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勇者様は魔王様!  作者: くるい
3章 逆賊の騎士
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68話 一幕の終わり

俺達が駆付けた先では、マグリッドが複数の魔物を相手に立ち回っていた。


「――っ、ぜぇぇあぁ!」


 武器を持たない彼は魔力障壁を武器代わり相手に押し付け、動きを鈍らせた所を腕の一振りでなぎ倒す。


 その一撃を強化しているのは、背後に控えるニーエの強化魔法だ。

 彼女が惜しみなく魔力を消費してマグリッドの身体能力を底上げし続け、マグリッドは盾で彼女を守り抜く。

 初めて戦いを共にしたとは思えぬ連携に魔物達は攻めあぐね、数を着実に減らしていた。


 それでも魔物の数は無数かつ無限である。

 二人を取り囲む魔物はいくらでも湧き、体力が尽きるまで狙い続ける。

 防衛に長けるマグリッドの強固さとニーエの強化魔法があるとはいえ、長時間保ち続けることは不可能だろう。


 だが、言葉を交わせずとも二人は充分に理解し合っていた。

 故に限界まで耐え続ける。自分達で敵を倒さずとも、その時まで無事に生き残れば必ず終わりが訪れるのだから。


 ――魔物達の背後に、虹の輝きが煌めいた。

 一撃の下にその場に存在していた全ての魔物が真っ二つに両断され、姿が消失する。


 息も絶え絶えの二人の前に、聖剣を振り抜いた勇者の姿が映った。







「良く――持たせてくれた!」


 群がる魔物を一掃する。

 視界を埋め尽くさんばかりの魔物を斬って斬って斬って斬って、突き進む。


 そこには身をボロボロにしながらも魔物の強攻に耐え抜き、装甲の代わりに障壁を展開して防ぐマグリッドの姿が映った。

 背後に立つニーエは傷こそないものの、酷い魔力の消耗で足元をふらつかせている。


 彼らを挟み撃ちにするように突貫していた魔物を、周囲の魔物ごと真横に斬り裂いた。


「悪い、ちょっと手こずった」


 魔物達は肉体を留められなくなり、魔力へ還っていく。


「助かった……間に合ってくれて良かったよ。この子がいなければ、とっくに死んでたかもしれん」


 そう言い、彼は障壁を解除してその場に膝を付く。

 魔物に付けられた無数の傷から血が吹き出しており、立っているのも限界だったようだ。

 しかし大半の傷は浅く、致命傷を受けていないことからも彼の防御能力の高さは窺える。


「お疲れ様でした。ご主人さま」

「ああ、良く守ってくれたよ。強化魔法を掛け続けてくれてたんだな」

「ただのプロテクションアーマーですが……」

「なかったらマグリッドも死んでたって」


 マグリッドの言葉を伝え軽く頭を撫でやると、ニーエは安心した様子でその場に座り込む。

 口調こそ常と変わらず普通だが、既に限界を超えているのだ。


「はぁ……どっと疲れた」


 聖剣に込めた勇者の力を解除すると、虹色の輝きが失われていく。

 同時に疲れのようなものが目眩となって襲ってきた。


 いくらなんでも、迷宮突っ走ってからほぼずっと戦ってたからな……。

 流石に無茶をし過ぎたかもしれない。


「自分で勝手に突っ走ったんでしょ。もっと上手いやり方はあったんじゃないの?」


 独り言をぼやいていると、背後からアリヴェーラが飛んでくる。


 彼女が向かってくる方角の奥には、倒れている騎士団員二名の姿があった。

 彼らを両方共抱えて進むのは厳しかったので、瓦礫の穴を抜けた先でアリヴェーラに任せていたのだ。


 そんな彼女の呆れた表情に反抗するべく、俺は言い返す。


「否定はしないけど、助言してくれても良かっただろ」

「アーサー私の助言とか聞かないじゃん」

「……そんなことなくない?」

「そもそも、命狙ってくる奴を助けようとする奴に助言とか無理。私は助けないから」


 それは……否定できなかった。

