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勇者様は魔王様!  作者: くるい
4章 死と腐敗の王
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83話 失敗と宣告

 魔王城の地下は複数の階層が存在する。


 元々迷宮だった物を一部埋め立てて作られているのだろう。

 今は誰も使用していないためか、複雑に分かれた通路に苔が生え、所々に魔力の蓄積した液体が流れている。しかし何か別の要因があるのか、ここまで濃度の濃い空間でも魔力体は発生していない。


 ステラはその地下を迷うことなく進み、ある部屋へと向かっていた。

 この区画は俺もよく覚えている。ステラが囚われていた牢獄だったからだ。


「こちらに儀式に使用する陣を敷いてあります」


 ステラは通路の横の一室で止まり、手の平から放った光を格子状の隙間から中へ放つ。

 狭い四角の空間が照らされ、床に刻まれた模様が目に入った。


「どうしてここにしたんだ?」

「地中の魔力流に魂魄の情報も蓄積されているはずなので、近い方が汲み取りに都合が良いのです」


 そう言うとステラは開け放しの扉から中へ入っていき、後から俺も続く。

 長らく空気が滞留しているのか、室内は特に黴臭い。


 部屋の中に描かれている模様は……俺の記憶にはないものだった。

 魂を呼ぶとは言っていたものの、召喚術の系統ではない。少し齧っただけでは理解もできないのかもしれんが。


「改めて確認をさせて欲しいのですが、ディエザリゴはどのように消えましたか?」

「うん? 肉体を構成していた土塊にヒビが入って、隙間から魔力が抜け落ちていったはず……」

「分かりました。では、今一度その抜け落ちた魔力(たましい)を呼び戻してみましょう」

「そんなことができるのか?」


 一度完璧に死んだ者を蘇らせるなど……いや、蘇りとは異なるのかもしれないが。

 少なくとも聞いたことはないし、尋常な魔法でもないだろう。


「やったことはありませんが、原理は理解できます。私の知る幾つかの魔法の組み合わせで再現可能でしょう」

「俺にはさっぱりだな……」

「私の長所ですから。では――」


 魔法陣の前へと一歩踏み出し、ステラは両手を中空へ翳す。

 彼女の指先から魔力が溢れ――複雑怪奇な魔法陣へと流れ込んでいく。


 まず魔法陣の外側の模様が輝いた。

 それらは光となり、空気中に線を描くようにして立体を形作る。次に魔法陣中間の模様が浮き上がり、人の形を模した立体を描き出していく。


「……っ、これは」


 だがそこまで工程を進めた時、ステラの顔に苦渋が浮かび上がった。


「どうした? 大丈夫か?」


 返事はない。

 集中しているのか、彼女の視線は魔法陣の中心部へと捧げられている。

 だが俺がそちらを見ても、何ら異常は見付けられなかった。魔法の練度や認識の問題もあるだろうが、少なくとも俺には正常に動作しているように見える。


 だが……神々しく輝き続けた魔法陣には、終ぞディエザリゴの姿は現れなかった。

 やがて、徐々に魔法陣へと流れる魔力は薄れ、描かれただけの模様へと姿を元通りにしていく。


 ステラはくしゃりと歪ませた表情のまま、小さく言った。


「やはりそうですか」


 少々無理をする必要があったか、彼女は息を切らしながら翳す手を降ろして。

 それから俺を見ると、申し訳無さそうに首を振った。


「――魂を破壊されていますね。彼を呼び寄せるのは不可能です」

「何? 俺が出会ったディエザリゴは間違いなく本物だったぞ」

「そこに誤認があるとは考えていません。ですので……私が呼び出すより前にもう一度呼び、破壊したものと思われます」


 破壊された。即ち存在そのものの消失――。既に死んだ者に対して使う言葉としては適切ではないが、ディエザリゴは完全に死んだのだ。

 それは、事実を飲み込むにはあまりにも呆気ない終わりだった。


 かつて対峙し死闘を繰り広げた時、アレが簡単に死ぬ存在とは露ほども思わなかったのに。

 魔王でなくなった後の姿ですら、確かな力強さを垣間見たほどだったというのに。


 輝きを失った魔法陣の中心へ視線をやる。

 そこに、微かに知っている気配が遺されている。煙のようにすぐ掻き消えてしまったものの、その気配が地下で激突したディザリゴのものだという感覚を俺に告げていた。


「確認したいこととは何だったのだ? もう調べる術はないが……」


 魔法陣からステラへと目を向け、俺は尋ねる。


 ここに来る前に彼女が告げた言葉である。

 確認と質問が一つずつ、それがディエザリゴを再び現世に呼び起こす理由であった。


「いいえ、()()()()()()()()()を調べたかったので、一つは済みました。もう一つは……ただの私事ですから、どうかお気になさらず」

「魂が遺されているかどうか、だと?」

「ええ、重要な事です。あの魔人はアルマ様から逃走した後、すぐに()()()()()()を呼び直したのです。明確な目的がなければそんな事はしません」


 ステラの言葉に、俺は眉を顰める。

 あの骸骨の魔人は何らかの目的――魔王に成る野望を持って俺達へと接触してきた。リザールシックでのアンデッド騒動やカスクードの偵察、ディエザリゴの顕現――ステラへの奇襲攻撃。

