75話 魔王城周辺の再調査
目的が新たに見つかったものの、即出発とはならない。
俺もステラも氷霜樹の実の形や在処など知らないからだ。
何度も魔王城周辺は探索しているが、それらしいものは記憶にない。
というか素人が特徴だけ知っていても、目当ての物を探し当てるのは難しいだろう。
故に少女に同道を頼もうとしたのだが……。
「――わ、わわ私が一緒に行くのは無理ですよ!?」
「魔王が居ないと言ってもか」
「採取中に戻ってきたくるかもしれないですし……と、とにかく無理です!」
両手を前に出してまで全力で拒否され、むぅと唸る俺。
まぁこれだけ怖がられているのだから、本人が居ないとはいえ押し切るのはやめておこう。
「無理強いをするものではありませんね。アルマ様、行きましょうか」
「ああ。適当にそれらしいものを幾つか摘めば、当たりも見つかるだろう」
「え……闇雲には探しませんよ? 他に氷霜樹の実を知っていて、付いてきてくれる方を探せばよいのです」
「そんな珍しい奴がいるか?」
彼女の怯え方を見ると、他の連中に頼めるとも思えない。
「丁度良さそうな方が居たではありませんか。ほら、手癖の悪そうな盗人族の彼です。近辺の情報には詳しいと思われますよ」
「奴か……あまり頼りになるとは思えんのだがな」
「頼りになる、とは私も思っていません。ただ彼が実の知識さえ持っているのなら、危ない橋でも渡ってくれるでしょう。大きな利益が得られますしね」
希少な酒の原料ともなればそうだろう。
通常は断られるが、盗人族なら承諾してくれる可能性は高い。
もっとも、彼が氷霜樹の実を知っていればの話だが……。
そんな俺の懸念は、直後に消失した。
「話は聞いたっすよぉ!」
その時、ばんと扉が大げさに開け放たれたのだ。
俺達の目の前で両手を広げているのは、どこか死臭の残る盗人族そのもの。
「俺っす、俺っすよ旦那ぁ!」
「お前臭うぞ。死体を片付けた足で店に入ってくるな」
「すんませんっ!」
「しかも盗み聞きしていたな」
「いやいや! そんなつもりじゃないっすよ、ただ扉の前でちぃーっと話し声が聞こえましてね? 耳に入ってきちゃうじゃないっすか」
大げさな手振りと大声で言い訳をする盗人族。
まあ、聞かれて困る話はしちゃいないからいいとして。
むしろ手間も省けて丁度良かったと言える。
しかしなんだ、雰囲気変わったか?
元々肌が緑色で分からないが、少々血色が悪くなったような気もする。
「お前、臭いぞ」
「二度も言わなくてもいいじゃないっすか!」
「身体くらい洗ってから出直せ」
「洗えたら苦労しないっすよ……そんな金銭的余裕は俺ないっす」
彼は困り果てた様子で首を傾げた。
ステラが俺の肩に手を載せ、小声で告げる。
「アルマ様。この方死んでますよ」
「ああ、そのようだな……待てなんだって?」
「心臓が鼓動をしていません。恐らくアンデッド化していると思われるのですが、妙ですね」
「……言われてみれば。死臭はこいつ自身から来ているらしいな。だがさっきまでは生きていたぞ」
「私にも分かりません。仮に別れた直後に死亡しても、すぐにアンデッド化などしないのですけれど」
「ちょ、こそこそ何を話してるんですか! 俺氷霜樹の実のこと知ってるんすよ! いいんすか、貴重な人材っすよ!」
やかましい奴だな。
しかしアンデッド化しているのに、生前と変わらない様子に見える。
「ところでお前、頭でもぶつけたか?」
「それって俺のこと馬鹿って言いたいんすか!」
「いやお前……隠すことでもないな。死んでるぞ」
「えぁ? し、死んでないっすよぉ~何言ってんすか死体が喋るわけないじゃないっすかあはは!」
盗人族は腹を抱えて笑っている。
その大げさな仕草からは何も見て取れないが、彼の心臓は今も全く動いていない。
間違いなく死んでいるし、血色が悪い理由も分かった。
その割に呼吸はしているみたいだが……空気を肺に送っているというより、喋るために使っているだけのようだな。
まさか自分が死んだことに気付いていない?
「どうでも良いか。氷霜樹の実を知っているなら話は早い、森へ行くから付いてきてくれ」
「へへ……報酬は頂けるんすよね?」
「構わん。こっちは俺達が飲める分量だけ手に入れば良い」
「さすが旦那! 太っ腹ぁ!」
「やかましい。旦那というのはやめろ」
両手を擦り合わせて店内に入ろうとした盗人族を外へ蹴り出し、流れで表へ出る。
念の為周囲の気配を探ってみたが、彼と同様の症状が発生している者はいないようだ。
ステラにも心当たりがないとなれば、俺が探るだけ無駄だろう。
「……アルマ様。視線を感じます」
「どこからだ?」
「いえ……そこまでは。ただ、見られている感覚だけが残っていて」
俺も再度周囲へ意識を配る。しかし、そんな感覚はない。
少し考え込み、そこで思考を取り止めた。
「何かは知らんが好きにさせておこうか」
「分かりました」
アンデッド化に続いて死んだ盗人族の登場。
どこか作為的な物は感じるが、何をされようがこちらは構わない。
問題が表面化した後、真正面から対処すればいいだけなのだから。
「早速行くっすよ! 大船に乗ったつもりでいてください!」
ああ、腐ってないといいな。




