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勇者様は魔王様!  作者: くるい
3章 逆賊の騎士
65/107

65話 覚悟と意思を示す

 マグリッドに案内され、俺達は聖剣のある場所へ移動していた。


 そこは彼らが拠点としている最奥、その隠された道から更に進んだ行き止まりだ。


 七色の輝きが最も激しい空間の中心地にて、聖剣は結晶の柱の内部で神々しく光を放ち、眠るように鎮座していた。

 一目見ただけで、あれが記録にあるアルテの聖剣で間違いはないと分かる。


「うわ、大きいな……」


 最初に出た感想は、まずそれだ。

 真っ直ぐに伸びる白銀の剣身は、今の俺の身長より大きい。

 アルテの視線の高さで見ていた得物と、実物を目にするのとでは訳が違う。


 それを知っているからこそ、得物としては細剣を選んだのだが……。

 これを扱うとなると、同じように片手では難しい。


「よくこんな所に封印できたもんだ。サラがやったのか」

「俺じゃこんな芸当できないからな。サラにしか頼めないのは、申し訳なく思うが」

「適材適所ってやつだろ、俺も魔法は他人任せだし」


 今の所、俺もアリヴェーラには頼ってばかりだ。

 しかも戦闘は俺が担当してるとはいえ、アリヴェーラは一人で投げ出されたとしても戦えるだろう。

 俺の役割といえば、せいぜい人間界を知る知識袋でしかない。


 言っていて情けなくなるような話だが、今そんなこと考えても不毛か。

 小さく首を振り、俺はマグリッドに訊く。


「封印はどう解くんだ?」


 気になるのは聖剣の解除方法だ。


 まさかサラしか解けないってこともないはずだが、俺の目で分かるほどに幾重もの魔法の形跡が見える。ということは、仮にこの秘境を踏破して運良く見つけた冒険者がいても、絶対に解除できないということだ。


 しかし何らかの解除手段は、案内したマグリッドが握っているだろう。


「ああ、サラから鍵を貰っているんだ」


 言って、マグリッドは大切そうに懐に手を突っ込んだ。

 マグリッドの言う鍵、ペンダント型の何かが、革紐に繋げられた状態で表出する。


 表面にはびっしりと書き込まれた模様と、淡い輝き。

 それがサラの施した術式であることは見れば分かった。


「少し待っていてくれ。今、解除の準備をする」


 彼はペンダントの中央部に触れるようにして、小さく握り締めた。

 その背に向け、俺は呼び止める。


「マグリッド。その前にはっきりさせたいことがある」


 どうすれば解除に導けるのかは、俺は知らない。

 ただ、()()()()()()()()使()()()()()()()()()んだろう。

 今ので分かったことだ。だからもういい。

 それを解除する前に、付けるべき落とし前があるのだ。


「……アーサー?」


 今の一瞬で空気が変化し、マグリッドの緊張感が、肌のひりつきと汗から察せられる。


 俺は、いつまで黙っていようかと思っていた。その時が来るまで、俺は動かないつもりでいた。

 知っていれば対処はできるのだし、好きにさせた後で終わらせるつもりでいたのだ。


 さっきまでは――けれど、それじゃダメなんだと思う。

 だから、はっきりさせようじゃないか。


「アリヴェーラ。悪い、俺から仕掛ける」

「……まぁ、いいけど」


 彼女を見るでもなく俺は言って。

 多分、言う前から分かっていた彼女は、俺の背へと回る。


聖剣(コレ)は回収させないぞ? ラウミガ」


 半身だけをずらし、横目で彼を睨みつける。


 俺の視線の先にいるのは――ラウミガ・ラブラーシュ。

 騎士団の元副団長。マグリッドと共に離反したはずの男へと、俺は抜き放った細剣を突きつける。


「……ほぉ? どういう意味か分かりかねるな」

「隠すこともないだろ。大体、マグリッドはこんな()()()立ち回れない」


 誤魔化そうとした彼の目が、すぅと細められた。

 今までの気安い副団長としての面ではなく、冷徹な操り人形のような――冷たく、鋭い視線が俺へと差し向けられる。


 もう黙っておくことはない。

 俺は彼へ向け、どちらかといえばマグリッドへの解説を込めて、口を開く。


「マグリッドがどういう男かは頭に入っていたけど、()()()()()()()()()()この目で確かめたんだ。レイスでのレーヴァンへの再演魔法、裏取引を利用して貴族を襲う大立ち回り。どれもこの愚直な男が考案できる策じゃない、そうだろ?」

「だが土壇場に立たされた男ってのは、何を考えるか分からないもんだぜ。お前ですらも倒して、己の意思を罷り通そうとしたんだ」

「ああ、そうだな。人間全てを切り捨ててアルテを取ったような不器用な男だ。動かしやすかったか?」


 確かに、人間は追い詰められると何をするか分からない生き物だ。

 そういう記録は俺の中にもちゃんとある。けれど、それで劇的に頭が良くなるわけじゃない。


 例えば突然、俺が魔法に長けたりはしないように。

 精神ごと他人へ成り変わる魔法や、秘境を隠すような高等な魔法はマグリッドじゃ使えないだろう。


「は、お前達、一体何を言っているのだ――」

「マグリッドの話に俺は突っ込まなかったけど、()()()()()()()()()()()()()()()()んだ? サラが逃げられていないのに」


 つまり。

 マグリッドだけが逃げられたのではなく、逃されて――泳がされていた。

 恐らく、それが王の勘というヤツで。


 勇者アルテがただ殺されたわけではないことを悟り、マグリッドから確証を得ようとしてきたのだろう。その手段として、騎士団の仲間という駒を利用したのだ。


「これは消去法だよ。決定的な事はしていないけど、お前が一番怪しい。お前が王の術式を受けてマグリッド達の動向を探り、勇者の後始末を付けようとしているんだとすれば、俺に深く関わりを持とうとしたことに頷ける」

