77話 数奇な縁
魔王城周辺の森には、奇妙で異質な魔力が流れている。
アレに形はないが、様々な色の線が螺旋のように渦巻いているイメージだ。
アレに質量はないが、そこにあれば全身に重さを感じる。
外からの明かりはあまり差さない。
生物の気配もほとんど存在しない。
これは一度森から外に出て、町で過ごしたことで得た認識だ。
俺達が暮らすあの場所は最低最悪の環境で、到底近付けるものではないのだと。
「こ、こっちの方だったはずっすよ」
怯えながら先頭を歩くカスクードの背を追いながら、俺は雪で白く染まる世界を眺めていた。
勇者だった頃は魔界全土が戦場という認識だったから、異質な空気にもなんとも思わなかったものだが……。
「今更ながら、この辺りは異質な土地だな」
「ええ。魔界中どこを探してもこうした場所は存在しないでしょう」
「それは魔王が居城にしているからなのか?」
「原因の一つではあるかもしれませんね。しかし……それだけではないと思いますよ。他の土地に比べて竜脈の流れも複雑ですから」
ステラは地下を指差す。
「様々な地点の中心にあたる場所、ということです。魔王は敢えてこの場所を選び、居住していたのかもしれませんね」
「ふむ……」
ステラが感じるほどの微細な状況は掴めないが、言いたい事は分かった。
とするならば、近い内周辺を再び探ってみるのも悪くはないかもしれない。
「えーとどこだったかなぁ……あっ! こっちの方っす!」
目印でも見つけたか、カスクードは叫びながらその方向へと走っていく。
「見つけるのが早いな。何か変わったものがあるようには見えんが」
「あーちょっとしたコツがあるんすよ! 銀鼠ってやつがいましてね、ソイツが氷霜樹の実を好んで食べるんで実じゃなくて足跡を捜す感じっす」
「ほう。まだ活動している動物が付近に居るのか」
「魔王がいないってんで、隙を見て実を取りに来たのかもしれないっすね!」
注視すれば、雪の降り積もる中に僅かに小さな穴がぽつぽつ続くのが見える。
動物が歩くことで押し潰された雪が固まり、そのまま残っているのだ。
今も雪が降り積もり続けているため、少し目を離せば消えてしまう程度のものだろう。
「ここを通り過ぎてからそう時間は経っていないようだな」
「っすね。これを見つけたらとにかく追うっすよ!」
カスクードの案内に従って、足跡が消えてしまわぬように追いかける。
しかし、ある地点でその足跡は忽然と姿を消してしまった。
「見失ったようだな」
「こりゃ地下に続いてるんすね。ほら見て下さい、雪に埋もれちゃってますけど、穴が深いっすよ」
「言われてみれば……」
カスクードが穴を広げるように手で掻き出していくと、雪に埋もれていた穴蔵が出現した。
人間一人ならどうにか入れそうだ。冬眠用に掘られたものだろうか。
「氷霜樹の実は地下に生るものなのか?」
「いやどうっすかねぇ、普通に地上にある樹なんすけどね。この穴蔵の大きさじゃ銀鼠の巣ってわけでもなさそうですし……ヤバい魔物の巣に繋がってるかも」
「銀鼠が地下に向かったのであれば、一応確認はしてみよう」
「だ、大丈夫っすか? ここらの魔物はアンデッドとは比べ物にならないっすよ?」
「問題はない」
カスクードの横に腰を降ろし、右手に込めた魔力で邪魔な雪塊を散らす。
内部を確認するなら背の低い俺が適任だろう。
カスクードに先行させても良かったが、万が一喰われても困るからな。
「中を確認してくる。待っていてくれ」
二人へそう言い残し、俺は掻き出した穴へと飛び込んだ。
しかし、冬眠のために掘ったにしては、随分深い。
そう疑問に感じながらも先へ進むと、ある程度進んだところで足場がなくなった。
どうやら下には大きな空洞が広がっているらしい。
「むう。見えん……しかし俺は魔法が不得手だしな」
ここまで奥へ進んでしまうと光源がないため、目の情報に頼れない。
火魔法なら光源の代わりにできるが、閉塞された空間での使用は確か危険だったはず。
「まぁ、声の反響や魔力の流れでなんとなくは分かるか」
ひとまず分かることとしては、空洞は広く横に広がっていること。
それに高さもある。
一度飛び降りて下に行けば、空でも飛べない限りこの穴から地上へ戻るのは困難と思える。
と、その時点で穴蔵が冬眠用のものではないことには察しが付いていた。
銀鼠がこの広い地下を使い、実を運ぶ通路として使っていた可能性は充分に考えられる。
これ以上一人で深く潜る理由もなさそうだな。
奥へ進んで銀鼠の巣を探すにせよ、俺よりステラやカスクードの方が調査能力は高い。
しかし。
一度地上に戻ろうと考えた瞬間、大きな地鳴りが足元を揺らした。
うっかり落ちないよう壁に五指を突き刺して身体を固定するが、揺れは止まない。
「……何だ?」
原因は探るまでもなかった。
暗闇の中で視認できないが、大きな魔力反応が下方で波動を起こし地下空間全体を震わせているのだ。
次の瞬間、俺へと向けて魔力の奔流が撃ち込まれる。
鈍く輝いたそれのお陰で空洞全域に光が届き、撃ち込んだ物の姿がはっきりと映し出される。
その姿は――ただの魔物ではなく。
「ディエザリゴ――? 何故、お前が」
かつて俺が殺したはずの魔王が、俺へと敵意を向けていた。
更新頻度ばらばらで更にめっちゃ間隔空いてるの、誠に申し訳ない!
中々忙しくて落ち着かないこともあって毎日更新はもう復活できないけど、そのうち土日固定更新にしたいと思ってます。




