73話 因果応報
「う、うっひゃぁ~すごいっすね! めっちゃ強いじゃないっすか!」
アンデッドを処理して手近な所に纏めたところで、緑肌の男がヘコヘコしながらやってきた。
他にも遠目で見物していた連中が集まっているようだった。
中には最初に会話した狼獣族の姿も見える。
「特になんなんすか、あれ!? デカい障壁で押しつぶしたアレ! すげぇですよ旦那!」
「突然へりくだってどうした」
「へへ、強いやつに媚びるのは当たり前じゃないっすか!」
「そうか……」
そこまで堂々と言われるといっそ清々しい。
俺の顔よりも低い位置まで頭を下げる姿を眺め、問い掛ける。
「ところでお前、盗人族だったか」
「は、はい? そうですが……な、なんも悪いことはしてねぇですぜ!」
――盗人族。
非常に狡猾な魔物で、人が使う戦術を真似して使ってくる危険な連中である。
武器や道具も彼らに奪われればたちまち複製されるため、戦い方には注意しなければならないほど。
主に見晴らしの悪い山林や洞窟内に拠点を作り、彼らは夜間に移動し少しずつ人間界の領土へ攻め入ってくるのだ。一度町に入られれば家屋は全て荒らされ、男は殺害、女子供は人質に取られる。
と、いうのは知っている知識の一つ。
俺が生きていた時代に彼らはほぼ人間界には現れていないのだ。
魔物の混成軍にこそ盗人族は居たが、彼らに町まで侵攻されたケースはなかった。
まあ当然、良いイメージは持たないが。
目の前の彼を見て評するのであれば、確かに狡猾そうである。
「お前、聖水は持っているのか? 何か言ってただろう」
「い、いやぁ? 持ってねぇっすよ」
……ん?
「今の反応は何だ」
「へ? 俺はいっつもこんな感じなんですから! なんでもないっすよ! へへ、気にしないでくだせぇ旦那!」
今、持っているのを隠した様子に見えたのだが……流石に考え過ぎか。
「まあいい。処理はしておいたが、この数を墓に持っていくのは面倒だ。後はお前に頼む」
「も、勿論後は俺が――俺達がやっときますんで! ほらお前らも黙って見てねぇで運ぶっすよ! 早く埋めてやらねぇとまた復活しちまうぞ! 急いで急いで!」
彼は慌ただしくそう叫ぶと、率先してアンデッドの山に駆けていく。
「何俺らまで巻き込んでんだよ!」
「この数じゃ大変だろうし、まぁ仕方ねぇか……」
あまり乗り気ではなかったのだろうが、何人かが盗人族の後を付いていく。
ならば後は任せてしまおう。
「お疲れ様です、アルマ様」
振り返ると、すぐそこまでステラがやって来ていた。
軽く手を上げ返事する。
「疲労するほど動いてもいないがな」
別段大した事もしていない。
強いて言えば、アンデッドの返り血で外套を駄目にしないよう立ち回るのが面倒だったが。
しかし障壁で身を守ってしまえば後は作業と同じだ。
「思わぬ事件でしたが、良かったですね。今ので皆がアルマ様を周知しましたよ」
「それは良いことなのか?」
「少なくとも初見で舐められることはないでしょう、それなのに怖がられません。良いことではないですか」
あくまで彼女は怖がられない事に重きを置いているようだ。
俺としては、今の称賛にはそれほどの価値を感じてはいないのだが。
「そうか。そうかもな」
否定することでもない。
魔王という立場でやるべきなのかと、少し考えただけのことだ。
が、別に何をしようが俺の勝手なのも同じこと。
義務が生じたから助けた訳ではない。
請われたから助けた訳でもない。
端から助けるという意志すら持っていない。
ただ目障りだから処理しただけで、そこは昔と異なるものだ。
「では行こうか」
「はい、アルマ様」
俺が店の方へと目を向ければ、彼女は自然な所作で手を差し出してきた。
それが俺の視線を遮ってきたため、歩こうとした身体が止まる。
彼女は笑顔でこちらを見つめていた。
……握れと? そういうことか?
