82話 一夜の決意
「これはその、一体……どうやってっ」
リザールシックの酒屋にて。
カウンターの前に大量の氷霜樹の実を並べると、店主の少女は大層驚いた様子で仰け反った。挙動に合わせて翼が折り畳まれると、その視線は実に釘付けになって離れない、
「地面が崩落したのが僥倖だったな。こいつがうまく見つけてくれたよ」
「へへっ……! 鼠共がほっくり返した穴が露出してるだなんて思いも寄らない奇跡がなけりゃ、こんなに上手く事は運べなかったっすけどね!」
あれは少しの休憩を挟んだ後でのこと。
魔王城に戻ろうと動き出した時、銀鼠がわらわらと俺達から逃げる姿が見えてカスクードが見つけたものだった。
どうやら銀鼠は収集した実を巣穴の保管庫に隠しており、それが俺達の戦闘で破壊されたらしい。
冬越えをするために貯蓄していた氷霜樹の実はすっかりと外部へ露出し、銀鼠の巣穴も壊滅。俺達が近付いたことでその地に留まるか躊躇っていた銀鼠も一斉に逃げ出し、実だけが取り残されたというわけだった。
「まぁ、あのまま放置してても切り離しちまったら外でカチンコチンに凍っちまいますからね! 急いで持ってきたんすよ! なもんで鮮度が大事なわけなんですが、あんたぁコイツをいくらで——」
「実はこの店にやる。今度立ち寄った際にいい物を三人分見繕ってくれ」
「だ、旦那ぁ!? そりゃないっすよ……、アレだけあればどんだけ作れるか」
「目的は元から酒だ、金などどうでもいい。それとも全部飲み干すのか?」
「いやぁ、そういう話ではなくって……」
ここまで言っても食い下がろうとするカスクードを睨み付けると、引き攣った笑みと叫びと共に後退する。
交渉の必要があるならば正しいのだろうがな。今の俺には無用の物だ。
「い、いいんでしょうか……?」
「アルマ様がそう仰られるのですから構いません。それよりも、臨時に懐が温かくなったからといって、周囲に悟られてはなりませんよ。カスクードのような者が聞けば一大事です。しっかり守って下さいね」
「ちょっと姐さん!?」
カスクードはステラにぎろりと睨まれ、萎縮し床に膝を付いた。可哀想に。だがお前の手癖が悪いのは事実だな。
それから少々の言葉を交わし、俺達は店を後にした。
その間はカスクードが商人のような嘆きを呟いていたり、何故かステラが酒の製法を尋ねていたりなど、特に取り留めもないやり取りである。
ともあれ、酒の確保は完了した。最短で数日程度で完成するというので、リザールシックへは近い内に足を運ぶことになるだろう。
酒のついでに小煩い盗人族が眷属化のようなものと化して付いて来てしまったわけだが……魔王城は静か過ぎるきらいもあった。元々大所帯を想定した建物だったのだし、このくらいやまかしい奴が居ても邪魔にはならない。
今日のところは二人を連れ、魔王城へと戻るのであった。
——その夜のこと。
書庫に大量に積まれた蔵書を読み耽っていた俺の元に、ステラがやって来た。
「少々お時間を良いでしょうか」
俺は開いていた頁から目を話すと、声の方へ目を向けた。
ぎぃと木製扉が軋み、彼女の顔が室内の魔力灯に照らされる。その表情は真剣そうに固く緊張しており、これから雑談をしようなどという雰囲気ではなかった。
「構わないぞ。丁度一区切り付いたところだ」
読んでいた書物は魔界の知識を埋めるためで、全神経を費やして読み解く魔導書ではない。
本を閉じ、傍の書見台へ手放す。俺が再び視線を向けるのを待っていた彼女は、こう言った。
「本日のことで私からお話したいことがあります」
――話したいこと?
今彼女が持ち掛けてくる話で思い当たるとすれば、ディエザリゴに纏わる話だけである。
「良いのか。俺は隠し事をするなと言ったが、過去まで包み隠さず話せとは言っていないぞ」
「それでも知っておいて頂きたいのです。魔王の現象を知った今、隠す意味がないですから」
「……分かった。聞こう」
「ありがとうございます。では、私について来てください」
恭しく頭を下げ、ステラは踵を返そうとする。
「待て、ここではできん話なのか?」
「こちらでは少し……地下に儀式の準備を済ませているのです」
「儀式?」
「はい。私はこれから、ディエザリゴの魂を呼び寄せるつもりです。アルマ様、許可を頂いても宜しいでしょうか?」
「それは構わんが……呼んで何をするつもりなんだ?」
「確認したいことが一つ、可能であれば聞きたいことが一つあります」
口にする彼女の表情から真意は読み取れなかった。
だが裏切りを目論む彼女ではない。
「許可しよう」
それまで座っていたソファから飛び降りるように着地し、魔力灯の明かりを消す。
「……おい、何を立ち止まっているんだ?」
彼女の後へ続こうとしたが、しかし彼女は俺へ首を向けたまま固まっていた。
先に進もうにも、ステラが出ていかねば動けんのだが。
「あ、いえ、なんでもありませんよ?」
「? 確実に何かあった顔だろう、言え」
「ええと、飛び降りる仕草が可愛らしかったな、と」
言われて、足元へ視線を落とす。
気付かぬ内にこの身体に慣れてしまっていたが、俺の身体は小さな子供のまま。
恨むようにステラを見上げ、俺は顎で廊下を指す。
「足が届かんのだ……早く行くぞ」