「……あぁそうかい、ここまでバッサリ言われちゃ否定はできねぇわな。最初から俺を泳がせていたのか?」

「いいや。俺もそんなに賢くないからさ、アリヴェーラが気付かせてくれたんだよ。何度も俺に警告をしてくれなかったら、疑う視点すら持たなかったかもしれない」


 人間世界のどこかに必ず敵がいる――彼女がそう言っていたからこそ、気付けたことだ。

 そうじゃなかったら、俺には分からない。


 だって、こいつには()()()()()が全く感じられないから。

 多分それは、会ったこともない王も同じなのだろう。

 彼らには彼らの覚悟と意思があり、今の世界を保っている。


 だからこそ、俺は正面から対峙すると決めたのだ。


「だったら訊くぜ。お前は一人の命と他全て、片方しか救えないならどちらを救う?」

「つまんない二択だ。その選択肢しかないなら他全てを救うけど」

「だったら――」

「でも、何があっても全部救うのが勇者だろ」


 何かを切り捨てなければ成せない程度の力なら、勇者なんて要らない。


 俺の返事に、彼は咆哮する。


「それができりゃ苦労しねぇんだよな。悪ぃが理想論に付き合うつもりはない」

「あっそ、だったらどうする? お前だって勇者が現れるだなんて予想外だったろ。お前じゃ本気の俺に勝てない、諦めろ」

「否定はしないさ。成り損ないのこの俺が、成ったお前と戦ったって勝ち目がないことは――お前よりも理解している」


 けどな、と。

 そう呟いた彼の姿が、幻のように掻き消えて——刹那、マグリッドの背後へ気配が移る。


「な……!」


 マグリッドの喉元に突き突き付けられた刃先、彼の小さな叫び声。そしてこちらを睨む、ラウミガの眼光が。


「――さぁ、選択肢だぜ勇者! お前が自害すればマグリッドの命は助かる。だが応じないなら、マグリッドは死ぬ!」


 ああ、そうか。

 こいつじゃ俺と戦っても勝ち目はない。

 レーヴァン邸の頃から彼は正しく俺との戦力差を理解していて、きっとその時から俺と戦う術を考えていたのだろう。


 究極の二択と、先程の質問はそういう意味を孕んでいたわけか。


 だからどうしたって話だ。

 俺と正面から戦う気がないことを分かっているのなら、対処だってできる。


世界を騙す写し身(トレーストリック)


 背後から発せられる魔法の発現と、微かに秘境の中を揺さぶる魔力の振動。

 アリヴェーラが魔法を放った刹那――彼が喉元まで当てていた刃から、マグリッドの姿が消失する。


 次いで彼が現れる位置は、俺の真横の空間。

 目を見開いたまま驚愕を続けるマグリッドへ、短く叫ぶ。


「大怪我中だろ。ちょっと下がってろ」

「ア、アーサー、これは」

「説明してる暇はない、今の会話から考えてくれ……っと!」


 彼の方へ目線を向けたまま、俺は細剣の刃を振り抜いた。

 甲高く打ち鳴らされる刃と弾ける火花――そのまま突き出した刃先を薙ぎ払い、斬撃を外へ弾く。


 俺がマグリッドへ意識を向けた瞬間、ラウミガが仕掛けてきたのだ。

 だが――。


「そんな不意打ちじゃ俺は倒せない」

「その通りだが、得物はお前じゃないだろう?」


 ぴしり、攻撃を受けた細剣に亀裂が走った。

 俺は剣身が完全に崩壊してしまう寸前、ヒビの上から魔力をコーティングする。


 どうやらコイツは俺の命ではなく、剣の破壊目的で不意打ちを狙ったようだ。

 レーヴァン邸の戦闘で得物に限界が来ていたことは、相手にも伝わってしまっていたのだろう。


「アーサー!」

「俺の心配より自分とニーエの身を守れるようにしておいてくれ。あとついでにマグリッドも」


 俺の心配は要らない。

 ここで問題になるのは、俺()()

 剣の心配はしちゃいない。近い内に壊れることは前提に振るっていた。


 無手だろうと俺が彼に負けることは絶対にないけれど――アリヴェーラと、ニーエと、重傷のマグリッドはその限りではない。


 反旗を翻した彼は、勇者を殺す算段をあらゆる方向から練ってくる。

 かつての勇者は、それによって死んだ。


「純粋な実力ではお前にゃ敵わないがな、殺し合いってのは勝負じゃねぇのよ」


 俺に弾かれた剣を追い、ラウミガは右に飛んで距離を離す。

 バックステップで三歩。彼の背にあるのは、七色に氷漬けにされた聖剣の柱だ。


「俺はラウミガを殺すつもりはないんだけど」

「なら大人しく殺されてくれよ。後の平和は俺達が請け負って、ちゃんと死んでやる」

「勘違いしないでくれよ」


 あと一振りの命をラウミガへ突き付け、俺は宣言する。


「ラウミガに平和を預けたら、ニーエに誓った言葉を嘘にしちまう。今度会いに行くと言った魔王(あいつ)も裏切ることになる。さっきも言ったけど、俺は全部救うぞ」

「……おいおい、マジで言ってんのかよ」


 ラウミガ・ラブラーシュだって、その全部に含まれている。

 それを実現できなきゃ、勇者なんて要らない。


「――俺に託すなら全部救ってやる。乗れよラウミガ」

「――()()()()()()()苦労しねぇ」


 互いに剣を突き付けて。

 今度は俺から、彼の懐へ飛び込んだ。

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