74話 希少酒
酒屋店内にて。
俺は腕組みをして、棚に並ぶ酒を物色していた。
「……うむ」
どうやら、置かれている酒の種類は少ないようだ。
こじんまりと設置されたカウンターがあり、両脇の棚に同じ酒樽がびっしり敷き詰められている。
種類が分かったのは、棚に貼り付けられた木札に銘柄が刻まれていたからだ。
とはいえ、文字は読めても何を意味しているのかはさっぱりである。
書かれているのは魔界の原産地などだろうか。
どれも人間界で耳にする種類の酒ではなさそうだし。
「どのくらいを買っておけば良いだろうか?」
「お好きなようにして頂ければ。長持ちしますので」
「ふむ……あ、今更だが金はあるのか」
「その辺りはご心配なく」
懐に手を入れると、ステラは幾つかの魔石を取り出していく。
なるほど、金や銀ではなく魔石を取引に使うのか。
さて……とりあえず匂いを嗅いではみたが、酒の違いは大して分からん。
ならば銘柄を全て買っていこう。
そう思い店頭に積み上げていくと、店主が目を見張るようにこちらを見つめていた。
二対の翼を生やした女……少女? だろうか。
俺より背は大きいが、頭一つ分も差がない。
種族は不明だが、少なくとも戦場では見たことはない気がする。
小人族と似たような種族であれば、これでも幼体ではないのだろうか。
「あのぉ~……お酒、お強いんですか?」
ぽつり、と一言。
彼女は背中の羽を揺らしながらそう呟いた。
「む、これだと多いのか?」
「いえその、足りるかという話をされていたので気になって。外から来られたんですよね? しばらく滞在されるんですか?」
「いいや、酒を買ったらすぐに町を出るつもりだ」
「なら一樽にされると良いかと。自分の体積より多いものを無理に飲んでは毒でしょうし……持ち運びも大変だと思いますし」
「少ない方を勧めるんだな。沢山買った方が店としてはありがたいのではないか?」
「えっ? あ、えと、それはそうなんですけど……」
翼を畳み、店主はどこか返答しにくそうに顔を背ける。
酒樽の大きさは、俺の背を基準に胸元までの大きさだ。
これを三つともなれば、数日では消費できまい。
が、それは旅をしている前提での話である。
俺達が魔王城からやって来たという情報を知らない側からすれば、指摘するのも自然か。
まぁ彼女の言う通り、全部買う必要もないな。
それこそ、欲しければまた足を運べばいい。
「ではお前のおすすめはあるか? それを一つ貰おう」
「は、はい! おすすめは……あー、えっと……」
だが聞けば、彼女は棚を指差そうとしてそのまま固まってしまった。
「あー……おすすめできるものは、実は今、品切れ中でして」
「品切れならば良い。今この場にあるものの中で充分だ。どれがいい?」
「えと……今並んでいるのはその……あまりおすすめできるものではなくてですね」
「ふむ。それを店主のお前が言うんだな」
「す、すみません!」
今残っている酒は不味く、お世辞にも勧められない品質しか残っていないということか……。
「どうする?」
「私としましては粗悪品でも構いませんが……」
「俺も別に構わん、飲めんものは置いていないだろうしな」
「ええ。ですが折角なので、おすすめのお酒を口にしてみたいとは思いますね。何せ、アルマ様と初めて共にする酒席です」
「……だが品切れなんだろう?」
物がなければどうしようもない。
その酒が届く頃にまた町へ町を運ぶ、でも構わないのだが。
ステラは「そうですね」と首肯した後、店主へ視線を傾けた。
「お悩みのように見えますが、仕入れられない問題があるのでしょうか?」
「えと、実は……材料が氷霜樹の実なので、もう入手できないんですよね」
彼女は壁際の窓へと目を向ける。
その方角があるのは、魔王城。
「魔王が復活してあの城にいるのでは、とても採りに行けませんよ」
なるほど。
魔王城付近が原産地だったか。
あの付近は元々の瘴気も濃いが、魔王が居ると生物がほとんど寄り付かなくなるからな。
つまり採りに行けるのは、魔王が出現していない短い間だけのレア物だ。
前回の魔王ディエザリゴから直ぐに俺が現れたわけだから……ほとんど採れないじゃないか。
「ふむ。ステラがご所望なら、氷霜樹の実とやらを採りに行くとしようか」
「是非行きましょう。ただ、私も初耳ですので実がどこにあるかは分かりませんねぇ」
「え゛ぇっ!? いやあの、ちょっと待ってください、あそこには――魔王がいるんですよ?」
驚きの声を上げる彼女を前に、俺はステラと視線を合わせる。
この町での扱いはステラに任せるけれども。
「私達はあの森を通って来ましたが、魔王の気配はありませんでしたよ?」
そうか。隠すかぁ。
では、そういうことにしておこう。




