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勇者様は魔王様!  作者: くるい
4章 死と腐敗の王
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78話 邂逅するは死


 強力な魔弾の一撃を回避するため、俺は止むなく階下へ飛び降り回避する。

 ――瞬間、背後で生じた破壊の波が天井ごと俺を呑み込み、余波で地面へと叩きつけられた。


 空中で受け身を取って即座に起き上がるも、視界に赤が紛れ込む。

 額から流れる血液が瞳を濡らしたのだ。

 直撃こそしていないのだが、今の俺が傷を負うとは。


 かつて相対しこの手で葬った魔王、ディエザリゴ。

 煙の中、魔力光の中ではっきりと映った姿が寸分違わず彼と合致する。


 禍々しい二本の角。夜闇のような漆黒の肌。

 彼が持つ威圧感は、他のどのような魔物とも一線を画すものだった。

 しかし、今の彼からはそこまでの力は感じない。


 確かに眼前に居る存在の魔力は変わらず強大である。

 魔人スタークスと比べても遜色ない力があるといえよう。


 けれど、誰かと比べられる程度の力であった。


「アンデッド化しているようだが……死体は残っていないはずだ。何故ここにいる?」


 俺の問いに返事はなく。

 既にディエザリゴは攻撃の予備動作に入っており、背面の中空に六つの鈍色が光り輝いた。


 先程の魔弾と同く、超高密度の遠距離砲撃である。

 人間の頭一つ分を一回り上回る球体が緻密な魔力操作で拡散、放物線を描いて俺へと突き進む。


「避ければ地下が持たん、か」


 回避だけなら不可能ではないが、この地下は確実に砲撃に耐えきれず崩落する。

 生き埋めになれば今以上に面倒極まりない。


 そう判断した俺は回避行動を止め、地下内壁の手前に円状の結界を敷く。

 強度は魔王城に展開した物よりも更に強靭に。

 その上で――降り注いだ鈍色全てを、この身を盾に受け止めた。


 直撃が六連、重なり激しく炸裂する振動と明滅とで視界が揺らぐ。

 以前に受けたドラゴンブレス――よりも鋭い痛み、内臓にまで伝わる衝撃波に俺の小さな体は耐えられず、後方へと押し飛ばされる。

 勢いは背後の結界へと打ち付けられ、ぴしりと結界に裂け目が生まれるところでようやく静まった。


「直撃は、流石に応えるな」


 ずるりと地面へ落ちると、口から僅かに血が吹きこぼれた。


 久方振りの傷と言える傷を目にして、身体の震えを感じる。

 この震えは恐怖や怯えを源泉に来るものじゃない。

 高揚感のある昂り、目の前の相手をぐちゃぐちゃに壊してやりたいという――黒く絡みつく感情。


 しかし。


「ちっ――死体も二度殺さん方がいいか?」


 ふと、俺の脳裏にステラの言葉が過る。


『殺さないで……くださいね』


 人間界侵攻の軍を押し留める前、魔王城で言い放たれたあの言葉。

 何を意味していたのか、俺は未だに理解はしていなかった。


 しかし心のどこかで重く心にのしかかっている。

 別にこういった状況下を想定された言葉ではないはずだ。


 ただ俺の脳内で反芻されるということは、考えた方が良い事柄なのだろう。

 そうしていると俺の中の感情は徐々に冷え、最初からなかったかのように静まり返るのだ。


「まあ良い」


 戦闘中だ。今はそのようなことを考えている暇はない。


 思考を割くべきなのはディエザリゴが放った攻撃と、俺の身体に与えた影響である。

 まぁ直撃したところで致命傷にはならないが……冷静に考えて、何度も直に受けていい攻撃ではない。

 もっとも、相手としてもこの規模の攻撃を無限に繰り出せるとも思えんが。


「いいや、傀儡に限度を期待するのは無理があるか――では、次はこちらの番だな」


 一歩前へと踏み出し、全身に力を漲らせる。

 相対する彼は俺の接近に気付いたか否か、自身の目の前に巨大な渦を作り出した。


 その禍々しいものを垣間見て、姿形に見覚えがあるのを思い出す。


 あれは魔王城の大広間。勇者として戦った最終決戦でのこと。

 魔王ディエザリゴを追い詰めた先で発動させられた魔法と、今彼が放ったものが酷似している。


 その魔法の特徴として、精霊などの属性が介在しない。

 強いて言えば虚無を塗り固めたような黒。星明りのない夜空のような幻想と恐怖。

 魔力が螺旋を描いて中心部へ収縮し、あらゆる物を呑み込む禍々しい黒点(ブラックホール)だ。


 周囲に張り巡らせた俺の結界が黒点に吸い寄せられ、ひび割れて欠けた先から吸い込まれていく。

 彼に近付こうとした俺の身体からも同様に魔力が吸われ、力が徐々に失われていく。


「ちっ……これ以上()()()()()()()不味いな」


 この黒点には続きの段階がある――はずだが、俺はそれを知らなかった。

 魔法が終局を迎える前に、サラ・アルケミアが全力の精霊魔法で黒点そのものを打ち消したからだ。

 即ち最後まで発動させていけないと彼女が判断したということ。


 だが、打ち消すなどという芸当は俺にはできない。

 しかし今の俺ならば、圧倒的なまでの暴虐で黒点を塗り潰すことはできる。


「いいだろう、力比べだ!」


 接近する最中に貫手を作り、手首から先に魔力を纏う。

 そして引っ張られる力の流れに自ら乗り――黒点ごと、ディエザリゴの胴体を一気に貫いた。





 ◇





 ステラは出入り口の塞がれた穴を見つめていた。


 先程発生した大地の揺れ。

 まるで魔王アルマとの分断を狙ったかのように地下への道が押し潰れ、積雪に沈んで見えなくなる。


 地下へと入った彼の身を案ずるわけではない。

 ただ胸中で僅かに生まれた不安に気付き、ステラは眉をしかめた。


「や、やばいっすよ! 生き埋めっす! 早く助けないと!」

「いえ、アルマ様ならばさして問題もないでしょう」


 やろうと思えば、付近一帯の土地を容易く塵にできるのが魔王という存在である。

 通常の魔物ならばいざ知らず、生き埋め程度で彼の行動が脅かされるハズもない。


「……それより、嫌な気配がします」


 その気配とは、息を吸うだけで咳き込みそうになるほどの死臭と灰の臭い。

 背後から一つ。背中から心臓を抉ってくる、強力な魔力の気配だ。


 ステラが振り返れば、そこにはぼろ切れの灰布を纏う骸骨が立っていた。


「とうに見初められ死したものかと思っておったが……儂の物を簒奪したのは貴様だな? 長命族の姫君よ」

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