 だとすれば、俺はやはりアリヴェーラの言葉は呑めなかっただろう。


 いや言い合いしてる場合じゃない。

 今だけ魔物は全滅しているが、悠長にしていればすぐに復活してしまうのだ。


「マグリッド。限界まで疲れてるところ悪いけど、あっちの片方背負っていけるか?」

「……いいのか?」

「いいんだよ、今更だろ」


 手を差し伸べてやると、彼は俺の手を掴んで再び立ち上がる。


「本当は休ませてやりたいんだけど、また魔物と戦う羽目になるからな」

「……あぁ、今は急ごう」


 頷き合い、倒れている彼ら二人の元へ向かう。

 こうして俺達は、最奥の階層から離脱していく。





 迷宮から脱出するのは、迷宮の最奥に到達するよりも難しい。

 何故ならば、俺達を襲った副団長ラウミガと契約の縛りを受けていた団員ジン・クラックの手により、サラの封印が破壊されているからだ。


 騎士団残りのメンバーもまた、湧き出す魔物の対応に駆られている状態であった。

 そこに俺達が合流し、アリヴェーラの案内で魔力溜まりが薄い安全地帯へと移動することに。


 現れる魔物の数は、封印中の迷宮の比ではない。

 とはいえ人数は純粋な力だ。負傷中のマグリッドや意識不明の二名を除いても、残る四人の防衛力は目を見張るものがある。


 基本的に彼らに任せ、俺は行軍の後を付いていくだけであった。

 冒険者ではない彼らの動きは最適とはいえないが、アリヴェーラのカバーで問題はない。


 次の休憩可能な地点まで到達したところで、俺は抱えていたジン・クラックを地面へ下ろした。

 マグリッドも一度ラウミガを下ろし、二人を寝かせる形で横に並べている。


 彼らは未だに目覚めないが、アリヴェーラの回復により肉体の損傷が治り続けていた。呼吸も安定しているし、いつ目覚めてもおかしくはない状況である。

 完全に目覚めてしまう前に、処置をする必要があるだろう。


「うん。この辺りならもう良いんじゃないかな」


 俺の意図を汲み取り、アリヴェーラがそう言った。


「迷宮は上層まで来てるし、アーサーの懸念も間違ってない。今すぐにどうこうなるってわけでもないだろうけど、目覚めた後で術式を断ち切るのは困難だよ」

「……分かってる」


 ああ、と俺は頷いた。


 術式の解除は酷く強引なやり方になるであろう。

 俺の持つ聖剣と勇者の力を合わせ、術式の根本を断ち切るのだ。

 確実に彼らに傷を負わせることになる上に、他のメンバーは術式のことは認知していない。


「解除するのか? なら俺が彼らを上手く誘導しておこう」


 どうしたものかと悩んでいると、傍で聞いていたマグリッドからの提案があった。

 問答無用で実行するわけにもいかないが、彼が纏めてくれるなら一番丸く収まるだろう。


「頼むよ。治すためと言っても、剣をこいつらに向けなきゃいけないからな……」

「その辺りは任せてくれ。これでも元団長だ……気合で信じて貰うさ」

「じゃあ、後は俺が失敗しなけりゃいいだけだな」

「――すまないな。では、行って来よう」


 他メンバーへの問題が解消されるのなら、後は実行するだけ。

 立ち上がるマグリッドを見送り、剣の柄を握り締める。

 僅かに手に脂汗が滲んでいた。


 どうやら俺も、緊張しているらしい。


「大丈夫、マグリッドが言った方法で術式は斬れる。勇者の力を直接体感した私が言うんだから、必ず成功する――私が付いてるよ、アーサー」

「ん……頼りにしてるぞ」


 頷き、俺は聖剣を右手に構えた。

 俺の様子を見てマグリッドは立ち上がると、見張りを担ってくれている他メンバーの元へと向かっていく。


「やること自体は単純だよ。心臓部に根を張った術式を、本人ごと斬り裂いて破壊する」

「……念のため聞いておくけど、術式だけを壊す方法はないのか?」

「術式は心臓と半ば同化する形で定着しているから、片方だけを破壊する方法はない。けど心臓が潰れても即死するわけじゃないから、脳が死ぬまでの僅かな間に心臓を再構成してやれば生き返る」

