76話 魂の在り処
町の外へ出る際、俺達は警備をしていた竜人に呼び止められた。
アンデッド回りの騒ぎの他に、外では魔力の乱れがあちらこちらで生じていたらしい。
結界の内側からでは感知できなかったものだが、外に出てみれば空気中に漂う魔力の流れが変化していることが分かる。
「外、天候荒れる。それに魔物も出る。お前タチ危ない」
「へっへへ、大丈夫っすよガルタの兄貴。なんてったって、町のアンデッド騒ぎを鎮めたお方っすからね!」
「そうナのか? そうだお前タチ、魔王城から来てた……なら心配なイな。でもオマエは駄目だ」
「はぁ!?」
「オマエ、弱イだろ。外歩いたら氷漬けナる」
竜人は俺達が通過した瞬間、太い指先で盗人族の首根っこを掴んだ。
ぐぎゃと小さな悲鳴を上げた彼は、俺に助けを求めるように手を伸ばしてくる。
「手を離してやれ。道中は守ってやるつもりだ」
「そうか、ナらいい」
「うおわぁっ!」
急に離され、盗人族は再度の悲鳴とともにつんのめり――地面に強打した右腕が、二の腕半ばからぱきりと割れ吹き飛んだ。
あ。
しかし、血は出ない。
ただ、それは風に吹かれごろごろと奥へ転がっていく。
「っとと、いつつ……あれ?」
立ち上がった彼はない右腕を上げ――首を傾げた。
竜人は驚きのあまり硬直し、吹っ飛んだ腕を呆然と見つめている。
数瞬遅れ、彼は己の身に起きた事態を理解した。
「お、俺の腕が!」
「なんデ腕が、オマエ脆すぎる! やっぱり、外駄目だ」
「はぁ!? お前がやったんだろうがこのッ、畜生腕がいてぇ……いて……あれ、痛くない」
二の腕を抑えるようにするが、痛みはないらしい。
彼らのやり取りを横目で見ながら、俺はひとまず転がっていった腕を拾い上げる。
「ステラ。切断された腕を繋げることは可能か?」
「どうでしょう……」
腕を彼女へと渡す。
断面を眺め、ステラは目を鋭く細めた。
「……なるほど。回復魔法では駄目そうですね。ですが傷口を縫合して、死霊系統の魔法で代用すればどうにかできそうです。やってみましょう」
彼女は切断された腕に対して魔力を這わせながら、言い争いを続ける二人の間へ割り入る。
「失礼しますね。腕を出してください」
そして切断面を盗人族の右腕に合わせ、魔力で練り上げた細い糸で手際よく縫い付けていった。
繊細かつ素早く進む処置に二人が戸惑っている内に縫合は終わり、最後にステラが魔法を詠唱する。
「……お、おお、おおお動くっす! スゲー!」
「スゴいな。取れた腕治せる、オマエすごい奴だ」
「どういたしまして。地竜族のあなたは力加減を考えた方がいいですよ。それと盗人族のあなたも、身体が脆くなっているのですから気をつけましょうね」
「へ、へへーっ! ありがとうございます! ありがとうございます!」
「行きますよ」
何事もなかったかのように盗人族を引き連れ、ステラが戻ってきた。
「相変わらずステラの魔法は繊細だな、助かったよ」
「不安こそありましたが無事に成功して良かったです。後、今ので新たに分かった事があるのですが……」
俺の耳元まで唇を近付けると、ステラは囁いた。
「――彼をアンデッド化した何者かが、背後に存在します」
「む……魔法を掛けた時にでも感じたか?」
「はい。意図は分かりかねますが、私達の所に彼が現れたのも裏があるかと。どうしましょうか」
「そうだな……」
腕が吹き飛んだ時はどうかと思ったが、思わぬ収穫もあったな。
しかし、アンデッド化は人為的に引き起こされたものか。
俺は町の方へと振り返り、内部の生体反応を確認していく。
こちらは最初と変わりはないようだ。
誰かが盗人族と同じ状況に陥っている様子はなく、アンデッドの増殖が目的という話でもないのだろう。
「分からんな。まだ好きにさせておくか」
「と、いいますと?」
「隠れたソイツが本性を見せるまで待ってやろうというのだ。目的も俺達側にあるようだしな」
言って、町から視線を切る。
目的が町の方なら、アンデッド化した盗人族をぶつけてわざわざ異常を見せつけてきたりはしない。
つまり俺達がいなくなった後の町の心配をする必要がない、という――……?
