58話 本性と本音
お知らせ。前話が途中のまま投稿されてしまっていたので内容をちょっとだけ加筆しています、誠に申し訳ない!
――ぷつり。
それまで繋がっていた、魔法による接続が途切れる。
アーサーが場を離れて食材調達へと向かった今、会話のための精神を繋げていても意味はないから。
私はそれから宙へと浮いたまま、目下の生物へと視線を落とす。
そのエルフは骨と皮だけの痩身に私よりも豪華な服を着込み、こちらを感情のない目で見つめている。なるほどこちらを品定めでもしているのかもしれない。
それはこちらも同じことだけれど。
「で、お前のようなエルフがどうして人間界にいるのか教えてくれない?」
吐き捨てる。
さっきまではアーサーが居たから何も言わなかったけれど、この場ではその障害もないのだ。
村の言語を扱うのはいつぶりか。
「……あなたは、エルフなんですか?」
「質問に質問で返さないで欲しいんだけど、まぁ先に答えてあげる。私は〝エルフ〟じゃない」
半分本当で、半分嘘が入り混じった返事だ。
この身は造られたもの。実験として吐き出されただけの、ただの使い捨て。
元はエルフであったとしても、今がそうとは限らない。
故に私は自分がエルフであるとは答えなかった。
――答えた途端に。
彼女は眉をひそめ、こちらを睨み付けてくる。
「そう。だったら話すことは何もない」
「はぁ? 質問には答えろよ。こっちはお前の閉ざした精神を割り開いて、強引に心を覗き見ることだってできる」
自らの同族ではないと知った瞬間、こちらを見下すような舐めた返事。
……ああ、やっぱり。
こいつは微塵も助けられたことに感謝なんかしちゃいない。
上手に利用できる人間が見つかっただけだと、そう考えているのだ。
私は語気を強め、威圧する。
「やればいい」
こちらをじっと見据える翡翠が、放った殺気に僅かに震える。
そして、生命維持に使われていた僅かな魔力が身体の中で渦を巻いた。
こちらが仕掛けた際に反撃できるように準備を整えているのだろう。
もっとも、死にかけの奴が私をどうこうできるわけがないのだが。
その身の程も弁えない反応に苛立ちを覚えたが、これ以上は止めておくことにした。
コイツはアーサーが助けると判断したものだ。
私は魔力を霧散させ、ただ上から見下すのみに留める。
「っは、やる必要もない。お前が人間界に送られたスパイだってのは分かってるし」
「……!」
僅かに、双眸が驚きに見開かれる。
その反応を見せる未熟の分だけ、私の溜飲が下がるというものだ。
「ただの使い魔だと思わないでくれる? やり口は知ってるから」
嘲るように私はそう言った。
種全体の特徴として、エルフは魔法に秀でており、そして見目麗しい存在である。
同じ形質を持つ魔物であれば同様の認識を抱くが――とりわけ人間はそうと感じる傾向にあるらしい。
故に術式を用いてまで丁寧に丹念に無力化し、己の手中に収めようとする。
不思議なことだが、自分より危険なはずの魔物でもだ。
つまりエルフは捕まったとしても滅多に殺されず、よって人間界を調査するには丁度良い駒であった。
魔界の知識など持たぬアーサーにそれが分かるはずもないのだが、エルフのスパイはそこまで珍しい話ではない。
「だったら、どうするつもり」
「今は何もしないよ、お前は捕まったんじゃなくて助けられたんだから」
肝心の情報の流し方だが、こちらは至極簡単。
思念を込めた魔力を大地に流し、地脈に乗せ魔界へ放つ。
向こうで残留した思念を誰かが受け取れば、情報は伝達される。
迅速なやり取りこそ行えないが、これならば例え死に果てる寸前でも使える手段だった。
特に、魔法の扱いに長けるエルフが隠蔽すれば、人間は何をしたかなど分からない。
仮に魔法使いがその場に居ても魔法の内容までは見抜けないだろう。
もっとも、今回は魔具で魔力の発露そのものを封じられていたようだが。
エルフの総合的な戦闘力は他と比べれば高くはないのだが、あそこまでやるとは余程警戒心が高いに違いない。女好きなのに。
「分かっていて私を助けた理由は何?」
「知らないけど? アーサーは馬鹿だから、捕まってたお前が可哀想だとでも思ったんでしょ」
「あぁ……うん、そうみたい」
「は? 私が馬鹿にするのはいいけどお前が馬鹿にするなよ殺すぞ」
「……」
「お前がしていいのは感謝だけだよ。自由に歩き回れるのが誰のお陰か、良く考えて」
「分かった。良く考えておく」
ムカつくことに、そのエルフは私から視線を逸らして地面を見始めた。
どうにかして情報を流せないかとでも考えているのだろうか。無駄なのに。
しかし本当に厄介な種を抱えたものだ。
アーサーは自分の立場を分かっているのだろうか。自らの勇者の威光を知らしめる旅なのに魔物を二人連れ添って、その内の一人がスパイとか……あり得なさすぎるでしょ馬鹿じゃないの。
まぁ、分かってないのは分かってるんだけど。
「おーい、取ってきたぞー! 大物だ!」
そんなこんなを私が考えていると、間抜け面のアーサーが帰ってきた。
肩に担ぐようにして獲物を背負った上、何故か鞄の中身が膨らんでいる。
「私の寝床がぱんぱんに膨らんでるんだけど、何入れてるのそれ」
「鞄のこと? 大量のキノコ見つけたから入れてきた」
「大量のキノコ」
「あ、毒の心配はしなくていいよ。これは野生動物は食べない毒キノコなんだけど、熱を通すと抜けるんだ」
「毒キノコの心配なんかしてな……毒キノコじゃねーか!」
「大丈夫食えるから」
「食えるのは分かったから! 鞄掃除しろ!」
誰がその毒キノコがどっさり詰まった鞄の中で眠ると思っているのだ。
しかし私が割と怒っているのを意にも返さず、彼は「これでお腹がいっぱいになるな」とかほざいている。このクソエルフを救出しなかったら今頃お腹はいっぱいになっているというのに何言ってんだお前ほんと……。
でも許してやろう。
何故ならお腹が……いっぱいになるから!
