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勇者様は魔王様!  作者: くるい
4章 死と腐敗の王
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72話 死の香り

 俺はステラに手を引かれるがまま、特に宛もあるわけでもなく町を歩いていた。


 周囲から向けられる視線が痛い。

 しかし一々気にしていても億劫になるだけなので、俺はひたすら町並みを眺めることで気を紛らわせていた。


「おや」


 ふと、建物の前でステラが立ち止まった。

 それが急だったため、彼女の背に頭をぶつける形で俺も止まる。


 彼女が見ているのは何かの店のようだ。看板が掛かっている。

 書かれている文字が読めない……本は読めるはずなのだが。


「長命族が此処で店を開いているのですか。珍しいですね」

「長命族が使う文字なのか?」

「そのようなものです。今は主流ではありませんが、術式を文字で組み上げる際はあの文字を使うのですよ」

「ふむ。入ってみるか?」


 何の店かは分からないが、彼女の旧知が居るかもしれない。

 しかし彼女は小さく首を振った。


「いいえ、中へは入りません。それよりもあちらは如何でしょう」


 言って、彼女はまた別の建物を示した。

 店から漂ってくる独特な匂いが、俺の鼻を刺激する。

 しばらく俺とは縁がなかったものだが、これは。


「――酒、か?」

「はい。私も酒類については詳しくなかったので、城では造らなかったのです」

「そうか……思えば俺も随分とご無沙汰だったな。ステラは酒を好むのか?」

「嗜むくらいであれば。長らく幽閉されていたものですから、いつが最後だったか覚えてはいませんね」

「ならば幾つか持ち帰っておこうか」

「そうしましょう。アレは寒さを誤魔化すのにも丁度良いですからね」


 長命族の店に背を向け、俺は酒の匂いのする店へと足を運ぶ。


「一応、覚えておこう」


 読めぬ文字の形を頭の片隅に記憶して、看板から視線を離した。

 丁度その時だろうか。


「――た、大変っす、コロニー内にアンデッドが湧いて手が付けられねぇっす! 誰か来てくれ!」


 何やら慌てた様子の男が、視界の端から向かってくる姿が見えた。

 通行人の一人が立ち止まり、彼を呼び止める。


「アンデッド? まさか死体を清めて葬らなかったってのか?」

「いやそんな数じゃなかったんすよ、ほらアレ!」

「げ……なんだありゃあ」


 彼らの会話を聞いていた俺は、男がやってきた方角へと視線を向ける。

 その奥に姿を見せたのは、腐敗した人形の群れ。


 十は越えているだろうか。

 足取りは遅いながらも、確実に敵意を持ってこちらに進行してきている。彼らの動きを見るに、生者の気配を辿って動いていると思われるが。


「町にアンデッドは……珍しいのか?」

「珍しいというわけではないですが、町中に現れるようなものではないですね」

「ならば清めて葬る、というのと関係あるのだな」

「仰る通りです。清めを行い魔力を抜いておかねば、死骸がアンデッドと呼ばれる魔獣に変貌することがあります」

「ふむ……魔獣? 魔物とは呼ばないのだな」

「呼び分けているのですよ。例えば私やこの町に暮らす方々は魔物ですが、アルマ様が外で狩りをしてくる獲物は魔獣です。意思疎通が可能か否かがポイントでしょうか」


 なるほど。

 人間からすれば魔力豊富な獣程度の認識しかなかったわけだが、そうした使い分けがあるらしい。思い返せばこの町でのステラと住民の会話もそうだった。


 さて。アンデッドとは人間界では見られない魔獣であったが、こちらでは手順を誤った埋葬で容易く発生するみたいだ。

 彼らの会話からすれば、発生したことが不自然のようだが……。


 遠目で見るに、アンデッドの動きは鈍い。

 身体を動かす筋繊維が腐り果ているため、かつて生物であった頃の動きを模倣するように魔力を流して動いているだけに見える。そこに生物だった頃の意志はなく、本能か何かで動いているだけであれば危険度もないように思えるのだが。


「ああ見えて油断はできませんよ。アンデッドに傷を付けられると少々面倒ですから」

「毒でも持っているのか?」

「いえ、彼らは命を求めて彷徨っているので直接生命を奪い取って来るのです。しかも歩いているだけで死と腐敗をばら撒きますから、土地も腐ります。始末は早い方がいいですね」