何故俺は、いつの間にか町の心配をしているのだろう。
……ああそうか、目的の酒が入手できなくなるのが困るからか。
「ところで、ステラ」
「はい?」
「お前が俺の知らぬものを進んで話してくれるのは、俺が隠し事をするなと言ったからか」
「ええ……あの、良くなかったでしょうか」
「いいや。ありがとう」
「――っ! はいっ」
ステラは本当に忠実な女だ。
いつも俺に付き従い、まるで従者のように全てをこなしてくれる。
俺の頼み事は必ず聞き入れ、交わした約束も必ず守る。
気負わせていないか不安になった。
「もう少し肩の荷を下ろして良いのだぞ。もっと気楽で良いということだ」
「ふふ。充分に気楽にさせて頂いていますよ。元々私がどうしていたか知っているでしょうに」
「それはそうなのだが……」
「けれど、心配して頂きありがとうございます。私は大丈夫ですよ」
――彼女は一度微笑むと、耳元からゆっくりと離れ腰を上げる。
「ひゅーひゅー……なーんかお熱いっすねぇ。俺はこんなにも、こんなにも凍え死にそうなのに! 腕も取れた戻してくれたけれども! なんでか冷たいっすよ~温かくないんすよ~肌が!」
「あー……盗人族」
「でも寒くないんすよ! なんすかこれ! どういうことっすかこれ! ねぇ長命族のおねぇさん!」
まとわり付いてきた盗人族がステラの足元で踊り狂う。
その肌は外気に晒されて冷たくなっていた。
結界の外に出た身体。外気の影響で急激に体温が奪われたのだろう。
それで身体が脆くなって、少し小突かれただけで破損したのか。
もし彼が生きているならとっくに活動できる体温ではないが、ステラの魔法で動けるようになっているのだ。
よく見れば、小さな魔力の線が盗人族からステラへ繋がっていた。
先程の魔法を行使する前はなかったものである。
「ステラが盗人族を使い魔に置いたのだな」
「はい、少々異なりますが概ね正しいですね……知識にある術式を初めて出力したものですから。さて――盗人族、といつまでも種族で呼ぶものではないですね」
小さく飛び跳ねている盗人族の頭をむんずと掴み、ステラは言う。
「カスクード。私の前で暴れるのはやめてください」
「ぴゃっ! なななんで俺の名前知ってるんすか。後で名乗ろうかって思ったんすけど」
「あなたは墓で死にました。アルマ様にも言われていましたよね。誠に勝手ながらあなたの記憶を読み取りました。あと私の眷属になったからには、もう聖水や食糧を盗むことは許しませんよ」
「げぇっ……! ちょいと意味が分かんないっすねぇ、ぴゅ~ぴゅ~……ははっ」
「下手な口笛では誤魔化せませんよカスクード。それと、墓での記憶を幾つか失っているようですね、でも自分が死んだことには薄々気付いているのでしょう? 後は、あなたが正しく己を認識するだけです」
盗人族……カスクードはステラの手から逃れると、慄きながら一歩ずつ後退りその場に尻を付いた。
「ははは……やっぱり俺、俺っ……死んでたんすね」
「そして目覚め、その時誰かに唆されて一直線に私達のところへ来ましたね。覚えてますか?」
「は? そんなの当たりま……えぇ? 覚えてない、っすね。なんで俺……あれぇ?」
「覚えてなければいいですよ。やはり、探れないよう細工は施していますね。カスクード、以降は私のことはステラと呼んでください。いいですね」
「ステラ……、あのう、様も付けた方がいいっすか?」
「要りません。私はカスクードの上の立場として振る舞うつもりはありませんから。あなたを殺し、あなたをアンデッドにした者とは違いますよ」
カスクードの表情から、困惑と不安の入り混じった色が徐々に薄れていく。
彼はようやく、自らの主を正しく認識した。
差し伸べられたステラの手を取って、彼は地面から尻を離す。
「さあ、行きましょうか」




