61話 果たされる前に
夜になっても、街の中心地はしばらく賑わいを見せている。
ここが商業都市と呼ばれることから物流も多く、人の入れ替わりも多いのが理由だろう。
まぁ、金なしの俺達には関係ない話なんですけど……ね!
それは依頼でその内稼ぐからいいとして。
ニーエを連れ立っているため、念のため路地裏や人通り薄めの道を活用しつつ、リーズリースの姿を探すことに。
散歩していれば見つかるかとも思ったが、流石に無理がある。
そう思い、心当たりのありそうな場所には足を運んだ。
――結果として、彼女が見つかることはなかった。
最終的にギルドで所在を尋ねると、もう居ないはずだとの返事。
リーズリースは昼頃にギルドで依頼を受け、レイスを発ったとの話である。
直接レイスを出た場面を目撃したわけではないというので、まだ残っている可能性もゼロではないのだが。
しかし、依頼を受けていたのであればその線も薄いか。
「居ないのは予想外だった……どうするかな」
ギルドから出た俺は、そうぼやいた。
既に夜間営業の店には足を運んだし、昨日の酒場にも一度顔を出している。
そこにもいないとなれば、本当に別の町へと旅立ってしまったのだろう。
しかし、非があるのは半ば一方的に出て行った俺の方だ。
ほとんど断られる形で保留された彼女からすれば、次があるとは考えないかもしれない。
「別にいいんじゃないの? 向こうからいなくなったんなら」
「見限られちゃったってことだから良くはないけど……」
結論は先延ばしにはなったが、それだと何の解決にもなっていないのだ。
彼女はそのまま旅を続けるし――次に俺と出会った時、きっと今決着を付けるよりも良い結果にはならないだろう。
とはいえ、後を追うのは難しい。
彼女が次に受けた依頼は王都ガデリアの依頼とのことだが、王都となれば人間界の中心地だ。
ほぼ端に位置する商業都市レイスから向かうには、ちょっと遠すぎる。
俺達はラウミガの言っていたソルネ村近辺の地下迷宮に向かい、彼らの話を聞く必要があるのだ。
リーズリースの方を優先させるわけにもいかなかった。
「接触できないなら仕方ない。先にソルネ村に行こうか」
俺がそう提案すると、アリヴェーラは眉をひそめる。
「もうお金はないわけだけど、依頼は受けてかないの?」
「彼らがいつまでいるか分からないから、先に会っておこうと思ってる。意外と野営でもなんとかなるからね」
マグリッド達がいつまで迷宮を拠点にしているかは分からない以上、早めに向かうに越したことはないのだ。
しかし俺の返答はお気に召さないらしく、アリヴェーラは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「魔界の時とやってること変わらないね」
「うっ……今回の件を終えたらまた稼ぐつもりだから」
「私知ってるよ。また同じように何かあって、アーサーはそっちを優先する」
そんなことない、とは断言できないのが痛いところであった。
確かに次も何かがあれば、俺は自分の生活よりも目的を優先してしまうだろう。
だが俺だけではなく、アリヴェーラの不満が溜まっていくのも確か。
俺は自分の意思でそうしているが、彼女に我慢ばかりを強いるわけにもいかない。
ただでさえ、彼女よりもニーエに新しい服を渡してしまったことは、結果的にとはいえ悪いと思っているのだ。
「次こそはアリヴェーラの服代を稼ぐから」
「その言い方、なんか嫌だなぁ……作ってくれるなら嬉しいけどさ」
溜息を吐きながらも納得してくれた彼女に謝って、俺はソルネ村がある方角へと首を向ける。
ソルネ村まではさほど距離は離れていない。
整備された街道を進むだけだし、乗合馬車やキャラバンを頼ればすぐだろう。
徒歩でも半日は掛からないし、今から出発しても良いくらいだ。
「ねぇ、アーサー。会いに行く必要があるの?」
朝まで待つか、一日休みを取ってから向かうか。
思案していた俺に、アリヴェーラは聞いてくる。
「あんなこと言われたら気になるだろ?」
「アーサーには関係ないことでしょ。それに、都合良すぎ」
「……まあね。ただ、どっちにしろ放置はできないからな」
彼らは曲がりなりにもSランクの討伐対象。
どう決着を付けるにしろ、このまま放り出して良い事にはならない。
