、少なくとも俺の言葉が嘘ではない事は理解して貰えただろう。


「待て、これは何の魔力反応だ?」


 発生源は真上。

 極々微々たる反応ではあるが、確かに魔法の余波を肌に感じる。

 俺の感覚が狂っているのでなければ……その反応は豚族から発されていた。


 領地を隔てる障壁のお陰で、仮に外で魔力反応が生じたところで内側の俺が察知することはない。

 該当する位置の反応にいるのはあの豚族だけだ。


 しかし、俺の目からでは彼に特別目立った動きは見られない。


「反応は継続している。攻撃魔法でも準備しているならもっと強力な波を感じるはずだから違う、となると……」


 そこで、ぷつりと反応が途切れた。

 魔法の使用を止めたのだろう、彼が壁上から再び飛び降りて来る。

 彼は俺の隣に着地すると、何食わぬ顔をしてこう告げてきた。


「竜災と言って相違ない。もし矛先が関所に向けられていれば、目も当てられなかった」

「障壁の内側から竜に気付けないのでは、構造に欠陥がないか?」

「この地域に竜など()()()()()……はずだった。認識を改める必要がある」


 俺には分からないが、誰かが呼びでもしない限り竜は現れないのだろう。

 端から障壁が意味を為さない相手を想定していない、というわけだ。


「確認の結果、疑わしい要素はなかった。報告通りならこちらも謝罪をせねばならない。俺が謝っても何にもならないが、頭を下げさせてくれ」

「いや、俺が魔王と言って押し通ろうとしたのも事実だしな」

「……魔王、か」


 彼は難しい顔で鼻をひくつかせたが、単語を反芻するだけでそれ以上を追求してこない。


「戯言だとは思わんのか?」

「竜を退治した相手にそうは思わないが、信じるのは難しい」

「ふむ。理由は概ね分かっているが、念の為訊いてもいいか?」

「……俺の顔を立てる魔王など、前代未聞だ。あとリブレも生かされているのがおかしい」


 やはり難しい顔のまま、彼はゆっくり首を横に振る。

 眉間に刻まれた皺は深くなるばかりだ。

 それと、よく見れば彼は最初のやり取り以降俺と目を合わせようとしていない。


「俺への態度の事を言っているのなら、その程度で手は上げんぞ」

「分かっているから俺も態度を変えたりしない。ただ魔王なら最初に殺してる、誰かを助ける為に竜と戦ったりもしない。強者の臭いこそ感じるが……お前は魔王とは別の何かに見える」


 なるほど、思いの他確信を突いている答えかもしれん。

 俺は真の意味で魔王ではないし、別の何かという見立てもその通りである。


「お前はオールダン様に会いに来たという話だが……何をしに来たんだ?」


 とうとう聞き覚えのある質問もやって来た。

 しかし……当たり前といえば当たり前なのだが、オールダンはしっかり慕われているのだな。


 さて何と答えれば良いだろうか。

 即答で本音を話すには、脳裏に骸骨の魔人がチラついて離れてくれないが。


 ……ただ、最初の訪問と違い、俺は既に力を証明出来ている。


 彼は俺が戦った姿を見てはいないが、既に強者であると認めているのだ。

 それはエレアノールと対面した時よりも、強く刻まれたものだろう。


 故に俺の言葉には説得力を持たせられる。

 俺の言葉が戯言だと取られないのならば、ここで宣言するのは悪い手ではない。


「――俺は、()()()魔人を潰しにここへ来た。オールダンには協力を願うつもりだ」

「……何と?」

「いいか、狙っているのは白骨に灰布を纏った死霊族の魔人だ。オールダンじゃない」

「すまない、聞き間違えたわけじゃないが……ええと、俺はなんて言えば」


 彼は額を抱えて困惑する。

 それから大きく頭を振ったかと思えば、恐る恐るといった声音で聞いてくる。


「その魔人は何かしたのか?」

「俺の闇討ちを企んだ上、連れに大怪我を負わせた」


 まぁ、その大怪我自体は治っているが。


 こう答えると、豚族の目元が大きく見開かれ、今まで俺を直視しなかった目がようやく俺へと合わせられる。

 彼は息を飲んだ後、意を決した顔で言い放った。


「その魔人は今、オールダン様に会いに来ている」


 今更予想していないわけではなかったが、最悪に近い答えが返ってきた。


 奴は俺達の動向をどこかで監視でもしていたか?

 会話でも盗み聞きしていたか?

