表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者様は魔王様!  作者: くるい
4章 死と腐敗の王
81/107

81話 定める終焉

 ――話は少し遡る。


 地下で魔王(アルマ)と、元魔王(ディエザリゴ)が激突した頃。


 互いが全力を賭した攻撃により、結界で覆われた空間が揺れていた。

 衝撃波が内側から結界を叩き、無数の罅が刻まれていく。


 その中心点にて――俺の手刀がディエザリゴの心臓を貫いていた。

 しかし背から飛び出た五指も無傷とは行かない。黒点を砕いたダメージで半ば焼け落ち、指の半分を喪っている。


「貴様……魔王、なのか?」


 と、そこで声が聞こえた。

 背中から腕を引き抜き、ディエザリゴへ目を向ければ、どうやら彼の瞳に先ほどまで存在しなかった明確な()()が宿っているようだった。


 そして敵意がない。

 ならばとこちらも次の攻撃の一手を取りやめ、負傷部位の治療へ意識を割く。


 不思議な感覚だった。

 死体とはいえ元魔王だ、話など通じるはずもない。出会えば必然と殺し合い、言葉を交わす余地などない相手。


 なのに今はそうではなかった。

 俺とディエザリゴは、もう殺し合う間柄ではないのだ。


「お前、会話ができるのか」

()()()()


 俺の疑問に即座に切り返すと、彼は己の開いた腹部へ手を当てる。


 貴様こそ?

 俺が言うのならばともかく、アンデッド化し理性を喪った彼に言われる筋合いはないのだが。


 しかし会話が成立するのであれば、戦闘以外の選択肢を取ることができる。


 見たところ意識を取り戻したのは――先ほどの一撃を与え、何らかの枷が外されたと見るべきだ。アンデッド化の際に込められた何らかの命令が機能しなくなった結果、彼は自由を得たのだろう。


 ただ、彼の命……活動可能時間は長くはなさそうだった。

 こうしているだけでも空いた腹の穴から膨大な魔力が流れ落ちている。


「魔王よ……貴様に一つ助言をやろう」

「そいつは有り難いことだが、どんな風の吹き回しだ? 残虐非道な元魔王の行いには見えんな」

()()()()()()の特徴だ」


 俺の言葉を返すように、彼ははっきりと否定する。それは生じた疑問をも同時に払う一言であり、意図を理解するには十分過ぎるものだった。


「……それは、俺に言っているのか?」


 焼け落ちた指の負傷を治した俺は、魔力を内側に全て封じ込める。


 俺の質問に対し、彼は答えなかった。

 ただ驚くように目を見開き、納得した様子で一度頷いて。


「ああ、やけに見覚えがあると思えば、あの時の()()であったか」

「!」


 姿形の異なる俺を真正面から見据え、彼は確かにそう言った。


「何故そう思う? お前が知る勇者とやらは、子供の姿をしているのか」

「気配だよ。貴様の気配は魔王に隠れているが、元来の性質まで変わらぬ。ああ、そうか……我を殺したお前が次代の魔王か、クク……因果な物だな」

「黙れ!」


 ――脳が沸騰する感覚があった。

 抑えてきた感情が爆発し、視界が真っ赤に染まり、正常な思考回路を失う。そうして気が付けば、ディエザリゴの首元を右手で締め上げていることに気付く。

 このままでは殺してしまう――慌てて手を離せば、彼は小さく口元を歪めた。


「自我を保つために己が殺意を封じ込めるか。随分と儚い努力を積み重ねるのだな」

「何を言っている……ただ今の俺に、お前を殺す理由がないだけだ」

「いくらでもあろう? 貴様の大切な物を数多に奪ってきた存在が目の前に居るではないか」

「何をせずとも朽ちる奴を殺すなど、つまらない事に力を使うつもりはない」


 そうだ。怒ることなど何もない。

 ディエザリゴは過去の魔王。既に俺がこの手で殺し、全てを終わらせた。

 そんな無意味な事に時間を割くくらいなら、もう少し冷静になって聞くべきことがある。


「ディエザリゴよ、お前を蘇らせた奴は誰だ?」

「我は知らぬ。所詮魂魄の断片に過ぎぬ不完全な状態でな、干渉した者を逆に探るのは不可能だ」

「先に言っておくが、嘘を吐けると思うなよ」

「貴様が我を殺さぬのと同じ理屈で、我は一切の嘘を吐かぬ、簡単な話であろう」


 確かに、彼が嘘を吐いているようには見えなかった。

 ディエザリゴなら抵抗できそうなものだと思ったが、しかし、こいつを蘇らせた時点で術者はその他有象無象というわけではない。


「我からも貴様に尋ねて良いか?」

「何だ?」

「貴様は何故、()()になったのだ?」

「……そいつは俺の方が知りたいくらいだな」


 自ら望んでなったわけじゃないし、そもそも望めばなれるものでもない。

 だが俺の答えに対し、彼は納得行かない様子で首を傾げる。


 ――その時だ。結界の外から、轟音と共に内壁が砕けたのは。

 崩れた天井が結界へと落下し弾け、足元の地面が揺れ動く。


 それと共に、目の前で立っていた彼の身体が形を保っていられず、四肢の先端から砕け落ちていく。


「時間だな。魔力で動いていた肉体が故、全て溢れれば元の土塊に戻ろう……魔王よ、助言の続きだ」

「助言だと?」

「貴様が、貴様でいられる時は長くはないぞ。成すべき志があるならば、努々時間を無駄にせぬことだ」


 そう発した彼の身体は既に朽ち果て、仮初めの身体を構築していた土塊へと戻っていた。彼だった土塊に魂の残滓は残っていない。意味深な台詞を残して去った訳だが、最早聞き返すことはできないだろう。