「ううむ……まあ良いだろう」
観念して彼女の手を握り、俺は店へと向かうのだった。
◇
「……っああ~~疲れたっすねぇ!」
緑肌の盗人族は運んでいた最後の死体を降ろし、額の汗を拭った。
これは労働の末に得た汗と、実はずっと流していた冷や汗のダブルコンボである。
盗人族とは読んで字の如く、盗みを働くことからそう名付けられた種族だ。
皆例外なく盗むわけではないが、手癖の悪い者が多いのは事実である。
今回、冷や汗を流した彼が盗んでいたものは――聖水。
埋葬した死体に使用するはずだった聖水は全て彼の懐に消え去り、今や自宅で綺麗な飲み水に変貌していた。
聖水は清められた水であり、飲めばそこそこ美味しいのだ。
だって、そうだろう。仕方ないだろう。
貧民街リザールシックで飲める水と言えば汚水じみた色付きの水ばかり。
折角の水を死体に掛けるだなんて勿体ない。
そうだ、だったら有効活用しよう!
盗人族は喜び勇んで死体埋葬の仕事を請け負い、そして聖水を盗んだ。
貧民街では悪環境で弱ったり病気で死ぬ者は多く、死ねばその分町の長命族が聖水を作ってくれる。
自分だけが使える湧き水を得たような気分だった。
盗人族はもうずいぶん昔から聖水をくすね続けていたが、死体はアンデッド化などしなかった。
なのに、まさか動き出すだなんて――。
「ほんと、あの小人族がいて助かったっすよぉ、あはは!」
「ハァ……ったくよぉ。オメェ本当に適切に処理してんだろうな?」
「あ、当たり前じゃないっすか! アンデッドの恐ろしさは……ぶるぶる、これでもかってくらい知ってるんすからね」
へこへこ頭を下げながら機嫌を窺う相手は、鬼族の埋葬屋。盗人族の雇い主だ。
鬼族は死体を埋め直す穴を掘りながら、ただでさえ赤い顔を怒りで染め上げる。
「はあ、じゃあ口ばっか動かしてねぇでお前も穴掘れ! 何十体も居るんだからな」
「え、えぇ……? ここまで運ぶのだってものすっごい疲れたんすけど、ちょっと休ませてくださいよぉ」
「オメェ一人で運んだわけじゃねぇだろう、ったく色んな奴巻き込みやがって……あー被害が出てねぇだけマシだったぜ! 誰か死のうもんならお前の首刎ねて奴隷の餌にしてやってたところだ」
「冗談よしてくださいよ、俺と旦那の仲じゃあないっすかぁ! あ、いや、手ぇ動かします動かしますから、殴らないで下さい!」
全力で適当な事を言って誤魔化しながら、盗人族は首を傾げた。
どうして今まで一切アンデッド化しなかった死体が、今頃になって湧いて出てきたのだろうと。
今まで悪事――正当な水の使い道を模索していた盗人族だが、死体が動いたのは初めてだ。
通常、形成されたコロニー内の気候や魔力濃度は安定化するため、聖水など使わずともアンデッド化はしない。それでも埋葬を欠かさないのは、儀式の意味合いが多く含まれる。
即ち、埋葬を執り行うことで死者との別れを済ませること。
彼らが二度と戻らぬことを早く自覚するため、行為で示すのだ。
そうでなければ、いくら盗人族と言えども水を盗んだりはしない。
ぽんぽんアンデッドが生まれるようなら、己の命が危険に晒されるのだから当たり前だ。
だから、何かがおかしい。
例えば、人為的に引き起こされたような――。
「あれ?」
視界が暗くなって、盗人族の思考が停止する。
何が起きたのだろうと顔を上げれば、赤い肌の胸板がそこにあった。
鬼族の身体で日差しが遮られていたのだ。
「な、なんっすか旦、那……? え?」
また小言が振ってくる。
言い逃れの台詞を幾つも用意して喋ろうとした盗人族は、鬼族の首から上がないことに気が付いた。ぴゅう、と吹き出した血が顔に掛かる。
死んだ。
たった今、目の前で。
首から上が無くなった。
どさりと巨躯が倒れ、地面が僅かに振動で揺れる。
なのに視界は、別の影に隠されて晴れることはなかった。
「貴様の低俗な所業のお陰で儂の手間が一つ省けたわ、褒めてやろう。では犠牲が出た罰じゃ、死ね」