「えっと、つまり?」

「私が治してやるからアーサーは構わず聖剣刺して」


 溜息混じりにそう言って、彼女はジン・クラックの前に降り立った。

 彼女の魔力が倒れ伏す彼の胸部に印を作り、聖剣を刺す位置を示してくれる。


「分かった……纏虹神剣(てんこうじんけん)


 右手に構える聖剣に、虹色の輝きを顕現させる。

 膨大な力を纏った切っ先、それを仰向けに眠る彼へと突き付ける。


 今までも、人を斬ることはあった。

 しかし無抵抗の人間に対し、過剰とも思える剣の一撃を振るうなど――。


 万が一失敗したら?

 アリヴェーラの回復が間に合わず、彼が死んでしまったら?

 実は術式を断ち切るだなんてことは不可能で、俺の行為はただの殺人だったとしたら?


 ――いや、ここで躊躇ってはならない。

 アリヴェーラも大丈夫だと言ってくれている。俺もこの方法でならやれると考えている。

 ならば後は、マグリッドにも問うたその覚悟を決めるだけ。


「行くぞ」


 覚悟を手の内に握りしめ。

 聖剣を押し込み、ジン・クラックの体内へと刃を沈めた。


 バキン!

 決して人体から発生しないような音が、彼の体内から響き渡った。

 裂けた胸から吹き出す鮮血と共に、黒い何かがガラス片のように吹き飛び周囲へ弾けていく。

 それが術式が壊れたものだという確信を得て、一気に聖剣を引き抜いた。


回帰しろ(リジェネライズ)!」


 即座にアリヴェーラが回復の魔法を唱えると、吹き出した血液ごと彼の体が急速に修復していく。

 だが、治る傷と同時に――弾けた黒い術式までもが、周囲から再び彼の体へ戻ろうと集まり出した。


 まさか、術式も傷と同時に再生しようとするのか……?


「アリヴェーラ!」

「しつこいのは分かってるよ、拒絶する(シャットアウト)


 彼女の詠唱と共に、魔力の波が円形状へ広がった。

 波紋が黒い術式の破片に衝突すれば、今度こそ粉々に砕け散って消失していく。


「うん。これで処置は終わりだね。かなりきっついけど……」


 しかし、今の魔法行使が無茶なものだったか、アリヴェーラは飛行状態を維持できなくなり落下する。

 俺が手の平を差し出して受け止めなければ、そのまま地面に激突してもおかしくはなかっただろう。


「大丈夫か?」

「魔力使い過ぎただけ……私、休んでないんだからね」

「あー……少し休むか」

「駄目。後一回だから、さっさと済ませるよ」


 だが、飛び立とうとするアリヴェーラに力が籠もっていないのは明らかだった。

 今の魔法は想像以上に負担が大きかったのだろう、顔色がかなり悪い。

 やはり、今すぐに同じ魔法を使わせるのは危険だ。枯渇した状態での魔法は死の危険があり、失敗する可能性だってあるのだから。


「ご主人、さま」


 傍に控えていたニーエが、緊張を蓄えた声で俺を呼んできた。


「どうした? ニーエ――……っ」


 何事だと返事しようとして――俺は閉口した。


 俺の視線の先で、何の気配もなくラウミガ・ラブラーシュが立ち上がっていた。

 彼は生気の感じられない目で、俺達を凝視している。


 いつから目を覚ましていた?