 が、今は彼の事よりも上で発生した震源だ。


「この魔力、ステラだな」


 そう呟いて、張っていた結界を解除した。




 ◇




 ――彼らに話をする前に一度地下での出来事を反芻し、俺は僅かに閉じていた目を開いた。


 随分と短いやり取りであったが、それなりに充実したものだった。

 あの時深く考える余裕こそなかったが、ディエザリゴは何も難しい言葉は吐いていないのだ。


 要は、()()()()()()()()は先程会話したディエザリゴではなかった、ということで。

 それがこれからの俺に降り掛かると、そう親切にも伝えてくれただけの話だ。


 ならば、こう伝えるしかないだろう。

 俺が一つ呼吸を置くと、眼前に座るステラが固唾を呑んだ。


「俺がアルマとしての意識を保っていられるのは、もう長くはない」

「それ、は……」

「近い未来、俺は()()に呑まれるだろう」


 過去、魔王が尽く人間を排して来たのは、魔王となった者の意思ではなく――今この俺の中に眠る、無尽蔵の殺意と悪意。かつてのディエザリゴもその本能とも言うべき衝動に駆られ、意思を剥奪されたのだ。


 恐らくきっかけは些細なもの。

 例えば、この力で以て何者かを()()()()()あれば、身体の内に眠る破壊衝動はたちまち増幅され、俺を飲み込んでいたことだろう。


 今まで俺がそうなるのを防いできたのは……他でもない彼女である。


「俺から切り出さずとも、きっとお前は分かっていたのだろうな」

「……アルマ様」

「だが何故言わなかったとは言うまい。お前が話さなかったのなら、何か理由があったということだ。違うか?」


 俺の問い掛けにステラは首を振って答えた。


「ええ……知っていました。アルマ様に殺めないで欲しいとお願いしたのも、力を抑えるように進言したのも同じ理由です。今まで伝えなかったのは――自分から気付けなければ意味がなかったからです」

「では、これは自分で気付いた内に入るか?」

「ディエザリゴ……に教えられたのですか?」

「遠回しな言い方であったが、ほとんど教えられたようなものだな」

「では、きっと駄目でしょう。それを知ったアルマ様は、()()()()()()()()()に力を振るわない、そういうことになりますから」

「……ふむ。なるほど」


 ステラが何を伝えようとしたのか大体理解ができた。

 だが知ってしまった以上、それ以外の感情で力を抑えることはもうできない。そしてその抑え方では、いずれ飲み込まれる未来は変えられないということなのだろう。

 感情の昂りを抑えられなくなる日が、いつか訪れる。


 その日が俺の、アルマという存在の終焉だ。


「あのぉ、どういうことっすか? まだ魔王じゃないってことっすか?」

「お前の解釈でもまぁ間違っちゃいないな。そうだ、今は大丈夫だが、このまま行くと俺は前魔王ディエザリゴのように、人間も魔物も容赦なく殺戮して回る災害に成り果てる」

「そ、そりゃ、やべー……ってもんじゃないっすよ!? 魔王の再来っすよ!?」

「そうだと言ってるだろ」


 驚き慄き、腰を抜かして雪に埋もれるカスクードの反応は何も大げさではない。

 俺が魔王だと知らされた次の瞬間には、災厄になると間近で告げられたのだ。


 リザールシックの町では魔王が畏怖の対象であると痛感した。

 魔王は人間の敵でもあったが、決して魔物の味方でもない。ステラを傷付けたように、他の魔人も、魔物も、逆らうものは全て屠って来たのだろう。

 俺の中に眠る()()とは単なる強大な力ではなく、そういう支配の意思そのものなのだ。


 そして……俺ならば抗い続けられるなどという、根拠のない自信は持てなかった。

 今はできても、終わりは訪れる。いつになるのかは、分からない。

 きっと些細なことで感情が揺れ動く度、暗闇から魔王の手が這い出て俺の魂を食らい、少しずつ俺は消えてなくなるのだろう。


 似たような感覚はあった。だから腑に落ちたのだ。

 あの時も……俺が勇者として旅している時も、魔王を倒す使命感に駆られていた。

 アレが正真正銘俺だけの意思であったかと問われた時、俺は頷けない。勇者という存在そのものの意思が介在していた可能性を否定できないから。


「俺の望むような未来は、難しいか……」


 到底受け入れられる真実ではないが、理解はした。

 抗うことを止めるつもりはないが、俺には時間が残されていないのもまた確か。


 何故俺が。一瞬だけそう考えてしまったが、全く無意味な思考である。

 ただ運が悪かっただけかもしれない。勇者として道半ばで死んでいた方が幸せだったかもしれない。それとも俺がもう少し聡明だったら、人間に殺されなくて済む選択をできたのかもしれない。


 そんなものは、過ぎ去った過去を前提としたシミュレーションだ。

 今がそうなっていない以上、妄想に意味はない。


 ……さあ、せめての平和な余生が望めないのであれば、俺は次点に何を望む。

 無論、保険の話だ。こうして拾った命を簡単に諦めたわけではない。


 それでも考える必要がある。魔王になるのを止める手立ては考えつかないが……魔王を終わらせる手段ならば、思い付かないわけではない。


「俺が魔王になったら、ステラ……お前はどうする?」

「どうも致しません。お傍に居りますよ」

「そうか。一応聞いておくが、カスクードは?」

「俺ぁステラ姐さんと繋がってるんで逃げられんねっす……死ぬっす」

「そうか」


 どうやら俺の元を離れる気はないようだ。

 で、あれば。


「――まぁ、努力するしかないな。そろそろ城に戻るか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