「害虫より性質が悪いな……」


 魔獣として危険というより、存在するだけで害悪なのだろう。

 俺はステラに掴ませていた手を離すと、彼らの方に一歩踏み出す。


「アルマ様?」

「まぁ見てしまったのも何かの縁だろう、酒が不味くなる前に処理しておこうかと思ってな」

「……あ、あんたがアンデッドを倒してくれるっすか?」


 こちらへ逃げてきた男が俺に気付いたか、声を掛けてくる。


 身体が細くひ弱そうな緑肌の男だ。

 他にこれといった特徴もないが、強いて言えば牙が鋭く生えている。

 亜人のようだが、何の種族だろう。


「そのつもりだ。お前は戦わんのか?」

「いや俺は無理っすよ、戦うの得意じゃないんで。下手打って死にたくねぇですし……でもあんただって戦えるんすか?」


 彼は首を傾げ、俺に怪訝な視線を送ってくる。

 魔力を抑えているとはいえ、貧弱と称した彼からすらもそんな反応を受けるとはな。


 人間が魔物の強さを測る基準として魔力の比重は多いものの、全てではない。

 しかし魔界では魔力量の判断がより重視されているのだろう。


「問題ない。見物人ばかりで誰もいないようだし、俺がやろう」

「はい。私はここでお待ちしていますね」


 頭を下げるステラを背に、俺はアンデッドの群れへと突撃する。


「は? いやそんな、聖水もなしに――」


 何か後ろで聞こえたが、後のやり取りはステラに任せよう。


 まずはアンデッドの群れまで瞬時に距離を詰め、意識を俺へと集めさせた。

 すると間合いに入った瞬間、最も近いアンデッドが素早く動き大ぶりの拳を振ってくる。


「ほう」


 動作は単調だが速度は中々。

 鈍い動きは通常時の話で、対象が遠くに居たから明確な戦闘行動を取らなかっただけか。

 戦闘に不慣れならばなるほど、この数は厳しいかもな。


「死体は弔ってやるか? なら、形は残すとしよう」


 拳を屈んで避けた後、足を払ってアンデッドを地面に叩き付けた。

 即座に両足の関節を踏み潰して行動不能まで追い込む。


 これで一体目はほぼ無力化。

 だが、今度は俺を囲んだアンデッドが一斉に突っ込んでくる。


「こういう時こそ剣が欲しくなるが……」


 大剣があれば薙ぎ払うのも簡単だったのだが、ないものを考えても仕方がない。

 城に張ったものと同じやり方で周囲に円形の障壁を展開し、彼らの衝突を防ぐ。


 だが彼らと接触した面から少量の魔力が削れ――俺は目を細めた。


「生命を奪う、か。厄介な物だな」


 障壁は質量を持たせる必要があり、攻撃魔法と比べ純粋な魔力の塊に近い。

 アンデッドはそれに触れることで表面から障壁を分解し、魔力として肉体に取り込んでいるのだ。


 つまり彼らの攻撃を受けた場合、身体の魔力を直接に吸収されるわけだ。


 人間界にはアンデッドがほぼ出現しないから知らなかったが、こんなものがウジャウジャと湧いて出て来られればたまったものではない。歩くだけで大地が死滅する理由も分かる。


 そういえば、さっきの緑肌の奴は聖水がどうのこうのと言っていた。

 神官は死体の埋葬等で聖水を扱うが、あれはアンデッドへ変化しないための処置だったのだな。


 まあ。厄介だが、魔王が持つ魔力量であれば奪われたところで問題はない……ないが、吸わせ続けても相手が強くなる一方だ。

 これにどう対処するか。


 俺は張っていた障壁を消し、地面を蹴って彼らの真上まで飛び上がる。


 これがルナーリエならばアンデッドに特攻となる魔法を唱えていたのだろうし、サラであれば火系の魔法で燃やすなり何なり簡単に対処していただろうが。

 器用な魔法は俺じゃ使えない。


「少し強引だが――」


 飛び上がったまま空中で停止し、足元に障壁を再展開する。

 今度は円形ではなく、水平に。

 彼らをぴたりと覆う程度の大きさで止め、そいつを思い切り踏み付けた。


 ぐちゃり。

 障壁が果物を磨り潰すような音がして、アンデッドの群れを地面と障壁の間に押し潰す。

 そこから僅かに魔力が吸われていく感覚があったが、最早関係はない。


 逆に彼らが魔力を吸わなくなれば、全滅の判断基準になる。

 最初は一体ずつ処理するつもりだったが……まぁ、後は動かなくなるまで潰し続けるだけだった。

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