私はいそいそと魔法で調理の支度を始める。
魔界での野営と違い、魔物の襲撃を気にする必要がないのは非常に楽だった。
彼がお得意の剣技で獲物を捌く傍ら、私はキノコを下処理して鞄から取り出した鍋に投げ入れていく。
それから周囲の水分を寄せ集め、鍋いっぱいに水を生成。毒抜きがてら火をかけて温めていく。香草も幾つか収穫していたようなので、それも風の刃で切断し適当に切り分ける。
味付けは魔王城からこっち、残っていた香味料を使ってしまおう。
頃合いを見つつアーサーが処理した肉と香草を鍋に追加投入し少し待つ――完成。
とりあえず食べられる適当冒険鍋である。
旅の途中に隙を見てたまにアーサーが作っていたが、中々どうして悪くはないのだ。
「今回も中々良いんじゃないか。いけるいける」
「味が染みてキノコも美味しいね。最初は殺そうかと思ったけど許してあげる」
「物騒過ぎるんだよなぁ」
それぞれ感想を言い合い、器に取り分けて行く。
「ほら、君も食べていいからね」
やたら多く肉を盛り付けたそれを手に、アーサーはそう言って器をエルフへと寄越した。
しかし、彼女は器を両手で持ったきり動かなかった。
器の中を覗き込むようにした後、しばらく見つめていた視線をアーサーへと戻している。
「すみません。エルフは動物性の食物は口にできません」
「え? ごめんアリヴェーラ訳して」
「あー……忘れてた。ちょっと待って」
色々な意味で忘れていた。
私はアーサーとエルフの精神を再接続してやる。
そうしないと会話できないのは面倒だが、いちいち私を通される方が面倒なのだ。
二人のことは放置しておいて、私は一人鍋にありつくことにした。
いい感じに仕上がっている肉をぱくぱく口に運んでいると、ようやくとエルフが口を開く。
「エルフは肉を食べません」
「えっ……え?」
「ですので、気持ちだけ頂きます」
「ちょっと待って。エルフって肉食べないの?」
「魚も食べません」
アーサーの首がぎぎぎとひん曲がって、何故か肉を綴る私の方を見てきた。
どうしてこちらをそんなに熱心に見つめるのだろう? ひょっとするとアーサーは私のことが好きなのかもしれない。
「アリヴェーラって、肉食べないの?」
「もぐもぐ。うん」
「そんなにもりもり美味しそうに頬張ってる奴の台詞かよ!」
「だって美味しいじゃん。バランスの良い食事が肝要だよ」
そう、エルフは肉を食べない。
でも食べたっていいじゃない、美味しいんだから。
「あの、聞いてもいいですか」
「何? 鍋作り直すくらいなら喜んで」
「いえそういうことでは……あちらの方は、エルフなのですか?」
「え? そう……だと思うぞ」
余計なこと言いやがったな。
しかも疑問形でちょっと疑い始めてるところが腹立つ。
今まで寝食を共にし肉を食らい合ってきた私の言葉より、横から現れた奴の言葉に耳を貸すんですかそうですか。
「やっぱり、エルフだった」
「は? やっぱりって何?」
「どう見てもエルフにしか見えなかったから……」
「はぁ? こんな小さなエルフがいるわけないでしょ」
「なんで嘘吐いたの? なんで肉を食べるの?」
「話すこと何もないって言ってた癖によく喋るねお前」
こんなのと話したくなどなかったのに、結局これだ。
恨みの籠もった視線をアーサーに送りつけてやれば、彼は口元を右手で隠して驚いている様子。
「そ、そんな……! アリヴェーラの口が悪い!」
「殺されたいの?」
「口が……悪い!」
「殺す」
私は一旦器から離れ、生成した魔法剣を背にアーサーへとにじり寄る。
「割と本気じゃん……」
「そんなことないよ。腕の二、三本で許してあげるから」
「腕は三本もないけど!?」
「じゃあ生やして斬ればいいじゃん」
「うわ危ねぇ!」
彼の頭部の横を一刀両断。
背後の木々が抜けた刃で切り崩され、重い音を立てて倒れていく。
元から当てるつもりはなかったけれど。
仮に本気だったらそもそもアーサーに勝てるわけもないし。
一発でかいのをお見舞いしてある程度満足した私は、魔法剣を消し去る。
はぁ、もういいや。
こうなったら全部話して決めてもらおう、と私は思い直したのだ。
もう少し自分の目を養って欲しかったのだが……仕方ない。
裏切られるのは、もう嫌だろうしね。
私は再びアーサーを睨み付ける。
今度は何が飛んでくるんだとばかりに身構えた彼に――言った。
「このエルフは魔界からのスパイだよ。どうする?」