彼らを逃したのは、俺なのだ。
「よし、今から向かおう。どうせ宿を取る金もないわけだし」
「……別にいいけど、私は鞄で寝るからね」
「はい、ご主人さま」
本来の予定とは狂ってしまったけれど、いずれリーズリースには会いに行くとしよう。
戻ってきたばかりで早々だが、まだ活気ある街並みを背に歩を進める。
不安要素は残っている。
逆賊と堕ちた騎士団に、勇者を殺す契約の話。
現状の勇者である俺の敵が、人間の中にいる。
まずはそれを見極めねばならない。
彼らを知らない俺が敵か味方どうか判断するには、直接ぶつかる他ないのだ。
◇
ソルネ村へは、予測通りに次の日の早朝に到着した。
実際に行った記憶はなくても、こういう時のアルテの記録はありがたいものだ。
しかし今回村に用があるわけではない。
用があるのは、その付近の洞窟を入り口とした地下迷宮である。
――七彩迷宮。
高密度の魔力が地下へと溜まり続け、七色に輝くことからそう呼ばれる迷宮だ。
迷宮内は危険な魔物が蔓延っているが、魔力濃度の差によって魔物は地上に出て来ないため、村に迷宮の被害は及ばない。
とはいえ、迷宮付近は紛れもなく危険地帯。
まさかそんな場所を拠点としているとは誰も思わないだろう。
その入口洞窟までやってきた俺は、周囲に視線を巡らせた。
「隠されてるけど、人が入った形跡があるな。本気でここを拠点としてるらしい」
「この奥……魔素溜まりが起きてるけど」
「あぁ、魔力体が出ると思う。無駄な消耗はしたくないし、できるとこなら避けて通りたいな」
魔力体とは、文字通りに魔力が実体化した魔物を指す。
魔力そのものに魂が宿り、生命として活動しているのだ。
倒せばただの魔素へと還るが、時間が経過すれば再び現れる。
基本的に魔力の濃い迷宮内にしか現れないが、無尽蔵に現れる点で通常の魔物より厄介だ。
「今の俺達は迷宮探索の準備はしていないから、魔法の使えるアリヴェーラが要だ」
「ほんと馬鹿だね。私がいなかったらどうするつもりだったの」
「いるじゃん」
「……はあぁぁ~~~~~いいけどさ」
どこか満更でもないご様子で、アリヴェーラは俺の前へと飛んでいく。
迷宮探索において、重要なのは索敵能力である。
迷宮全体が魔力で満ちていると、生半可な精度の索敵魔法では魔物の姿を確認できない。
更には長年蓄積された魔素溜まりが変質し、踏むだけで爆発するような罠になっている可能性もある。
通常の探索では専用の計測器を用いるが、アリヴェーラの方が心強い。
それは魔界からこっち、共に旅を重ねた肌感だ。今まで一言も説明されなかったわけだが、彼女が魔法の扱いに長けているのは魔人候補に関係するのだろう。
まぁ、それはひとまず置いておく。
アリヴェーラを先頭に俺、ニーエの順に縦に並んで洞窟を進んでいく。
少し進んだ地点にて、俺はアリヴェーラへと尋ねた。
「人間の反応はある?」
「ううん。奥地ならもうちょっと進まないと分からないよ」
まだ迷宮に入ったばかりだが、アリヴェーラの探知に引っ掛からないなら浅い地点にはいないだろう。
下手すると、最深部付近まで行く必要もある。
「ていうか、嘘だって思わないの?」
「嘘だったならそれが答えだろ。それに、心当たりがないわけじゃないんだ」
かつて、勇者アルテ一行は迷宮へ潜った過去がある。
当時の七彩迷宮は今よりも酷い魔素溜まりが発生しており、凶悪な魔力体が出現していたからだ。
あの時はサラが最深部の空間に術式を施し、一定以上魔力が集まらないように調整していた。
お陰で今の七彩迷宮は魔素溜まりこそあるが、外に危険を脅かす化物は生まれない。
それを知っているマグリッドが隠れ家に選んだなら、まだ理解できる話だ。
「この迷宮は攻略済だからな。以前と迷宮の構造は変わってるかもしれないけど、奥地に安全地帯があるかもしれない」
となれば、やはり目指すは最深部だろう。
サラの術式が展開される周囲は魔素を散らすため、魔物は発生しにくいはずだ。
「アーサー、止まって。曲がり角の死角に一体、徘徊してる魔物がいる」
「形は分かる?」
「四足獣っぽいかな。まだ気付いてないよ」
「了解、二人は待ってて」
まだ迷宮の入口だ。消耗はしたくはないが、一体なら処理した方が早い。
俺は剣を抜き、曲がり角へと飛び込んだ。