 向こうは魔王に直接勝てないと分かっており、故に搦め手を用いてどうにか迫ろうとしてきている。

 なんでもやるはずだ。魔王を倒すためならば、どのような手段でさえ躊躇なく手を出すだろう。


 俺はあの魔人の行動にはよく覚えがある。魔人スタークスやバラカタと違って、よほど人間らしい動き……そうだ。強大な敵を相手にした時、必ず人間が準備をする時の動き。

 あの手の奴が喉から手が出るほど欲しいのは、敵の情報だ。


「俺の情報を探っていた――?」

「ええ、あの魔人はディエザリゴを通してアルマ様の情報を得るつもりです……いえ、恐らくは既に」


 ディエザリゴの魂が壊されたということは、魔人にとって用が済んだということに他ならない。

 支配し服従させなかったのはステラに乗っ取られる可能性を危惧してか、それとも制御し切れないと踏んだためか。理由はどうあれ、ディエザリゴを通して俺の秘密が露見した可能性が高い。


 俺が元々勇者であったこと――そしてディエザリゴは、魔王についても俺より多くの情報を持っている。


「そういうことか……少々面倒だな」


 どこまで知られたか分からないが、ディエザリゴとの会話を盗み聞きされていれば()()を貫く事情に勘付かれてもおかしくはないだろう。


 俺が元勇者だというのは……まだ致命的ではない、か。

 問題にすべきはアーサーの露見であって俺の過去ではない。だが、いくらでも悪用はできる。

 今まで魔物達が俺を小人族だと解釈していたのも、()()だという前提を持っていないからに過ぎない。その大前提が崩されてしまえば混乱は必至だ。

 例え力でどうにでもできてしまえるとしても、俺はそれを望まない。


「あの時ステラが言い淀んだのはこれだな」

「はい――ですが、それでもアルマ様の判断で良かったと私は思っています」

「そうか……そうだな。なら、過去を振り返るよりも対応策を考えんとな」


 過ぎた過ちは取り返せない。

 あの時奴を殺していれば憂いは取り払えたかもしれないが、俺の消滅は早まっていたのだ。

 どっちにしろ殺す選択は取らなかった。であれば……次に何をするべきだ?


 ()()になりたい奴にとって、俺は邪魔な存在である。

 直接排除できない以上は狡猾な手段を使って魔王の座を狙うだろう。 

 俺としては、いたずらに魔界を荒らされたくはないが……。


「なあ、ステラ。事を荒立てずに奴を収める方法はないか?」

「それは少し……考えつきませんね」

「いっそ魔王の座を渡してしまえれば気が楽なんだが」

「ご冗談を、あの魔人が魔王の器足り得ないのは分かっているでしょうに。それにアルマ様以外が魔王になってしまえばアーサー様が大変ですよ」

「言ってみただけだよ、冗談だ。だが……あの様子じゃ諦めんだろうな」


 魔王という存在は目指すべき到達点ではなく、憧れるものでもない。

 ――それを言えるのは現魔王である俺だけなんだろうが。


「しかし、魔王になりたいってのも分からん話だな。人間界(むこう)じゃ当たり前だが、魔界でも魔王の評判は最悪だろう。だが実際、魔人連中は全員が魔王を目指していた……何故だ?」

「恐怖の象徴は、彼らにとって最悪ではないのです。力さえあれば望むものは全て手に入りますからね」

「そうでもないと思うんだが……そういうものか?」

「少なくとも魔界(こちら)では、力がある者はそれだけ特別なのです。もしアルマ様が望むのならば、力で従えることは容易ですよ」

「だがお前は望まんのだろう」

「望みませんね」


 彼女は強く即答する。


 ――生憎と、俺も力を得て良かった事などなかった人生だ。

 ただ生き抜くために必要だったのが力で、魔王を倒すために必要なものが勇者であっただけ。

 こんな度を越したものに興味はない。


「ああ、俺もだよ」


 そう返事をして、輝きを失った魔法陣に背を向ける。

 こうなっては魔王城に隠居などと悠長な事は言っていられないだろう。


 本来ならばすぐにでもあの魔人を追い、下らん企みを阻止する必要があるのだが……しかし、もう奴は俺の前に姿を現そうとはしないだろう。全力で隠れられれば、見つけるのは至難なはずだ。

 ならば、俺にも考えがある。


「ステラ、出掛けるぞ」

「追われるのですか?」

「いいや」


 否を述べ、考えをステラへ告げる。


「馬鹿正直に追って捕まる奴ではないだろうが、上手い解決策が思いつかんのでな。だったら奴ではない他の魔人から接触していくことにする」

「えっと……どういうことですか?」

「奴以外の魔人を俺達の側に付け、地盤を固めるんだ」


 こういった場面で大事にすべきなのは、孤立していないこと。

 どれだけ強い存在であろうとも万軍の兵に勝るものはなし。奴が何をしてくるかは知らないが、もう一人で立ち向かってくる事はないだろう。故に何かをされる前に奴という魔人を孤立させ、物理的に手も足も出せなくする――それが俺の考えだ。


「まずは魔人〝オールダン〟からだ」


 豚族の魔人オールダン。

 人間との戦争にて幾度も衝突した豚族のトップであり、魔王城にも足を運んでいたという情報もある。

 まずは、そういう目に見えて好戦的そうな奴から攻略して行くのがいいだろう。


「……アルマ様、ですが」

「言わなくて良い。充分に理解しているが、放置できんだろう——俺を引き金に戦争を起こしてほしくはないんだ。俺はただ何もない平和を望んでいる、これはそのために必要なものだ」


 ステラの言葉を制し、俺は前へ突き進む。


「……分かりました」


 それ以上何も言わず、彼女は俺の後ろを付いてくる。


 時間がないとは俺が口にしたばかりの台詞である。

 なら何を差し置いても俺が生存する道を最優先にすべきだ、そう彼女は言いたいのだ。

 何より自ら魔人へ接触すれば戦闘に入る可能性が高く、そうなれば俺の寿命を更に縮めることにもなる。


 けれども他に手はない。だから征く。

 それが俺の願う、儚い願いでもあるのだから。

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