 いやそれよりも、彼の傷は誰より深い。立ち上がれるような状態ではないはずなのに。

 彼は定まらない視線のまま、虚空へ言葉を吐き出した。


「伝えねば、ならない」

「な、待てっ……!」


 動けぬはずの重傷体で、俺から距離を取るように大きく後方へ飛んだ。

 幾つもの傷口が開いて血を吹き出すも、意に返した様子もなく迷宮の出口へと一目散に逃走していく。


 伝えねばならない――。

 彼は確かにそう呟き、迷うことなく俺に背を向けた。


 その姿からは、彼の意識を全く感じない。

 ラウミガ・ラブラーシュという個人の存在を感じない。

 俺を殺すという、ただ一点の目的や執念のために動いていた彼の気迫すらもない。


 命令で動く忠実な人形――確実に術式によるものだ。

 あの行動の中に彼の意志はどこにもない。

 これは、駄目だ。今すぐにでも止めなければ。


「……天聖虹陣(てんせいこうじん)!」


 アリヴェーラを傷付けぬよう地面へ寝かせ、剣へ流していた力の流れを全身へ移す。

 既に視界から消えつつある彼の背を追い、駆ける。


「アーサー、何が起こった!?」


 すれ違い様、驚いたマグリッドの叫びに返す余裕もない。

 疾風の如き速度に身を任せ、俺は迷宮の通路を突き進む。


 だが、ラウミガが疾すぎる。

 俺の速度で追い付けないほどの動きは明らかに異常だ。

 けれど見失うわけにはいかなかった。がむしゃらに突き進みながら道中の邪魔な魔物を全て斬り伏せ、度重なる無理に生じる疲労を気合で捻じ伏せ、必死に背を追う。


 しかし俺の足は、彼へ追い付く前に停止した。

 踏み出した足が柔らかい土を踏み、俺は奥歯を食いしばる。


「クソ……」


 肌を突き刺す冷たい風が、頬を撫でて背後に消えていく。

 夜空の月明かりが、迷宮の〝外〟を照らしていた。


「逃げられた……」


 ここは迷宮の外、洞窟の入口。

 眼前には木々が生い茂っており、獣道が見えている。


 既にラウミガの姿はどこにも存在しなかった。

 ただ、遠く離れていく気配を一つ感じる。

 それもすぐに消えてなくなった。


 一人、残った俺は深く息を吸い込むと、力なく地面に零す。

 長らく纏わり付かせていた勇者の力を解除すれば、どっと力が抜け落ちるようだ。

 ……疲れた。いい加減全身の筋肉が悲鳴を上げている。頭痛や目眩も酷くなっている。


 魔力は使っていないはずだが、体力の方は随分と消耗してしまったみたいだ。

 片手で目を覆いつつ、両こめかみを中指と親指で揉み解す。


「畜生、逃しちまった……」


 アレは、何を置いてでも捕らえなきゃならなかったのだ。

 俺は、彼を解放することができなかった。


「許せるかよ……あんなの、ラウミガの意志なんて欠片も残ってねぇだろうが」


 彼が俺を殺そうとする執念には、それでも誠意が残されていた。

 でもアレにはそんな感情が一欠片もなかった。


 こんな状態の連中が無数にいる。

 マグリッドの術式も今だけは命じられていないことで潜んでいるが、発動してしまえば同じことになる。


「無茶し過ぎだアーサー! 一人で迷宮を突っ走るなど……!」

「……付いてきたのか、マグリッド」

「だけじゃないけどね。目の前であんな事になったら、休憩なんかできないよ」


 立ち尽くす俺の背後から、マグリッド達が息切れしながらやってくる。アリヴェーラもニーエの肩に乗っており、他の騎士団員の姿も見える。

 その中には、目を覚ましたのだろう〝ジン・クラック〟の姿も。


「アーサーが一人で魔物を倒して進んでたから、こっちはただ疲れただけだけだよ。で、逃しちゃった?」

「あぁ、駄目だった」

「そっか」


 アリヴェーラはニーエの肩から飛び立つと、今度は俺の肩へと飛び乗ってくる。


「全力のアーサーで逃したんなら、仕方ないよ」

「けど……もっと上手くやれたかもしれない」

「やれない、そう考えるのは結果論だよ。でも大丈夫、あの術式の底は見えた。アレは勇者とか魔王とかそういう手に負えないようなものじゃない。それが私には分かったから、充分な成果だと思うよ」