 網は極力排除していたつもりだが、俺達が感知できない方法で何かしていても不思議ではない。


 いずれにせよ、奴は俺達に先んじてオールダンに接触した。

 あちらもオールダンに根を回し、味方に付けるつもりなのは明白。


 ここで最悪なのは、骸骨の魔人は俺の情報を持っていることだ。

 ステラの焦り方を見れば、俺の正体を暴かれる事がどれだけ不味いかは分かる。


 何せ勇者と魔王の掛け合わせだ。

 最悪なのは何も俺達だけではなく、オールダンにとっても同じだろう。


 だが……いきなり全面衝突ってのは流石に困るぞ。

 魔王の力を解放させられた時点で、奴の思う壺だ。


「……っ、待ってくれ! ここで暴れないで欲しい、頼む」


 俺が首を傾げると、彼は俺から数歩分の距離を取って両手を前に出していた。


 ああ、俺はどうやら長く考え過ぎていたようだ。

 無意識に魔力が漏れているわけではなかったが、俺が怒っていたように見えたらしい。


 俺は短く首を横に振って否定する。


「勘違いをさせたか? 癇癪を起こすつもりはない」

「……良かった」

「だがお前の返答次第では話が変わるな」


 しかしその反応は利用させて貰おう。

 彼に聞きたいことが残っている。


 俺は豚族を静かに睨み据え、問い質す。


「――お前、さっきの魔法はなんだ?」

「……っ、それは」

「言い逃れはさせんぞ。さっき壁上に居たお前から微弱な魔力反応を感知した。方向は領内へ向かっていたが、()()()()()に連絡でも飛ばしていたか?」

「ち、違う! 確かに……俺は連絡を取ろうとしたが、それはオールダン様に送ったもので」

「どんな内容を送ったんだ?」

「ただの合図を送ったんだ! 内容を伝えるだなんて高等魔法は使えない」


 焦ってはいるようだが、挙動不審さは感じられないな。

 少なくとも、俺の目からは嘘を言っているようには見えないが……。


「だったら何の合図だ」


 喉を震わせ、豚族はごくりと息を呑んだ。

 全身から冷や汗が吹き出し、彼は更に一歩後ずさる。


「言わないなら関所ごとお前を吹き飛ばすぞ」

「言う、言うから待ってくれ! あの合図は……俺じゃ対処できない時に送る救援要請みたいなものだ!」


 ――今の話、明らかに不自然な点があった。

 俺は彼が後退した距離を一歩だけ詰め直し、威圧を重ねる。


 彼は最初、俺を見て魔王だとは考えられなかったはずだ。

 不法に領地へ侵入した俺に容赦なく斬りかからなかったのは、あくまでエレアノールと同じく俺から手練れの臭いを感じたからだ、少なくとも俺にはそう見えた。


 その後彼は関所の外を確認し、俺の話を信じて今に至っている。


 それは……いくらなんでも素直過ぎるのではないか?

 竜を屠った姿を直接見たわけでもないのに、俺の言葉をあっさり信じるのか?


 仮にも相手は豚族よりも遥かに非力な小人族。

 しかも全力で魔力を隠しており、誰が見ても規格外に強そうな魔物になど見えない。


 それでも彼は、俺を異常なまでに危険視した。

 よく考えれば『意味がない』とまで言って俺の警戒を解き、自由にさせたのが可笑しいのだ。

 抵抗しても無駄だと最初から分かっていなければ、そこまで捨て鉢な対応をするはずがない。


「お前――初めから俺が魔王だと知っていたな」


 瞬時に剣を引き抜き、俺の魔力を剣身に這わせて豚族へ突き付ける。


「そうでなければお前が俺を恐れている理由がない。豚族ほどの腕力ならこんな小人は捻り潰せるはずだ。そうしなかったということは、骸骨の魔人から事前に情報を得ていた以外に考えられん。本当は何の連絡だ? 言え」

「な、なにを言って……違うんだ、そうじゃない! 俺はその魔人と会ったこともない!」

「だったら俺を恐れる理由がどこにある」


 別に殺すことはしない。傷付けることもしない。

 ただエレアノールが俺にやったように、威嚇に使うだけ。


 本気で怒っているわけではないけれど、ここまでやれば威嚇としては充分成立するだろう。

 それでも吐かないつもりならどうするか……。


 しかし俺が次の手段を考えるよりも前に、今度こそ予想外の返事が返ってきた。


「お前は絶対に()()()じゃない。だから、気付いたんだ」

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