62話 旅の果ての終わり
ちょっと短め。
――迷宮の敵は手強いが、それでも突破できないほどではなかった。
無尽蔵に湧いて出てくるのは厄介だが、魔界の強敵と比べれば生易しいものだからだ。
「よし、コイツで――最後!」
最後の魔物を斬り伏せ、霧散する魔素を抜け奥へと進む。
俺達は、迷宮の最深部へと辿り着いていた。
休まず魔物を斬り伏せながら突っ走っていたため、全員の息は上がっている。
特に俺の速度に合わせて索敵していたアリヴェーラは、肩の上でぐったりしていた。
とはいえ、アリヴェーラから文句は出て来ない。
こういった迷宮でゆっくり進めば、その分だけ魔物と交戦する数が増えるだけ。
もっと人数がいれば話は別だが、戦力が俺一人である現状は最速で突破するのが最適解だ。
「……はぁ、はぁ、やっと着きました」
ニーエも、少し後ろで腰に手を当て肩で息をしている。
「悪い。病み上がりの身体には辛かったかもしれないな」
「エルフなので大丈夫です」
「いやどういうこと……?」
荒げる息を深呼吸で整えると、ニーエは胸に手を当てる。
「それに私は戦ってませんので。はぁ、すごい疲れました。ところで、何もないように見えますが」
彼女は周囲を見渡すと、そう首を傾げた。
ここは術式が張られており、魔力が溜まらずに流れる空間だが、表層よりずっと濃度の濃い場所だ。
しかしニーエの視線の先には最深部の広間と、七色の魔鉱の輝きのみ。
最後に倒した魔物はやや大物だが、迷宮の奥にしてはあっさりと進めてしまった。
つまりこれは、発生する魔力体が定期的に倒されているからだろう。
「アーサー、奥の壁が通れるようになってるよ」
「あれ、俺には壁にしか見えないんだけど……なるほど」
「解除してあげるから近付いて」
アリヴェーラに言われるがまま、俺は魔鉱の足場を踏み締めて壁まで進んだ。
奥の壁は他と変わらず輝きを放ち、太陽の光が届かぬ迷宮を照らす。そこにアリヴェーラが飛んでいき、指先で壁に触れた瞬間――輝きが消え、霧散する魔素と共に奥への道を指し示した。
どうやら、この迷宮の特性を活かして、魔力体と同じ原理の壁が生み出されていたらしい。
「本当に来たな。歓迎するぜ、勇者様」
七色の光の消えた先。
壁の向こうで、ラウミガ・ラブラーシュが静かに佇んでいた。
◇
――本来の迷宮に存在しなかった、最深部の更に奥。
そこには人工的な真四角の部屋が作られており、鎧を脱いだ騎士達が思い思いに座っている。
まるで隠れ家のような部屋の端っこで、マグリッドは壁に背を預けるようにして座っていた。
ラウミガと共に彼の元まで歩いてきた俺は、包帯で上半身を覆う彼を見下ろす。
あれで死んだとは当然思っていないが、思ったより元気そうだ。
「待っていた。お前は……アーサー、か」
「ラウミガからちゃんと話は聞いてたんだな」
俺は立ち上がろうとしたマグリッドを制して、言葉を掛ける。
「傷に障るだろ。俺が言うのもなんだけど、わざわざ立たなくていいよ」
「俺が付けた傷に比べれば、こんなものは蚊に刺されたようなものだ」
「はは、蚊ね……もう一太刀浴びせた方が良かったか?」
言いつつ、俺は腰の剣には手を当てない。
代わりに向けるのは、言葉の刃だ。
「ここにはお前の言い分を聞きに来た」
彼の瞳に残る、濁った瞳。
つい最近に見た気がするとは思ったが――ニーエのそれと、同じだ。
「……言い分は、ない。見たままだ、俺は落ちぶれてここにいる」
「それで?」
「アルテは、どうなったのだ」
「アイツは間違いなく死んだよ。死んだ心が二つに分かれ、その片割れとして俺が居る。もう一人はここにゃいないけどな」
今アルマと名乗る彼が、もうアルテではないというだけの話だが……そこまで伝える理由はない。
彼はマグリッド達と再会したい、などとは思っていなかった。
「でも今俺の話はしてないだろ。平和を築いたこの世界でお前が落ちぶれたのは……なんでだ?」
「……俺達の平和を、取り戻すためだ」
対して彼は、俺を見上げて言い放つ。
その瞳に、燃えるような憤怒を灯して。
「俺達の今までの旅は仕組まれていた。そう言ったら、お前は信じてくれるか」