「ごめん。ありがとう」

「そんなに意気消沈されるとやりにくい。心読んでるこっちまで気が滅入る」

「それは解除すればいいと思うんだけど……」

「うん。もう必要ないし、やめておく」


 その返事の後、うっすらと感じていた感覚がなくなっていく。

 具体的に何がというほどの違和感でもなかったが、今ので彼女との精神的な繋がりが断たれたのだろう。


「――あの、少し良いでしょうか」


 背後から、そう声が掛けられた。

 振り返れば、その人物がジン・クラックだと分かる。


「君か、大丈夫そうで良かった。術式の影響もなさそうだ」

「はい……今となってはなぜ剣を向けたのかは分かりませんが、僕が何をしたのかは覚えています。ご迷惑をおかけしました」


 頭を下げる彼に対し、俺は片手を突き出して制する。


「謝られることじゃないさ。君の意志じゃないだろうし」

「では、助かりました。胸のつかえが取れたような気分です。アリヴェーラさんも、助かりました」

「なんで私まで……ただの使い魔なんかに畏まらなくていいよ」

「そんなことはありません! 僕を正気に戻してくれたのは紛れもなくアリヴェーラさんです」

「あっ、そう……まぁいいけど」


 アリヴェーラは引き気味ながらも、少し照れた様子で受け答えしている。

 基本的に人間と積極的な会話を行おうとはしない彼女だが、厚い信頼を獲得しているみたいだった。


 なんというか、珍しい光景だ。

 まぁ命の恩人そのものなのだし、そりゃそうか。


 ――彼の姿を見て、余計にラウミガを取り逃した失敗が重く伸し掛かる。

 だが止めよう。アリヴェーラの言う通り不毛だ、俺の持つ記録は勇者が知らない出来事に役立てることはできない。

 そんなの初めから分かっていたはずだ。

 あの時の俺は、俺にできる最善を間違いなく実行した。


 ……よし、反省終わり。


 頬をべちんと叩き、自らに喝を入れる。


「何やってんの? 新手の自虐?」

「茶々入れないでくれよ、自分に喝入れただけだよ」


 アリヴェーラ軽く指で小突くと、彼女はぐぇと小さな悲鳴を上げた。

 力は加減していたのでただの演技だろう。彼女も俺が意識を切り替えたことを分かっていたのか、その後も小さく笑っただけだった。


「アーサー、話は無事についたぞ」

「ってことは……理解して貰えたのか」

「事実ありきでようやく、だがな」


 ラウミガ・ラブラーシュとジン・クラックは、俺が登場したことで離反したマグリッド達への潜入から勇者の始末へと優先順位が変わった。

 そのために単独行動を行ったり、迷宮の封印を破壊したり、最後には目の前で逃げ出す――なんてことが起きたわけだ。その行為によって術式の信憑性が上がったんなら、幸いだろう。


