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勇者様は魔王様!  作者: くるい
4章 死と腐敗の王
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79話 本来ならば……


 死霊族。

 その姿は様々だが、死霊族は生物だったモノを媒介として活動する。


 生物が死んで蘇るのではなく――死体から生まれる新たな生命体、それが彼ら死霊族だ。

 同じ死体であるアンデッドと異なる点は、彼らが死体の持ち主とは異なる存在であることだろう。


 死霊族から溢れ出る強大な魔力。

 魔王の瘴気が洩れる一帯を上書きし、死の香りが漂う。


 互いに短い間睨み合った後、死霊族は白骨した右手を前方へ伸ばした。

 何もない空間が縦に裂けると、彼の手元に骨を加工した杖が現れる。


「戦うつもりですか」

「事と次第によってはな。まずは貴様、そのアンデッドを儂に返せ」


 杖の先端が地面を叩くと、金属を弾いたかのような硬質な反響が鳴った。

 魔法の発露――白い雪が灰と紫に侵食されていく。


「随分と所有物への執着が強いのですね。そんなに失いたくないのでしたら、遠くへ放さず後生大事に傍に置いていれば良かったのではありませんか?」

「不愉快だぞ小娘。貴様が儂の隷属を破棄し、支配を奪い取ったのであろう」

「……元々この者の生命を()()()()()のは、貴方でしょうに」

「暗に奪われる方が悪い、そう言いたいのか?」


 ステラは言葉を返さない。

 後ろ手にカスクードを隠すように退避させ、眼前の死霊族同様に魔力を高める。


「お、俺……なんだか分からねぇんすけど、怖いっす……!」

「大丈夫です。私が居りますからね」


 ステラは振り返らぬまま頭を撫で、カスクードを安心させる。

 だが言葉とは裏腹に、カスクードを守る手に震えが残っていた。


 それもそのはず――単純な保有魔力でステラは眼前の死霊族に大きく劣っているのだ。

 しかも、それだけではない。


「あなた、()()ですね。一体何の用件で私達を追っていたのですか?」


 この死霊族は、()()だった。

 魔王と魔人に明確に差が存在するように、魔人と通常の魔物にも大きな隔たりがある。


 魔人には絶対に勝てないという訳ではない。

 しかしステラは、己の()()()()()()()人間界(あちら)へ切り離していた。

 仮に戦えば敗北は必至である。


「ん……? 何、この儂を知らないだと? いやそうか、姫君である貴様に外界の知識を得る機会などなかったな」

「私は……姫君ではありませんよ」

「今は、であろう? 貴様のことは良ぉく知っているぞ。ディエザリゴに拉致され、魔人資格を失った長命族の姫君だ。しぶとく生きているとは思わなかったが」


 ――相手はこちらのことを良く知っている。

 翻って、こちらは相手の情報を持っていない。


「貴様だな? 魔王を――アレに()()()()()!」


 突如、彼は大声を張り上げて激怒した。

 直接脳を揺さぶる雄叫びと共に、冷気で形成された槍の嵐が射出される。


 実力では到底敵わない。

 前面へと展開した防御障壁は容易く打ち壊され、手足と腹部を貫通していく。

 急所だけは辛うじて回避したが、もう次の攻撃に耐えられないだろう。


 膝を付いたステラは、死霊族が激昂した言葉を反芻する。

 今の言葉で彼が此処へ足を運んだ理由には察しが付いた。


 そのあまりにも傲慢な思想を前にして、乾いた笑いが溢れ出る。


「移したとは……何が言いたいんです?」

「笑わせるな! 貴様ほどの魔法の才があれば儂の契約を上塗りできる――ならば魔王の継承先を挿げ替える芸当もできるだろう。そうでなければ、次なる魔王は儂へと降りるはずだった! 違うか?」


 彼は本来ならば自分が次の魔王だった――ふざけたことを言うものだ。

 ステラは軽蔑の視線で睨み、口腔に溜まった血を吐き出す。


「ええ違います、あなたのような有象無象に魔王の資格はありませんよ」

「あぁ……? 貴様ァ!」


 魔王とは、そんな軽いものではないのだ。

 彼がどれだけの実力を持っていようが、魔王の継承とは何の関係もありはしない。


「あなたは()()()()に勝てないからこそ分断し、こちらを狙った。あわよくば私を人質に取り有利に事を運ぼうと考えているのでしょうが……馬鹿らしいですね。我こそが魔王だと言うのであれば、直接倒してしまえばいいはずなのに」

「それが出来れば——」

「それができないから、あなたは魔人止まりなのですよ」


 吐き捨てる。

 暗い血と共に侮蔑の念を込め、足元の雪に散らした血液へ術を込める。


 魔力は垂れ流すだけなら誰でもできるが、自在に操るのには才能と努力が必要だ。とりわけ純粋な魔力であれば、空気中に漂わせておくだけでも神経を使う。

 だが物体に蓄積した魔力——例えば体液に込められた魔力であれば、そう大した神経は要らない。


 本来制御の必要がある魔力は、物体に縛られることで何をせずとも固定化されるから。つまりはステラが周囲に撒いた血は、ただの窮地ではなく——魔法を放つ前準備。


大地よ(グラウンド)歪曲せよ(ディストーション)


 まあ尤も、血液を媒介にした魔法など最終手段でしかないのだけれど。

 ステラにとっては、その魔法一つで救援を上げるには充分であった。


 魔力で膨張する血液が雪と大地を溶かし、地形そのものを崩していく。範囲は死霊族をも巻き込む大魔法を、当然足元は崩れ落ち、ステラ諸共大穴に呑まれていく。

 だがそれでいい。


 視界が遠くなっていく。

 自ら身を放り投げ、歪めた世界の穴に落ちていく。

 死霊族は咄嗟に宙へ浮き上がることで歪みに巻き込まれるのを回避したらしいが——想定の範囲内。


 自由落下に身を任せ、隣のカスクードを近くに抱き寄せる。

 

 遥か背中の向こうで、何よりも濃い魔力の気配が膨れ上がった。重力に吸い寄せられるステラの身体が、ふわりと途中で停止する。

 その真横を小さな影が通り過ぎ——遥か上空にて、死霊族と対峙していた。


「お前か、下らん策略を巡らせていた奴は」

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