 マグリッドは自らの左胸を指で示し、眉根をひそめる。


「俺の中にも同じ術式が残っているのは理解している。解除を頼めるか」

「元からそのつもりだよ。多分めっちゃ痛いけど、一瞬死ぬ覚悟はできてる?」

「君の使い魔からも道すがら散々言われたよ……だが、痛みなら慣れている」

「ショックでそのまま死なないでよね。意識ある分、そこの団員とは全然違うからね」

「と、ずっと口を酸っぱく言われていてな。安心してくれ、死ぬ思いなら何度もしてきた」


 既にアリヴェーラと同じような会話をしてたみたいだ。

 まぁ覚悟しているなら構わない。できていなかったとしても絶対に解除するのだから、後はマグリッドの心構え一つだ。


「それより、ラウミガの件で先に共有しておきたいことがある」

「逃走先についてか?」

「あぁ、ラウミガは王都ガデリアへ向かっているはずだ。あいつが王に謁見してしまえば俺達の目的がサラの救出で、解除手段も持っていることまで露見する。つまり、先に魔法都市フェイズラストへ向かわねばならない」

「……」


 ラウミガの読みはきっと、外れてはいない。

 報告を聞いた王の行動としては、俺達を直接狙うより確実だ。

 というか、直接俺にちょっかいを掛けてどうにかなるだなんて思考をしているのなら、術式で人を操ろうとはしない。


 ――しかし、気になることはある。

 俺は意図的に魔王の話を出していないが、恐らく王は勘付く。


 俺が()()として存在しているのは、本来あり得ない話だ。

 魔王を倒した勇者が魔王に変ずるというのであれば……これだけの日数が経過しているのだ、俺は既に魔王になっていなければならない。


 そうなっていないということは、逆説的に他に魔王が存在していなければならないわけで。

 王がその可能性に気付くのは前提として、それでも勇者の排除を優先するのだろうか?

 ……いや。


「分かった。できるだけ急ごう」


 俺は魔王の話をマグリッドにすることはなく、そう頷いた。


 ――世界は、平和だ。

 魔王は存在しているが、今のところ人間界が攻められた話は聞かない。


 なら、そんな話は持ち出すべきじゃない。

 ここにはマグリッド以外の騎士団員だって多くいるしな。


 それに王が何もして来なかろうが、俺達が取る行動は変わらない。


「アーサー、マグリッドさん、私からも補足しておくけど、だったらルナーリエって子についても気に掛けた方がいいよ。相手が先にサラをどうにかする考えを持つなら、同時にルナーリエも押さえに来るのが自然。彼女はヘイルムーン聖教会って場所にいるんだよね? 多少強引でも、別働隊に分けて二人を同時に救出する必要があると思う」

「可能性は高いな……失念していた。しかし、動ける人数に難があるか――」

「それでも助けたいんでしょ。私から言えるのはこれだけだよ」

「うむ……感謝する。俺が弱音を吐くべきじゃなかったな」


 アリヴェーラによる叱咤激励を受け、マグリッドは己の胸部プレートを叩いて奮い立つ。

 そして、両手を大きく広げた。


「なら、時間が惜しいな――俺は覚悟できてる、ひと思いにやってくれ!」

「いいけどまず鎧を脱ぎなよ。普通に邪魔だから」

「え、あぁ……そうだな」


 急いで鎧を外そうとする彼を横目に、アリヴェーラは俺の肩を叩いてくる。


「ん。アリヴェーラは魔力大丈夫か?」

「私は平気。アーサーこそ身体は大丈夫なの?」

「俺は魔力使わないから平気」

「魔力の心配なんかしてないんだけど……ま、いいや。準備して」


 アリヴェーラが俺の肩から飛び立ち、俺も聖剣を右手に構えた。

 詠唱を口ずさみ、剣へと纏う虹色の輝きを視界へ収める。

 身体の疲労こそあるが、力の起動に問題ない。


 上半身の鎧を外したマグリッドへ、聖剣の切っ先を向ける。

 深呼吸を一つ。ぐ、と柄を握る手に力を込めて。


「目でも閉じていてくれ。見えない分少しはマシになるだろ」

「……あぁ。いつでも、いいぞ」


 やっぱ震えてんじゃねぇか、とは言わない。


 目を閉じた姿を見て――俺は、彼の心臓を聖剣で貫いた。

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